封印



 とにかく、眠くてたまらなかった。

 大きな欠伸を一つして、両手で顔を叩いて目を覚まそうとするが眠気はなか
なか収まらない。

「昨日夜更かしでもしたの?」

 からかい半分、心配半分といった声色で話しかけてきたのはサクラだ。

 ナルトは首を横に振り、また欠伸をする。

「違うってば、サクラちゃん。俺今日十二時間以上寝てるし。」

「あんた、それ寝過ぎで眠いんじゃないの…?」

「ふんっ…。流石ドベだな。」

 いつものサスケの憎まれ口にも、反論する元気がない。

 とにかくそれだけ眠いのだ。

「先生来たら、起こして…。」

 ナルトはそのまま、眠りについた。





 眠りたくてしょうがなくなったのは数日前の話。

 時間が経つにつれ眠気は強力なものとなり、身体は鉛のように重くなった。

 原因?そんなものは知らない。

 ただ、眠りたくてしょうがなかった。






「恐らく、原因は封印じゃな。」

 うっすらとした靄のような意識に火影の声が響いている。

 目を開けて、久しぶりだといって飛びつきたいが、どうしても瞼が開けられ
ない。

「解けようとする封印を抑えつける為に、身体が無茶をしたんじゃな。それで
ナルトは睡眠を必要とした。」

「…結局、封印は解かれましたがね。」

「それを云うな。それにまだ完璧に解けたわけではない。」

「…はっ!貴方がそれを云いますか。ナルトの姿を見て下さい。確かに完璧に
解けた訳ではないでしょう。それでもかなり無理があった事は明白です。」

「……静かにせい。ナルトが目を覚ます。」

「じっちゃん…。」

 驚いたように、二人が一斉にナルトを見た。

「カカシ先生も。俺、どうしたんだってば。」

「お前、ナルトか?」

「何言ってるんだってば、カカシ先生…。」

 尋常ならざるカカシの様子に、ナルトは怯えたように火影を見る。火影は哀
れみの籠もった目でナルトを見ると、そっと目を伏せた。

 沈黙が部屋を支配する。

 けれど何時までも黙っていたのでは埒があかないと思ったのか、火影が口を
開いた。

「心して聞くんじゃ、ナルト。お前の身体はは今…」

「今?」

「九尾の支配下にあるんじゃ。」

 訳の分からない火影の言葉に戸惑い、ナルトは自分の身体に視線を落とした。

 目に入ってきたのは、紛れもなく自分の身体。自分の意志通りに動く。

 けれど、それは本来の自分の身体ではなかった。

「…これが、俺…?」

 胸にある小さな膨らみはなんだろう。肩よりも尚長く伸びた髪の毛は。

「暫く、その姿で我慢してくれ。」

 火影の声が、遠く聞こえる。

 ナルトは、女の子になっていた。




 火影の話を要約するとこうだ。

 ナルトに九尾の狐を封印してからもう十二年。歴史の浅い木の葉の里にとっ
ては、短くはない年月が流れた。そして、その年月故に封印は薄れた。
 何せ封印というのは、絶対的なものではない。力というものをを一時的に封
じ込める処置に過ぎなくて、永遠に封ずる事など不可能なのだ。絶対的な封印、
もしあるとすればそれは消滅と同じ意味を持つ。すなわちそれは、封印ではな
いのだ。

 そして歳月と共に弱まった封印故に、同化という形で九尾を封印されていた
ナルトは九尾に影響され、少女とその姿を変えた。
 
 何せ九尾の狐は陰の獣。陽の気を好むそれは、往々にして雌である。

 
 ナルトは自分の伸びきってしまった髪を握りしめ、目の前に立つ二人を見た。

 険しい顔をしているのはカカシ。哀れんでいるのは火影。それはどちらもナ
ルトを心配しての事だ。

 もし仮に、封印が弱まっていることが里の人間に知られたらどうなるだろう
か。結果は、目に見えている。徐々にではあるが友人もでき、里に溶け込もう
としていたナルトの未来は真っ暗なものとなるだろう。幾ら意識がナルトのモ
ノとはいえ、既に身体に影響が出ているのだ。いつ何時、精神までもが支配さ
れるか分からない。

「取り敢えず、髪の毛切ろうか。」

 カカシはクナイを取り出し、それをナルトの髪に当てた。

 小さな音を立て、長い蜂蜜色の髪は切り落とされていく。クナイを動かすた
びに、ナルトの髪が短くなって、まるで九尾の影響が出る前に戻っていくよう
に思える。その事が錯覚であると、ここにいる全員が知っていたけれど。

「まぁ、これで取り敢えずは何とかなるかな?」

 部屋の隅にかけられた小さな鏡には、依然と同じ髪の長さになったナルトが
写っていた。けれど、顔が微妙に違う。女となってしまった今、意志の強そう
だった眉は以前よりも細くなり、顔の曲線も柔らかくなった。蒼い目も前とは
変わらないのに、縁取る睫毛が長くなり、目も、大きくなってしまった。

 それは微妙な変化ではあったけれど、分かる者にはわかってしまう。

「暫くはナルトを人前に触れないようにして…。」

「そうじゃな。だが、カカシ。任務の方はどうする。」

 三位一体スリーマンセル。一人が欠けても成り立たない。

「この際は、仕方がないでしょう。ナルトを人前に出すわけにはいかないし、
そうかといってスリーマンセルの変更は出来ない。」

「分かった。今日中にでも必要な書類は全て届けよう。」

「ありがとうございます。」

 火影に向かって丁寧に頭を下げると、カカシはナルトに向き直った。

「ナルト、これから暫くは任務はお休みだ。大人しく、じっとしてなさい。」

「サクラちゃん達、どうするんだってば。」

 スリーマンセルは仲間が大事。忍者は、仲間が重要である。それを信条とす
るカカシが、今更サクラとサスケの二人だけで任務をやらせるとは到底思えな
い。

「ん〜?七班は暫く任務はお休み。この際だから、ゆっくり休んでなさい。」

「もし俺が、ずっと戻らなかったらどうするんだってば…。」

 そんな事は考えたくもないだろう。しかし、考えずにはいられない。ナルト
が元に戻らない限り、七班は任務を行えない。そうなれば、サスケとサクラの
昇進は確実に遅れるだろう。ナルト、ただ一人の為だけに。

 自分が足手まといになる事。それはナルトにとって耐えられない。

「大丈夫だって、何とかするから。」

 カカシは笑って云うけれど、本当に笑ってはいない。彼の目が、声が、困惑
を訴えている。もしも戻らなければ。そんな事カカシだって考えたくもない。

 ナルトの顔が、不安げに歪む。

 かかしはそっと手を伸ばし、その小さな身体を抱きしめた。

「大丈夫、だから。」

 そんな二人を後にして、火影はそっと部屋を出た。





「入院?」

 素っ頓狂な声をサクラがあげる。サスケも、さも意外だと云わんばかりに目
を見開いている。あの元気が取り柄のナルトが入院というのが、イメージ的に
繋がらないのだろう。

「そう、入院。」

 カカシは常と変わらない笑顔で頷いてみせた。

「先生、それじゃあ任務は?」

「う〜ん、仕方ないから暫くお休み。」

「それってどれ位なんです。」

「そうだなぁ、先生はお医者さんじゃないので分かりません。」

「冗談じゃない!」

 突然、サスケが声を張り上げた。サクラは驚き、カカシは平然としている。

「冗談じゃない。俺には、足踏みしてる時間は無いんだ!…ドベの入院してる
病院は何処だ。話をつけてきてやる。」

 苛立ったサスケを更に煽るように、カカシが追い打ちをかける。

「サッスケく〜ん。心配なら心配って素直に口にすれば?お見舞い、行きたい
んデショ。」

 言葉を詰まらせたサスケを、サクラが宥める。

「しょうがないよ、サスケ君。ナルト調子悪かったみたいだし、そんなんじゃ
任務できないでしょ。」

 その構図は同級生と言うよりも姉と弟。微笑ましい二人の様子にカカシは口
元をゆるめたが、ナルトの事を思い出し、再び気を引き締めた。

「まぁ、とにかくそういう訳で任務はお休み。その変わり、特別演習プログラ
ムを用意してある。」

「演習?」

「そう、演習。得意分野を伸ばして、苦手を補う演習だな。任務ばかりだとそ
っちの方が疎かになるから、良い機会だろう。」

 本当は実力ばかりが先行すると、チームワークが疎かになりがちだからあま
りこういった方法は採りたくなかったのだが仕方がない。この二人が、ナルト
を大事にしていることも分かっているし、何とかなるだろう。

「…で、何するんだ。」

 少し機嫌を直したサスケが、不本意そうに訊ねる。

「ん〜、取り敢えずスタミナづくりからね。やっぱ、何事も身体が基本だぞ♪
というわけで、今日は木の葉の里を一週だ。今日中に走り終わらなかったら罰
ゲームが待ってるぞ。」

 マラソンと聞いた途端嫌そうな顔をした二人を、スタート地点まで追い立て
る。

 走り出す前に、サクラがそっとカカシの耳に囁いた。

「ねえ先生、ナルトのお見舞いって行っちゃいけないの?」

 仲間を心配するその姿が嬉しくかった。けれどナルトを一目に触れさせるわ
けにはいかない。

「そのうちね。」

 あまり心配をかけない様にする為答えをはぐらかし、カカシは二人を送り出
した。

 そしてナルトに思いを馳せる。

 暗い、陽の射さない部屋で一人きりであろうナルトに。寂しい思いをさせな
いために、出来るだけ顔を出してやろう。

 ナルトの孤独を哀れみながらも、カカシの心は弾んでいた。


 まぁ、気持ち序章です。続きが書けたら書きたいけれど、これ以上連載増や したくないので取り敢えず此処まで。でも私は本当、ギャグが書きたいのよ…。

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