邪眼師のみる夢
何よりも力を追い求めた。そんな時代が、確かにあった。
まだ十代で、血気盛んだった頃。力ばかりが先行して、精神が追いついてい
かなかった。
そんな、昔。
今は後悔しながらも生きている。
雨が降ると、傷が酷く痛んだ。痛むはずのない傷。それでも痛むのは後ろめ
たさのせいなのか。
知らず知らずのうちに、手は左目にかけた額当ての上に置いていた。
そんな自分に気づき、自嘲する。
何を後悔する。自ら望んだ結果ではないか、と。
雨が、降る。
傷が、痛む。
けれど本当に、痛みを訴えているのは傷ではない。
まだその時の俺は若かった。上忍になってから大分時間は経過していたが、
同年代の人間がいない世界で、心許せる友もいなかった為常に孤独だった。
別に、孤独を孤独として認識した事は無かった。けれどその為だろうか、他
人の事を考えず、常に力だけを追い求める人間になっていた。
自分の実力不足の為、大事な人間を死なせてしまった事がトラウマとなって
いたのだろう。
今だからこそ冷静に分析できるが、その頃の俺はと言うとただ生意気な子供
だった。自分の事を顧みることもせず、ただひたすら前へと突き進んでいた。
そんな折りに起こったのが“九尾”の事件だ。
大量に死者が出た。その中には当然、里の名家出身の人間も含まれる。
「酷いもんですね…。」
上司と共に、命ぜられた遺体回収をしながらカカシは呟いた。
上司であるその男は無言で頷いただけで、一言も発しようとはしない。ただ
淡々と、遺体を板きれに二つタイヤがついただけの粗末な車へと乗せていく。
ぼんやりとその光景を眺めた後、カカシも自らもそれにならった。
死んでしまった、同胞たち。馴れきってしまった血の匂いに咽せながらも、
悲しみはなかった。
(弱いから死んだのだ。)
何処かそういう思いがある。そして自分は強かった。だから、死ななかった
のだ。
「せんせー♪どうしたんだってば。」
成長期を間近に控えた少年の声は甲高い。カカシはいつもの様に笑顔を作る
と、駆け寄ってきた少年を抱き上げた。
「ん〜、ちょっとね。雨宿り。」
カカシが立っているのは樹齢百年や二百年は過ぎていると思われる大きな木
の下だ。雨宿りには丁度良い。
「あっ、先生ごめんってば。俺のせいで濡れちゃった…。」
ナルトの云うように、雨の中を駆けてきたナルトはビショビショに濡れてい
た。当然ナルトを抱き上げたカカシも、服の上着がすっかり濡れそぼってしま
っている。
「別にいいよ。」
本当は、雨宿りなんてするつもりはなかったのだから。
仮にもカカシは上忍だ。雨の中、濡れずに走って移動する位の芸当は出来る。
それをしなかったのは、ただ痛みに酔っていたかったからだ。
今でも鮮明に思い出すことが出来る。
死体ばかりだと思っていた肉塊の群に、微かに動く影があった。
その時、上司に一言だけでも声をかけておけば良かったのだ。けれど、カカ
シはそれをしなかった。
ただ、フラフラとまるで何かに操られたように、動く影の元へと向かう。
影は、一人の男だった。両手両足を切断され、それでも尚藻掻き続ける、生
きた人間の男だった。
豚のようだ、と思った。それでも生きているのならば助けないわけにはいく
まい。カカシはもがき続ける男に手をさしのべ抱き上げた。
「…大丈夫だ。」
気休めにはなるだろうと、優しい言葉をかける。実際、男はその一言で動く
のを止め、大人しくなった。
そして、その時カカシは気づいてしまったのだ。
その男の目が、写輪眼であった事に。木の葉でも有数の名家、うちは一族に
のみ現れる特殊能力、それが写輪眼だ。話しには聞いたことがあったが、実際
見たのは初めてだった。
カカシは写輪眼に見入り、動けなくなってしまった。
こんな、九尾に無惨にもやられてしまう様な男が写輪眼の持ち主であるのか
と。もし自分に写輪眼があったのなら、もっと上手く使いこなすことができる
のに。
悔しくて、しょうがなかった。そして同時に目の前の豚のような男が憎くて
堪らなくなった。
この男はもうこんな身体になってしまったのに。手がないから印も結べず、
忍びとしてどころか、人間として役に立たない身体になってしまっているのに。
それでも、男は写輪眼を所有しているのだ。
もう使われる事もない写輪眼。それならば、いっそ譲ってくれないか。俺な
らば、その目を役立てる事が出来る。里の為にも、その方がいいに違いない。
手を、男の目に向かって伸ばす。
そう、この目が自分のものであれば。
カカシのただならぬ様子に気づいたのか、男は何かを尋ねるように軽く身を
揺すった。
腕の中にある、なま暖かい物体によって引き起こされる振動。ユラユラと、
ユラユラ、と。
そして、それからカカシの意識は急速にぼやけていった。
「先生?どうしたんだってばよ!」
カカシ抱き上げられたまま、身体を揺すってはカカシに呼びかける。そんな
ナルトの動作を微笑ましく思いながらも、昔の事を思い出して些か吐き気を覚
えていた。
豚のようなあの男と、ナルトとでは似てもにつかない。けれど、腕の中にあ
る暖かさ、命を表すそれは少しも変わらなかったのに。
「大丈夫、なんでもないよ♪」
ナルトを安心させるため微笑むと、カカシはナルトの身体を地面へと下ろした。
「先生?」
「そうだナルト、競争しよう!」
「へ?」
ナルトの返事を待たずに走り出す。
「先にナルトの家についた方が勝ち。負けた方は勝った方の言うことを何でも
聞くこと♪」
「先生ずるいってば!」
文句を言いながら、ナルトも木陰から走り出てくる。
そんな素直さも、愛おしい。
けれど自分は、その幸せに身を浸している資格などないのだ。
気がついたとき、手にはなま暖かいモノが握られていた。
恐る恐る見れば、それは目玉。くっきりと車輪が浮いたまま定着している、
あの男の目玉だった。どのようにしてえぐり取ったのか、傷一つなく美しかっ
た。
ガサリ
背後から音がして、振り向いてみればそこには共に死体回収の任務を命ぜら
れた上司が立っていた。
転がる手足と目玉のない遺体と、目玉を持ち呆然と佇む部下。
何があったのかは、一目瞭然だった。
「何をしてる!」
上司はナイフを出し、カカシの方へと歩み寄ってきた。
咄嗟に“刺される”と思い、カカシは身をすくませる。
肩を押され、地面へと押しつけられた。反撃をする気力は起きなかった。
ただ頭上で煌めくナイフを見て、自分は死ぬのかとぼんやりと思っただけだ。
ここに転がっている、弱者の様に。そして自分が殺したであろう、豚みたいな
男の様に。
当然、勝ったのはカカシだった。ナルトにあわせて力は抜いていたけれど、
当然の結果だ。
けれどナルトは悔しそうに歯ぎしりをし、カカシに食ってかかる。
「ぜってー次は負けないってばよっ!」
負けず嫌いのナルトらしい発言に、思わず笑みがこぼれる。
「うんうん、次はガンバロウな♪」
一生懸命走った為、息を切らしているナルトの頭を軽く撫でる。指に絡みつ
く柔らかい髪が気持ちよくて、何時までも撫でていたい気持ちにさせる。
しかしカカシは二度三度撫でただけで手を離すと、再び外へ向かって飛び出
した。
「先生ー?!」
不思議そうに、ナルトが叫ぶ。
「すまん、ナルト。先生急用思い出したから今日はこれで退散する。」
ナルトにはすまないと思いながらも、カカシはナルトから離れずにはいられ
なかった。
このままナルトの側にいたら、きっと自分は耐えられない。自分の過去の重
みに耐えかねて、きっとナルトに酷いことをしてしまうから。
上司は自らのナイフでカカシの皮膚を切り裂き、そして移植手術を行った。
野外で、しかもまともな器具など何一つない場所でのその出来事は、悪夢の
様であった。
手術が終わってから暫く立っても、カカシの傷後が消えなかったのはその為
だ。薬など、そこら辺に生えている草しかなかったのだ。失明しなかっただけ
でも上等といえる。
手術が終わった後、カカシは上司に尋ねた。
「何故…。」
詳しく話さずとも、上司にとってはその一言だけで十分だった。
「無駄な事が嫌いだからだ。」
カカシが男を殺してしまった。そして目玉をえぐり出したというのは消えな
い事実。事実であったのならばそれを避けて通るより、利用する方が良い。
カカシの上司は、そういった観念の持ち主だった。人の死にすら、合理性を
求める男。人としては最低でも、忍びとしては立派な男だ。
「もう一つの目玉は駄目になってたから使えなかったけどな、まあ一個あるだ
けでも大分違うだろ。」
血塗れの手でカカシの頭を軽く叩くと、上司はのっそり立ち上がりその場か
ら去っていこうとした。
「何処へ行くんです?」
「…決まってるだろ。遺体、片づけにさ。」
その時の上司の顔が忘れられない。
そして結局、カカシを咎めようとはしなかった火影は何を考えていたのだろ
う。
雨が降る。
心が痛む。
雨はきっと自分の涙で、そうやって自らを責め続けるのだ。
結構前から書きたかったものです。私はカカシさんの眼はどんな理由がある
かはさておき、移植だと信じて疑ってません。(笑)まあ、そのうち原作で真
実は分かるでしょう。
今回話の構成上カカシさんを脆く書きましたが、私はもっとカカシさんは軽
い人だと思ってます。「あ、写輪眼だ♪ラッキー、これ俺に頂戴よ」…とかい
うのでも良かったかも知れない…。いえ、↑これもどうかと思いますけどね。
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