見えない糸
*暗いパラレルなので要注意*
好きな子がいた。
可愛い、桃色の髪をした女の子。
惹かれたのは彼女の愛らしさにだったけれど、それでも本当に大好きだった
のだ。
「私、サスケ君とつき合ってるの。」
告白の前、告げられたその言葉の意味を理解するに至るまで、ナルトは実に
数十秒を要した。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
つき合っているという言葉は確かに聞き取れた。しかし、誰と誰が?サスケ
と聞こえた気がしたが、そんな事はあり得ない。あり得ない理由を、自分は我
が身をもって知っている。
サクラはナルトの葛藤を余所に、嬉しそうに頬を染めた。
「だから、サスケ君とつき合ってるの。何度も言わせないでよ。」
この間、やっとOKもらえたの!そう告げる少女は本当に嬉しそうだ。その言
葉に嘘偽りがあるようには思えない。
だが、しかし。
「本当…?」
疑う気持ちが、どうしても消えない。何故ならサスケはつい先日、ナルトに
告白してきたばかりなのだ。
『好きなんだ。』
人気の無くなったアカデミーの一室、クールと女の子達に騒がれる顔をほん
のりと赤く染めながらサスケは言った。
人から好きだと言われる機会などなかったナルトは戸惑ったが、嫌だという
感じはしなかった。男同士故の嫌悪感すら抱かなかった。
やはり、と思った。
自分はきっと、薄々ではあるが感づいていたのだ。サスケが自分に対して抱
いている感情に。
さり気なく、ナルトを守るサスケ。時には命すら惜しまずに、ナルトを守ろ
うとした。
そんなサスケに対して、自分は何と答えるべきなのか。サスケは、嫌いでは
ない。しかし、好きかと問われると何と答えて良いか分からなかった。ナルト
には男同士の恋情など、理解できなかった。
ナルトの沈黙に、サスケは何を想ったのだろう。悲しげに、そして苦しげに
も見える表情をしたかと思うと、そっとナルトを抱きしめた。その手が微かに
ではあるがふるえていた。ナルトは抵抗することも忘れ、サスケの女々しくと
もとれる動作をじっと見つめた。
「俺から、逃げないでくれ。」
絞り出すような声だった。
「今以上を俺は望まない。…だから…、だからせめて想っているだけの自由は
許してくれ。」
言い終えると、サスケは抱きしめる手に力を込めた。手のふるえは止まって
いた。
「…悪い…。」
そうしたまま、どれくらいの時が過ぎただろうか。決まり悪げに呟くと、サ
スケは名残惜しそうにその身を引き離した。
気まずい沈黙が流れる。
居心地の悪さにナルトは肩を竦め、口を開いた。
「友達、だろう。」
そう、ナルトにとってサスケは友達だった。ライバルといってもいい。恋情
を抱く相手ではなかったが、無くてはならない存在である事に変わりはなかっ
た。
「…そうか、友達、だな。でも俺は、お前が好きなんだ…。」
ぎこちなくサスケは笑った。そんなサスケを見ていたくなくて、ナルトはそ
の場を後にした。
それが、つい先日の話。あれから、まだ一週間も経っていない。
それなのに、サスケがサクラとつき合っている?悪い冗談にも程がある。サ
スケは言っていたではないか。ナルトの事が好きだと。想っていると。それと
も、失恋(この場合それが正しいのであろうか?)の痛手を癒すため、サクラ
とつき合っているとでもいうのか。
サクラは、ナルトが恋いこがれている少女だ。サスケだって、その事は承知
している。それだけに、サクラとサスケがつき合っているとなるとその裏を考
えずには居られなかった。
もしかしたらナルトの単なる自惚れかもしれない。しかし、完全にそれを否
定する材料もないのだ。
『サスケは、サクラとナルトを引き離そうとしている。』
一度思い浮かぶと、その考えはなかなか消えなかった。嬉しそうにしている
サクラには、心底悪いと思う。けれどこの事は、一度サスケに問いただしてみ
なければなるまい。
「ごめん、サクラちゃん。オレ、帰るってばよ…。」
自分で呼び出して置いてなんだが、ナルトはこれ以上サクラといる事は出来
なかった。告白なんてもってのほかだ。
ナルトがあまりにも青い顔をしていたので、サクラは具合でも悪くなったの
だろうと勝手に解釈してナルトを責め立てるような事はしなかった。それでな
くても、サクラは今サスケという恋人を得て幸福の絶頂にいる。世界中の誰に
でも、寛容な気分になれた事だろう。
ナルトはサクラに別れを告げると、その足でサスケの元へと向かった。サス
ケの行動パターンならば、ある程度把握している。休暇のこの時間ならば、溜
まった家のことを片づけるため家にいるに違いない。
早歩きでサスケの家までたどり着くと、ナルトはベルを押した。
一回、二回、三回…。返答は、ない。
ナルトは思い切って玄関の扉に手をかけた。扉に鍵はかかっておらず、思っ
たよりもあっさりと開いた。
「サスケ、いないのか?」
家の中へ向かって声をかけるが、やはり返答はない。けれど、玄関の鍵はか
かっていなかったのだし、恐らく家の中にいるのだろうとあたりをつけてナル
トは勝手に家の中へと入ることにした。
板を張った廊下は、歩くたびギシギシという嫌な音を立てた。けれどナルト
はそんな事気にも留めず、無駄に広いうちは家の中、サスケを探して歩く。
「サスケ、いるんだろ。返事しろってば…っ!」
声を張り上げたその瞬間、直ぐ傍の襖が開いた。見れば、どんよりと暗い顔
をしたサスケが立っている。
「やっぱ、いるじゃん。」
安堵半分、これから話さねばならない事についての不安半分。ナルトは複雑
な気持ちでサスケと対峙していた。
さて、どうやって切り出すべきか。
ナルトが考えていると、サスケが口を開いた。
「サクラの事、だろう。」
沈んだ声で告げると、サスケは自嘲するかのように笑った。
「ハハッ、来ると思ってたさ。お前は、サクラが好きだもんな。」
「…知ってるなら何で、あんな事したんだってばよ…。」
答えの予想はついていた。しかし、サスケを友人だと思う気持ちがその予想
を否定する。ナルトは、そんな事があってはならないと思っているのだ。
けれど、無情にもサスケは真実を告げる。
「お前が、好きだから。」
その為に、サクラの告白を受けたのだと言った。
そうすれば、少なくともナルトとサクラがつき合う事態だけは避けられるの
だと。
その為ならば、偽りにつき合うことなど造作もないのだと。
切々と語られる言葉は、否応なくナルトに傷を与えた。
この事をサクラが知ったら何と思うだろう。その事を考えると居たたまれな
くなる。当然、傷つくだろう。自分の好きな子とつき合わせないために自分が
つき合うことにしました、と言われて傷つかない少女がいるはずもない。
そしてきっと、ナルトを怨むのだ。酷い、恋敵として…。
「サクラちゃんは、ずっとお前の事が好きだったんだ…。」
自分でも、何を言いだしているのか解らなかった。ただ、勝手に口が動いた。
「本当に、ずっとずっと好きだったんだ…。」
ナルトはよく知っている。何故なら、ナルトが好きになったのはサスケを好
きなサクラだったから。
ナルトがサクラの存在を知ったとき、サクラの中にはサスケがいた。その事
を重々承知しながらも、ナルトはサクラに惹かれるのを止める事は出来なかっ
た。
涙が、止めどなく溢れ出る。
「そんで、俺も……」
しゃくり上げながらも、続けようとした言葉はサスケによって遮られた。
「俺も、お前が好きなんだ。」
あふれ出す怒りを必死になって押さえている、そんな声だった。
サスケは知っていた。サクラが自分を好きなことも、ナルトがサクラを好き
なことも。そして、結果として見事なまでの三角関係が出来上がっていたこと
も。
ナルトは言いたいのだろう。サスケが好きでもない桜とつき合うのは、サク
ラとナルトに対する侮辱だと。
だが、自分はどうなる。
今のままでいいと、確かに言った。だがそれは、ナルトが誰のものでもなか
ったから言えた科白なのだ。
あの時は、確かに友達でもいいと思った。ナルトはサクラを好きだったけれ
ど、告白する気配はなかった。三人の関係は変わることなく、持続されるよう
に思われたからこそ、想っているだけでなんて生やさしい事が言えたのだ。
けれど、ナルトはサクラへの告白を模索し始めた。
その事に気づいたとき、サスケは恐怖した。
ナルトは、サスケから逃れる為にサクラへ告白するつもりなのでは、と。自
分はまともなのだという証を立てるため、そして、サスケに引導を渡すために
告白を思い立ったのではないかと。
更に、サスケは気づいてしまった。サクラがナルトを好きになるかもしれな
いという可能性に。
サクラが好きなのはサスケである。しかし、それが何だというのだ。サスケ
には、サクラの想いに応える気は毛頭ない。その為サクラがナルトに靡く可能
性というのは、皆無ではないのだ。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。
ナルトが、サクラに微笑みかけている。ただそれだけでも胸が締め付けられ
るように苦しいのに、もしも二人がつき合うような事があったら自分は耐えら
れない。
「…俺も、お前が好きなんだ…。」
サスケは舌でそっと、ナルトの頬を伝う涙を拭った。
ナルトは驚き、身体を硬直させたがそれでも逃げるような真似はしなかった。
「サクラには、非道いことをしてると思ってる。勿論、お前にも…。」
「だったら…」
「でも、それでも俺はお前を失いたくはない。」
突然、背中に痛みが走った。サスケがナルトを押し倒したのだ。
板張りの廊下に打ち付けた背中が、ズキズキと痛む。だが今はそれどころで
はない。
サスケの顔が、眼前に迫ってきていた。端正な顔は歪み、目は血走っている。
「好きなんだ。」
そんな言葉は、聞きたくなかった。好きだったら何をしてもいいというのか。
「好きなんだ。」
狂ったようにサスケは繰り返し、繰り返し同じ言葉を吐き続けた。
「好きなんだ。」
口づけられた瞬間、吐き気がした。
サスケの事は嫌いではなかったはずだ。好きだと言われたときも、寧ろ嬉し
かった位なのに気持ちが悪くてしょうがなかった。
「離せよ…っ!」
やっとの思いでサスケを突き飛ばすと、ナルトはその場でもどし始めた。吐
いても、吐いても吐き気は一向に治まらない。
サスケはぼんやりとナルトのしている事を見ていたが、状況に気づいたのか
慌ててナルトの背中をさすり出した。
「大丈夫か?」
心配げな声さえも煩わしく感じ、ナルトはその手を振り払った。
「離せって、言ってるだろぉ…。」
言って、ゲホゲホと咳き込む。けれどもうとっくに胃は空になっているので、
出てくるのは胃液ばかりだ。
咽が焼けるように痛んだ。こんな事なら昼に蜜柑なんて食べなければ良かっ
たと後悔しつつ、ナルトはやっとの思いで立ち上がった。
そのままずるずると身体を引きずりながら、玄関へと向かう。その後をサス
ケが慌ててついてくる。
手を貸すべきか迷っているサスケを睨み、ナルトは言った。
「サクラちゃんと、別れろ。」
サスケは戸惑った様だが、それでもこっくりと頷いた。
送るというサスケを無視して、ナルトはサスケの家を出た。袖で顔を拭くと、
胃液の嫌な匂いがした。
早く家に帰って、風呂に入ろう。そして、すべてを忘れるのだ。
忘れられる筈がない事を知っても尚、ナルトはそう思わずにはいられなかっ
た。
次の日、スリーマンセルでサスケと顔を合わせることを嫌に思ったナルトは
一日だけ仕事を休んだ。一度休めば気まずくなる事は分かっていたが、どうし
ても気持ちの整理がつかなかったのだ。
だが、いつまでも休んでいるわけにはいかない。重い足取りでその次の日は
集合場所へと向かった。だがどうだろう、その場にサスケはいないではないか。
その事に安堵したのも束の間、幾日経っても集合場所に現れないサスケにナ
ルトは不安さえ抱くようになった。
「サスケ、どうしたんだってばよ?」
カカシに聞くと、彼は困ったように笑った。
「どうもね、体調が良くないんで入院中だ。それで、他の誰の名前も呼ばずに
お前の名前ばかり呼んでる。お前達の間に何があったか知らないけど、今度見
舞いにいってやりなさいね。」
蓑浦=ナルト 諸戸=サスケ
この情報だけで分かる人は笑って下さい。ええ、ここは笑うところです。最
近読み直したら、面白くってたまらなかったのでうっかりこんなもの書いてみ
ました。深く考えてはいけません。書いていて自分は吹き出しました…。元ネ
タ、シリアスなんですけどね。
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