君がいる世界の果てで



 視線が合うだけで、体中が熱くなった。

 軽い触れ合いだけで、目眩がした。


 彼の事が好き過ぎてどうにかなりそうな日々があった。







 子供である時に別れを告げてから暫しの月日が流れ、ヒナタは18になって
いた。里においてはもう子供とは呼べない年で、そろそろ親の庇護を離れて独
り立ちする年でもあった。

 そしてヒナタも、例外ではなかった。

「…結婚、ですか…?」

 久しぶりに会った祖母はヒナタに結婚を持ちかけた。否、正確には結婚を命
じたのだ。

「もう貴女も18です。日向家の跡継ぎを、そろそろ作っていただかねばなり
ません。」

 きっぱりと告げると祖母は物言いたげなヒナタを睨み付けた。

「いつまでも、あの様な男にうつつを抜かしているものではありませんよ。」

 あの様な男とは言うまでもない、ヒナタが幼い頃より憧れ続けてきたナルト
の事だ。今では立派な青年になりつつある。

 木の葉は、忍びの里だ。情報収集が得意な者も少なからずいる。祖母は恐ら
く誰か人を使って、ヒナタがナルトに思いを寄せていることを調べたのだろう。

 ヒナタがあのナルトに思いを寄せている事を知った祖母は、当然の事ながら
激怒した。相手は例の子供。そんなナルトとヒナタが親しくなれば、ヒナタの
元にどんな厄災が降りかかるか知れたものではない。

 そう判断した祖母は、ヒナタに九尾の話を聞かせた。火影に知れたら大変な
事になるので、部屋中に結界を張り巡らせて。

 けれどヒナタは、九尾の話を聞かされた後もナルトに対する態度を変えよう
とはしなかった。だが幸か不幸かナルトはヒナタに感心がないようだしと祖母
は面白く無いながらも一応安堵はしていたのだ。

 けれど、最近になってそうもいかない事情が出てきた。火影が、ナルトの生
涯の伴侶となる相手を捜し始めたのだ。当然それは、ナルトの子を為すためだ。
その身に九尾を負うことを運命づけられた子供を。

 一応これは極秘となっているが、秘密が漏れやすいのもまた事実。おまけに
日向家のご隠居といえば、それなりの勢力を誇っている。ご機嫌取りもかねて
秘密を持ってくる輩は少なくなかった。
 
 そう言った理由でナルトの伴侶探しを知った祖母は、ヒナタに白羽の矢が当
たる前に結婚させてしまおうとしたのだ。もしもこのままヒナタが独身であれ
ば、当然火影もヒナタがナルトに思いを寄せている事を知っているだろうから
二人を結婚させてしまうかもしれない。祖母は、その可能性を恐れたのだ。

「断ることは許しませんよ。婚儀は一週間後です。」

 それだけ告げると、祖母は広い部屋にヒナタ一人を残して立ち去った。結局
祖母に何も言えなかったヒナタは、悔しさに唇をかみしめていた。







『日向ヒナタが結婚する』

 という報は瞬く間に里中に広まった。

 ヒナタの祖母が、ヒナタに抵抗させない為の策の一つとして人を使って触れ
回ったのだ。

 そのおかげで、ただ歩いているだけでヒナタは憂鬱な気分にならざる得なか
った。

「おめでとう、ヒナタちゃん。」

 悪気はないのだろうが、商店のおばちゃんやおじちゃんなどが明るく声をか
けてくる。ヒナタはそれに「少しもめでたくないんです」と返事をしないのが
やっとだった。

 結婚をする。全く知らない、見たこともない人間と。それももう、三日後に
迫ってきている。

 いっそこのまま逃げてしまおうと何度思ったことか。だが、逃げてしまえば
もう二度とナルトに会うことは出来ない。それだけは絶対に嫌だった。

 結婚が決まってからというもの、ナルトには一度も会っていない。会いに行
こうとも思ったが、そのたびに合わせる顔が無い事に気がついた。

 もし、ナルトにおめでとうなんて言われたら…?

 きっとショックで泣き出してしまう。そんな醜態を曝したくはなかった。


 憂鬱な気持ちのまま、出来るだけ人気のない方へとヒナタは歩いていった。
そして気がつけば、店どころか一軒の民家もない川下へと来ていた。

 そういえばここはナルトのお気に入りの場所だな、という事を思い出す。人
が少ないというのが、彼のお気に入りの理由だった。けれどナルトが好きな場
所だという事を彼の友人達が知るようになってから、一気に川下の人口密度は
増えた。そしていつの間にか、彼は此処へは姿を現さなくなっていたのだ。

 ナルトは人が好きみたいだ。けれど同時に、嫌いでもあるのだろう。彼の態
度の端々からそれは感じられた。ずっと人に虐げられて育ってきたのだし、そ
れは無理からぬ話だった。

「ナルト君…」

 今、彼はどうしているだろうか。一ヶ月前、隣国に任務へ行く所だと言って
笑っていた彼は今は何処にいるのだろうか。

「会いたい、なぁ…。」

 会っても何も言うことは出来ない。けれど顔を見たいと、声を聞きたいと思
ってしまのだ。

 そんなヒナタに、声をかける人があった。油女のシノだ。18になったシノ
は今、油女の頭領としての位を継いでいる。ボサボサとしていた髪を短く刈り
上げ、口元を隠さなくなったシノは今や少女達の憧れの的であった。
 
「ヒナタ…。」

 彼女の名を呟くと、シノはヒナタの横に腰を下ろした。その表情は心なしか
暗い。

「シノ君、どうしたの?」

 常に無表情であるシノは、表情を変えることが滅多にない。それだけに彼の
表情が暗いことが気になった。何か、大変な事でも起こったのだろうか。

 シノは暫くの間黙り込んでいた。けれど何かを決意したらしくヒナタの眼を
じっと見つめ口を開いた。

「大丈夫なのか?」

 一体、シノが何のことを言っているのか解らなかった。大丈夫なのかとは、
どういう意味なのか。ヒナタが考えあぐねていると、シノは言った。

「婚儀の事だ。」

 そこまで言われれば解る。ヒナタはシノを見つめ、それからそっと視線を外
した。

 シノはもしかして、ヒナタの事を心配してくれたのだろうか。だがその心配
も、今は重荷でしかなかった。

 ヒナタは知っていた。シノが、ナルトに向ける想いに。そしてまた、ナルト
がシノに抱く想いに。二人の感情には相違があったけれど、時折二人が恋人同
士のように抱き合っている瞬間を何度か見た事がある。そんな風にナルトに触
れる事が出来るシノに、ヒナタは少なからず嫉妬心を覚えていた。

「…シノ君は、いいよね…。」

 口調がつい恨みがましいものになってしまうのは仕方ない。勝手に結婚を決
められ、逆らうことが出来ないヒナタとは違い、シノは彼自身が頭領だ。彼の
意志如何で、自由に様々な事を決めることが出来る。

 けれど、シノから返ってきた言葉は予想外のものだった。

「何が、いい。」

 厳しい、責めるような口調だった。

 その事に驚いていると、珍しく雄弁にシノは言葉を続けた。

「家の者の事を考え、身動きが出来ない。そんな人間の、何処がいい。何かを
しようにも、家の者の許可を取らねばならない。取らずに行動したが最後、誰
が責任をとるかでまたひと騒動だ。」

 シノが家を継いだのはつい三ヶ月前の話だ。慣れない責務に疲れているのだ
ろう。言葉には、疲れの色が見え隠れしていた。

 ヒナタは何も言えなかった。家に従わなければならないヒナタには、家を率
いていかなければならないシノの苦労は解らない。

「…結婚も、決められた。」

 呟くように言って、シノは立ち上がった。

「…え……?」

「結婚だ。…俺と、お前の…。」

 ヒナタを見下ろしながらシノは告げると、そのまま立ち去ってしまった。

 そんなシノの去っていく後ろ姿を眺めながら、ヒナタは信じられない思いで
立ちつくしていた。

 自分が、シノと結婚する。そんな事があるのだろうか。おまけに、今のシノ
はそれが決定事項であるような口振りだった。

「…嘘…。」

 信じられなかった。家の存続という事を考えた際、名家である油女と日向が
結びつくことに何ら不思議はない。だが、女であるとはいえヒナタは本家の人
間だ。ヒナタには、本家の跡取りを産む使命がある。それなのに、油女の頭領
の所へ嫁に行くなど、そんな馬鹿な話があるのか。

 てっきりヒナタはそれなりの名家の次男や三男ならを婿として向かえるのだ
と思っていた。それだけに相手がシノであるという現実が信じられない。

 シノが嫌だというのではない。寧ろ見知らぬ人間と結婚させられるよりは余
程いい。だがシノが、ナルトの事を何よりも大切に思っているシノが自分と結
婚だなんてそんな事があり得るのか。家の為、結婚するのだという様なシノの
口振り。やはりそれも信じられなかった。

 もう、どうしていいか解らない。ヒナタはその場に泣き崩れた。









 ヒナタと別れてから、シノはナルトの家へと向かった。

 昨日任務を終えたばかりのナルトは、今の時間ならば家で眠っている筈だ。
とにかく、ナルトの顔が見たくてたまらなかった。

 ナルトの家まで近づき、そこで家の周辺が今までと違っている事に気がつい
た。電柱の影に二人、家の影に三人、そして玄関に一人…。まるでナルトを守
る様に、木の葉の兵士が警備していた。おまけに、玄関にいる一人はシノがよ
く見知った人物だった。

「…サスケ…。」

 苦々しく舌打ちし、シノはサスケを睨み付けた。

 年を追う事にサスケの美しさには磨きがかかり、今や触れると切れる刃物の
様だ。少年らしい甘やかな頬や首の線はなりを潜め、雄々しい立派な青年にな
っていた。

「やはり、来たな。」

 シノにちらりと視線を流すと、サスケは眉を寄せた。

「火影からの命令だ。お前を、ナルトに近づけさせるなと。」

 どうしてこんな命令が下されたのか、サスケも知っているのだろう。その表
情は暗かった。

「浚って、逃げるつもりだったのか?」

 そんな事出来るはずがないと、知っているだろうに。サスケの言葉には、自
らへの嘲りの感情が含まれているようだった。

「…ただ、顔を見たかっただけだ。」

 シノはそう言うが、サスケはその言葉を信じなかった。

「とにかく、今は帰れ。どんな理由であれ、会わせることは出来ない。」

 身も蓋もなく切って捨てると、サスケは千本を取り出した。これ以上ナルト
に近づけば攻撃するという警告なのだ。

 だが、シノは無謀にも足を前へと踏み出した。その瞬間、サスケの千本が宙
に舞う。

「帰れと言っている!」

 叫ぶサスケの声は悲痛だった。

「会いたいだけだ。」

 告げるシノの声は真摯だった。


 二人は、知っている。このまま里にナルトがいても、決して自由にはなれな
い事を。九尾の呪縛をその内に抱えた少年は、常に里から見張られている。

 解き放ってやりたい。それを何度願った事か。だがまだサスケでは、里から
ナルトを連れ出すだけの力がない。それはシノでも同じ事。

 けれど二人は願う。ナルトの、自由を。

 二人は戦いながら、心中で血を、涙を流し続けていた。

 自由を、彼に自由を。その為なら、何者も惜しくないのに。






 
 シノとサスケの戦いを部屋の中で見ていたナルトは、そっと溜息をついた。
彼等の想いは、痛いほど解る。けれどまた、どうにも出来ないことも事実なの
だ。この身に、九尾を宿す限り。

 もう止めてくれと叫びたい。こんな無意味な戦いで、お互いを傷つける事に
なんの意味もないのだ。

「ナルト!!」

 シノの叫び声が、ナルトの耳にも入ってきた。それと同時に何かを切り裂く
音。そして、悲鳴。 

 何が起こったのか見なくとも判った。

 ゆっくりと、家の扉が開く。そこから血塗れの男が現れた。

「ナルト…。」

 そして、そのまま床へと倒れ込む。その後ろから見慣れぬ忍びが数人入って
きた。

「すみません…。」

 ナルトに謝りながらシノを担ぎ上げ、その者達は去っていこうとする。それ
をナルトが呼び止めた。

「何か?」

 振り返る忍び達の訝しげな視線を受けながら、ナルトはシノへと近づいた。
そして彼の耳にそっと囁く。

「…俺の事は、気にしなくていいんだってばよ…。」

 それだけ言って、シノから身体を離す。きっと忍び達には、ナルトが何のこ
とを言っているのか解らなかっただろう。

 そんな彼等に微笑み、ナルトは言った。

「もう、行ってくれていいってばよ。」

 その言葉に従い、忍び達は去った。部屋の中には、微かに残る血の香り。
これは、サスケの血の匂いだ。長い間一緒にいたため、血の匂いも覚えてしま
った。

 目を瞑る。すると甦ってくるのはまだ自由だと信じていた頃の自分の姿だ。
九尾を身に宿すという真の意味を、あの頃の自分は知らなかった。

 いっそ、里から逃げればいいのだろうか。だが火影を裏切ってまで、自我を
通す気にもなれない。火影は、幼い頃からナルトを可愛がってくれた唯一の人
間なのだ。

 自分には、このまま里という檻の中で生きるしか術がない。その事は痛いほ
ど身にしみている。決して、逃れられない呪縛。けれど囚われているのはナル
トだけではない。シノも、サスケも囚われた人間だ。そして、ヒナタも。

 彼女は結婚が決まったという。まだ18であるのにという思いが、ナルトに
はある。確かに独り立ちしてもおかしくはない年頃だが、ヒナタがそれを望ん
でいたように思えない。

 何時も、何か言いたげにナルトを見つめていたヒナタ。結局彼女が何を言い
たかったのか、ナルトは生涯知ることはないだろう。彼女は、その身を家に捧
げるのだ。

 幼い頃は全てが輝いて見えていた。それがどうだ。今ではどんよりと曇って
見える。様々な人の思惑が交差し、真実など見えやしない。








 それから三日後、日向と油女の婚儀が慎ましやかに執り行われた。

 だが、新郎と新婦はその姿を現すことはなかったという。




 こういうのは書いていて楽しいです。  まぁ、NARUTOはナルト達が少年のままで終わると思っているからこそこう いう話が書けるんですけどね。…ドラゴンボールみたいになったら、どうし ようね…。   


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