春
春が近づいている。ほころび始めた花の蕾はその事を明瞭に示していた。
そう、春が来るのだ。暖かい、春が。一年で最も憂鬱な季節が。
春が好きではない。花粉症でも無い限り、春を嫌いだという人間は多くない
様に思うが、ナルトは春が好きではなかった。夏のように熱いわけでも、冬の
様に寒いわけでもなく冷暖房器具なしに過ごせる春。確かに肉体的には過ごし
やすいのだが、春に行われるある行事がナルトは嫌いだった。
春といえば、人は何を思い浮かべるだろうか。卒業式、入学式、桃の節句に
春の花…春には明るい印象を与えるものが多いのだ。事実、寒い春から徐々に
暖かくなっていく春という季節は、人に希望を与える季節なのかもしれない。
だが本当に明るい事ばかりだろうか。他人はどうだか知らないが、ナルトに
とってはそうではない。
「…また、クラス分け、か…。」
そう、春に行われる事。学生であれば必ずあるであろう、クラス分けがナル
トは嫌いだったのだ。
嫌いな理由一つ。…束の間に訪れた幸せが、あっという間に去っていくから
だ。
アカデミーには男子生徒のクラスは二つしかない。二つしかないが、それで
も二つあるからには生徒をどちらかに振り分けねばならないのだ。当然、生徒
達は振り分けられる。それはいい、それは。当たり前のことだからだ。
そして振り分けられた生徒達は各自己の教室に入る。そして、ナルトの嫌い
な事がこれから始まるのだ。
クラスを分けられ、先生が入ってくるまでの間は生徒達の自由時間だ。席の
近い者と話したりして交流を深める。この時ばかりは嫌われ者のナルトも、生
徒達を普通に話が出きるのだ。何故なら全員が全員、ナルトの事を見知ってい
るわけではないから。
これが束の間の幸せ。ただの一生徒としてクラスにとけ込める僅かな時間。
けれどこの時間も、あっという間に奪われる。
親しくなりはじめると、互いに名乗り合う。だが名乗ると皆、一様に変な顔
をするのだ。「こいつが、うずまきナルト」なのかとでもいう様に。
目の前で親しげに向けられていた笑顔が、あっという間に嫌悪に変わる瞬間。
それを一言で言い表すならば、闇。人の心が持つ闇だ。彼等はナルト自身が嫌
いなわけではなく、「うずまきナルト」という名を持つ人間が嫌いなのだ。
だが、何故彼等が「うずまきナルト」を嫌うのか、その理由が分からない。
分かればまだ幾らか対処の仕様があるものの、分からなければどうにもならな
い。
毎年繰り返されること。留年してからは、特に辛い。顔ぶれが一斉に変わる
為、一瞬にして嫌悪の色に顔を染める人間の数が多いのだ。けれどナルトは束
の間の幸せを求めてしまう。本当に一瞬の、幸せだけれども。
今年も春がやってくる。留年したナルトは、見も知らぬ人間達の中に放り込
まれる事になっている。今年は何人顔色を変えるだろうか。いっそ予想でも立
ててやれば、気が晴れるかも知れない。
ぶらぶらと里を歩く。色づき始めたサクラが憎い。この花が咲かなければ、
春はやってこないのに。
桜の幹に手を触れる。ザラザラとした感触は、桜特有のものだ。華奢なこの
木はナルトが一発蹴りを入れれば、倒れてしまうかもしれない。
ナルトは桜と距離を取り、桜に蹴りを入れる構えをとった。三歩走ってから
蹴りを入れれば十分だ。
足を動かす。一歩、二歩、三歩…。
桜の木が、目の前に迫ってくる。ナルトは足に力を込めた。
桜の幹に身体を預け、ナルトは目を瞑った。
結局蹴りは入れなかった。直前まできて桜を傷つけることに躊躇いを感じて
しまったのだ。
綺麗な桜。桜に罪はない。分かっているのだ、分かって。ただ、どうしよう
もなく苛ついているだけだ。
桜に蹴りを入れる変わりに、頭を幹にぶつけてしまったがそれは自業自得と
いうもの。ヒリヒリと痛むおでこに手をあて、血が出ていないかどうかを確認
した。
「…大丈夫、だってばよ…。」
幸いなことに血は出ていなかった。頭の傷は大げさに血が出るからもしかし
たらと心配したが、それは杞憂だった様だ。頭の中身の方はどうだか知らない
が。
「さてっと…。」
もう日は暮れてしまった。待ってくれている人はいないけれど、家に帰らな
ければならない。
大儀そうに幹に手をつきながら立ち上がり、街へと続く道を見る。ナルトの
家は繁華街の中にある為、街の中をどうあっても通らなければならないのだ。
酔っぱらいが絡んでくるかも知れないな、などと心配しながらゆっくりと歩
き出す。酔っぱらいは厄介なものだ。彼等の思考は自己中心的になりがちで、
こちらの迷惑を顧みずに迫ってくる。夜中に子供一人街を歩こうものなら、恰
好の餌食になるだろう。
赤や緑、黄色にオレンジ。派手な色のネオンが目に付く。その下にいる人間
達の事を思って、ナルトは溜息をついた。
春が来る。一年で一番憂鬱な季節が。
この時のナルトはまだ知らない。この後に待っている、出会いの事を。
「…ふんっ、ドベ。」
「なんだとぉ!?」
それはとても、大切な出会い。
フラフラ手が動いた結果シリアス。…おかしい、馬鹿なギャグを書く筈だっ
たのに。ギャグって、難しい。
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