血の束縛
生まれ落ちたその瞬間から、蔑まれる事が定められていた人生。母は諦め、
我が子の未来を見て見ぬふりをした。
たった一人。少年は血という柵の中で生きていかざる得なかった
「なんだよ、妾の子の癖にっ!」
何度言われた分からないこのセリフ。妾の子である事は事実だけれど、それ
を理由に蔑まれる理由が少年には分からなかった。
父は少年を息子と呼ばない。少年も父を父と呼ばない。少年と父はその容貌
から血のつながりがある事ははっきりしていたが、それでも彼等はお互いを肉
親とは思わなかった。
少年の母は、少年の父に恋していた。少年の父もまた、少年の母に恋してい
た。だが名家の若き当主である少年の父と、分家も分家、かろうじて家に名を
連ねているだけの少年の母とでは身分違いだというのが周囲の一致した意見だ
った。
当然の事ながら二人は引き裂かれた。表向きは、であるが。
少年の父は少年の母ではない別の女性と結婚した。少年の母よりも十も年下
の少女とだ。家同士の為の結婚。二人の間に愛情は無かった。
少年と父は、別の女性と結婚してからも少年の母を愛した。少年の母は日陰
の身になったのだ。けれど彼女はそれで構わなかった。少年の父を愛していた
から。
時が経ち、二人の間に子供が産まれた。それが少年である。少年は暫くの間
父を知らなかった。少年の母から父はいないと教えられていたからだ。ここは
忍びの里、多くの父無し子が存在する場所であるから、少年は母の言うことに
疑問を感じなかった。
『父は殉死した』少年は何の疑いもなく信じた。けれど残酷にも時が少年の真
実を打ち壊す。
母と二人きりで暮らしていた少年には夢があった。いつしか母に楽な暮らし
をさせてやりたいという、少年らしい甘い夢だ。しかし少年はそれをただの夢
で終わらせない為、相当の努力をした。
努力は実る。少年は年に似合わない忍びとしての力を身につけ始めた。知力、
体力、時の運。全てが少年に味方した。
そして事件は、起こるべくして起こった。
少年の母が死亡したのだ。他殺だった。里は強盗事件としてあっさりと片づ
け、少年を少年の父の元へと引き渡した。
そこで初めて少年は自分の父を知る。まさか生きているとは思わなかっただ
けに、少年は父を紹介されたとき一瞬息をつまらせた。
目の前に立っている人間が、父だと言う。まだ三十には達していない年若い
男の髪は、少年と同じ色をしていた。まだ少年は五歳でしかなかったけれど、
彼は理解した。目の前の男は、本当に自分の父親なのだと。そしてまた母が少
年の父は死んでいると言ったのは、男の横に佇む美しい女性のせいなのだと。
「奥に行っていなさい。」
男は女性に向かって下がるように命じると、少年に向き直った。その顔は少
年の顔によく似ていた。
少年と二人きりになると、男は少年の座っている方へと歩み寄ってきた。少
年は男を見上げた。男が少年の目を覗き込む。
「…素質は、無いな…。」
少年の色素の薄い目を覗き込みながら男は呟いた。
「だが、使える。」
唇の端を持ち上げ、男はにやりと笑った。酷薄そうな笑みだった。けれど少
年はその笑みを恐いとも思わなかった。ただ、これからこの男に利用されるの
だなと漠然と考えた。
少年は男から離れと、そして数人の使用人を渡された。男とは殆ど会わなか
った。たまにあっても男は少年を見て、満足そうに頷くだけだ。男が満足して
いるのは少年が強くなっているからだと、まだ幼かったが少年にも分かった。
少年は強くなる事だけを求められた。その為の修行場も与えられた。少年は
めきめきと実力をつけ、引き取られた当初よりも格段に強くなっていった。
強くなることだけを求め続けて、数年が過ぎた。少年は飛び級を重ね、アカ
デミーの最高学年になっていた。
『妾の子』
その事実を噛み締める。蔑まれる程の事ではない。忍びに置いて、重要なの
は生まれではなくその実力だ。だが生まれがその能力を左右することもまた事
実だった。
『妾の子』
そう少年を蔑む子供達は、本家の者だ。家特有の能力を最も濃く受け継ぐ者
達だ。実力では少年が勝る。だが決して、少年が持ち得ないものを本家の人間
は持っているのだ。
本家という位に胡座をかくだけの存在にはなりたくない。だが本家の能力を
羨まなかったといえば嘘になる。自分にその能力があればと、何度思った事か。
だが幾ら願ったところで血の薄い少年に、本家の能力が宿る筈は無かった。
ある日少年は本家の敷地内で、赤ん坊の泣き声を聞いた。この家に赤ん坊な
どいただろうかと疑問に思い、少年は走った。
鳴き声のする方へと足を進める。するとそこには初めてこの家に来た日、父
の横に立っていた女性が赤ん坊を抱えている姿があった。
この上なく幸せそうに赤ん坊を抱きしめる女性。よくよく見れば、その後ろ
には同じように微笑む父の姿があった。
少年は直ぐにその場を立ち去った。あんな父の姿は、見たくなかった。
幸せそうに笑う父。父はその様に笑う人間ではなかった。すくなくとも、少
年にとっては。
気がつけば、少年は涙を流していた。そんなに父の姿がショックだったのか
と少年は自嘲した。それでも、涙は止まらなかった。
あの男を父だと思ったわけではないと信じていたけど、心の隅では父親だと
信じていたのだ。事実、肉体的にはあの男は少年の父親だ。だが精神的にはそ
うではない。あの男は、少年を息子と思わない、扱わない。
気がつけば、母の墓前まで来ていた。墓といっても中には何も入っていない
が、それでも死者を弔うという意味で墓標は至る所に立っている。だがこの墓
ほど寂れた場所にあるものはないだろう。
里の外れも外れ、一目を忍ぶようにその墓はあった。
「…母さん…。」
あなたは何故全てを話してくれなかったのか。息子の為を思ったのか、口に
するのが辛かったのか。
墓は何も答えない。少年はじっと墓を見つめた。
墓に刻まれたのは名前だけ。少年の母に、姓は無い。実家からは絶縁状を叩
きつけられ、彼女は属する家を失っていた。
ふと、墓の下に視線を落とすと一輪の小さな花が落ちていた。誰かが捧げた
ものなのだろうか。少年は花をそっと拾い上げた。
小さな白いその花は、少年が拾い上げると同時に散ってしまった。花びらが
風に舞う。
少年はいつまでもいつまでも、花びらの行方を見つめていた。
カカシ先生の過去って考えるの楽しくてたまらない。
宗家と分家の話を聞くカカシ先生の沈黙からこれだけの事を邪推してみまし
た。
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