馬鹿者
「…馬鹿だってばよ…。」
「…そうだな。」
一人俯いて必死になって口元を抑えているサスケにかけられた言葉は、同情
からはほど遠いものであった。
「取り敢えずお前トイレ行って来いよ、邪魔だから。」
冷たく吐き捨て、ナルトはサスケにおしぼりを渡す。サスケはそんな必要は
無いと叫びたかったが、再びこみ上げてきた嘔吐感にそうも言っていられなく
なった。おしぼりをひったくると、そのままトイレへと駆け込む。そんな彼の
姿を見送ってから、ナルトは店員へと声をかけた。
「すみません、バケツと雑巾、貸して下さい。」
まだ幼い少年からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのか、店員は驚い
たように目を見開いた。けれど直ぐにバケツの代わりにビニール袋を、そして
雑巾の代わりにおしぼりを手渡してくれた。
そしてナルトは腕まくりをして一言。
「…馬鹿の後始末でもしますかね。」
任務の後、食事を奢ってやるぞと言ってカカシが連れていってくれたのは居
酒屋だった。遅い時間になると開いている店も限られるから、これは仕方のな
い事なのだろう。
暖かいおしぼりで顔を拭きながら、カカシがまずは冷酒を注文する。それに
便乗してナルトがサワーを頼んだけれど、カカシは窘めようとはしなかった。
それどころか面白がって、サスケやサクラにも酒を勧める始末だ。サクラは今
日は疲れているからと断り、サスケもそれに倣おうとした。だが、だ。そこで
サスケはふと気づいた。もしもこのまま酒を呑まないなどと言えば、その後ナ
ルトにからかわれるのではないのだろうかと。別にそこまでナルトは極悪非道
ではないけれど、サスケは妙に気を回しすぎる所がある。この場合もそうだっ
た。
「じゃあ、俺はカシス。」
さも「俺は酒が呑みたかったんだ」と言わんばかりの態度で注文し、ちらり
とナルトの方を見る。だがナルトはサスケの方など見ておらず、何を食べよう
かとカカシと一緒にメニューを一生懸命眺めていた。
サスケにはそれが面白くない。むっつりしながら二人を見ていると、そのう
ち酒が運ばれてきた。喉も乾いていた事だしと、サスケは一気にその酒を飲み
干した。それを見ていたサクラが歓声をあげる。
「すっごぉーい、サスケ君。お酒強いのね。」
もしもこれをやったのがナルトであったならば、委員長気質のサクラのこと
だ。お酒の一気の身は体に悪いと窘めていただろう。だが恋する乙女は好きな
人相手にそんな事を言える筈がない。ひたすら凄い凄いと褒め称えている所に、
次は料理が運ばれてきた。
欠食児童達は酒を呑むより料理だろ、と必死になって料理を掻き込む。そし
て、それが仇となった。
食べてる間は皆始終無言であるため、誰もサスケの変化に気づかなかったの
だ。サスケが箸をつけるスピードが徐々に落ち、終いには箸をテーブルへと置
いた。そして酒のおかげでほんのり赤味がさしていた頬が、一気に青ざめた。
「…気持ち悪い…。」
サスケが呻いたときはもう時既に遅し。机の一部は、サスケの吐瀉物によっ
て浸食されていた。
サスケがトイレに行っている間に、ナルトはテキパキと店員にも指示を出し
後かたづけをしている。取り敢えずテーブルの上の食器の類を片づけて貰い、
おしぼりも大量に出して貰う。他の客に嘔吐したヤツがいるなんてばれないよ
うに吐瀉物をおしぼりで隠しながら、注意深くビニール袋の中に片づけた。
そんなナルトをカカシは感心したように見つめ、サクラは必死になって視線
を逸らしている。心なしか彼女の顔色も悪い。
その事に気づいたナルトは手を止め、サクラもトイレに行くように促した。
「つられちゃうんだろ、サクラちゃん。無理しなくていいからトイレか、それ
じゃなかったらちょっと外にでも出てきなってばよ。」
サクラはテーブルの上を見ないように気をつけながら、ナルトをじっと見つ
めた。そしてこくりと頷くと、あわてて外へと出ていく。彼女を見送ってから、
ナルトは再びテーブルの上を拭き始めた。
「しっかしナルト、すごいねぇ。」
「んー?何がだってばよ。」
「普通他人の吐瀉物の始末なんて嫌でしょ。サクラだって逃げてったのに。」
言われて、ナルトは少し考えるように視線を宙に漂わせた。確かに、喜んで
始末したいものではない事は確かだ。だが幾ら客であるとはいえ、アルバイト
であろう若い店員さん達に始末させるのも気がひける。ナルトは使い終わった
おしぼりを机の一角に積み上げながら、店員におしぼりとビニール袋を始末し
てくれるよう声をかけた。
そしてまだ綺麗なおしぼりで自分の手を一応拭き、カカシを見上げる。
「そりゃ、嫌だってばよ。」
「だったら何で?」
ここは店だし、店員さんに頼めばやってくれるよと言ってカカシは目を細め
た。その目が何もかも見透かしている様で、ちょっと落ち着かない。
「サスケには内緒にしてくれる?」
「勿論。」
深く頷いて、ナルトの言葉を待つ。けれどカカシは、ナルトの後ろからトイ
レから出てきたサスケが近づいてきている事を敢えてナルトには教えなかった。
「…サスケってさ…」
自分の名前をナルトが口にするのを聞いて、サスケの動きがぴたりと止まる。
「サスケって、犬みたいな感じがするんだってばよ…。」
「犬?」
ナルトに気づかれないようサスケの様子を伺いながら、何故犬なのかと聞き
返す。カカシのイメージではサスケは犬というよりも猫科の動物だ。いやそれ
よりも、サスケが犬みたいであることと、サスケの後始末をする事にどのよう
な関係があるというのか。
「飼い犬の始末は自分でつけなきゃならないって、よくキバが言ってるんだっ
てば。」
では何か?サスケはナルトの飼い犬という事なのだろうか。
カカシがちらりと同情の目でサスケの方を見ると、彼は再びトイレへと駆け
込む所だった。
「こちらの食事に何か悪いものでも入っていたでしょうか?」
恐縮そうに訊ねてくる店員に彼は単に疲れていただけだからと言って、会計
を済ませ外へと出る。子供達は三人とも違う姿勢でカカシを待っていた。
気持ち悪そうに口元を抑えて踞るサスケ。
そんなサスケを心配そうにのぞき込み、背中をさすってやっているサクラ。
そして二人を面白く無さそうに頬を膨らませながら、頭上で手を組み合わせ
ているナルト。
素直な子供達の行動に、思わず笑みが漏れる。
「おーい、帰るぞ。」
三人に声をかけると、まずナルトが駆け寄ってきた。その後ろをよろめきな
がらサスケがついてくる。
成る程、ナルトがサスケを犬だというわけだ。必死になってナルトの後を追
うその姿は、飼い犬の後をついて歩く犬によく似ていた。
カカシは笑みを深くして、そのうちナルトに鎖を、サスケに首輪をプレゼン
トすることを決意するのだった。
サスケがヘタレ。ヘタレなネタが転がっていると、サスケに当てはめたくな
るのです。だが、オチてないな。この話…。
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