彼が髪を染めた理由


 どこか虚ろな目をしたその人は、自分より一回りも年上の大人だった。

 そして、自分がどんなに足掻こうとも決して適わない兄の大切な友人でもあ
った。

 だけど、自分はその人に恋をした。




 何時でも春樹は幸田を見ている。

 朝も昼も夜も、時間の許す限り幸田を見続けていた。

 そしてそんな春樹だから、幸田が何者にも興味を持たないのを知っていた。
恐らく、友人である北川にさえ大した興味を持っていないのだろう。

 働くことも、食事をすることも、全てがどうでもいいという様な顔をして

 そして幸田は眠るのだ。現実に興味がないといわんばかりに。



「幸田さん、俺、幸田さんが好きだよ。」

 眠っている幸田になら、何だって云える。何だって出来る。

 だけど目を開けられたらもう駄目だ。自分を見ないその目を向けられる事に、
春樹は耐えることができない。

 兄はそれを耐えてきた。別に耐えるまでもなく、何とも思わないのだろう。
或いは、兄はそんな幸田だからこそ興味を惹かれるのかもしれない。

 けれど自分は違った。不安で、たまらない。

「好きだよ、幸田さん」

 眠る幸田に、口づけを落とす。

 それでも幸田は目覚めない。

「…起きてよ、幸田さん」

 別におとぎ話に憧れる少女ではないけれど、キスですら目覚めない幸田は別
に春樹をどうでもいいと云っている様で辛い。

 でも違う、本当は起きて欲しいんじゃない。ただ、自分を見て欲しいんだ。

 眠っていてもいいよ。何を考えていてもいいよ。

 唯、自分を見て欲しい。

 好きになってくれなんて贅沢は云わないから。


「…もっと、インパクトが必要なのか…」

 そして春樹は髪を染めた。


 やっぱり訳が分からない。  そしてやっぱり春樹→幸田。…春樹って、何処までも報われないですよね。

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