過失保険



 いつもの様に顰めっ面で、ホーリー内部を闊歩する。劉鳳が歩く度に足音だ
けが響く。廊下は静かで、人っ子一人いない。

 そして劉鳳の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「ハハッ」

 微かだけれど、確かに聞こえるあの男の声。
 
 天敵とすら呼べる間柄であるあの男の声を自分が間違えるはずはない。けれ
どそれならば、あの男がホーリーに来ているという事になる。

 しかし、そんな筈はないという気がしている。誰かが捕らえたというなら話
は別だが、カズマを捕らえたという話しも聞かないし、それに捕らえられてい
るなら聞こえてくるのが笑い声というのも少々解せない。

 何処に、いる。

 耳を澄まし音の出所を探る。けれど音は途切れ途切れで、聞き取りにくい。

 何処に、いる。

 あの男の声が聞こえただけで気持ちが高ぶる。

「…何処だ。」

 あの男の姿を求めて胸が震える。

 自然足が速くなる。あの男、カズマを一刻でも早く見つけるために。







 劉鳳は本部内を隈無く探し回り、その結果一つの部屋に辿り着いた。

 恐ろしいスピードで走り回る劉鳳を見て、『一体何事か』と驚く所員も多か
ったがそんなのは劉鳳の知ったことではない。

 一度として近寄ったことがない所員の休憩所。ここにカズマがいる。

 何故こんな所にとも思うが、現に今もカズマの声が中から聞こえてきている
から間違いはない。扉に挟まれているせいで音が聞き取り辛く、何を話してい
るかまでは分からないが確かにカズマの声だ。

 何の前フリもなく、扉を開けた。軽い機械音がするのと同時に扉が開く。

 そして、眼に飛び込んできた光景に劉鳳は固まった。

 
 確かに、カズマはそこにいた。

 けれど実際にいるのではない。VTRの中にいたのだ。

 それもただのVTRではない。戦いの記録を記した物等であれば、劉鳳も驚き
はしないのだ。

 VTRの中のカズマ。…彼は素っ裸で海岸を走っていた。後ろにサングラスを
かけた、やはり素っ裸のガタイの良いお兄さんというおまけつきで。



 そして当然、固まったのは劉鳳だけではない。

 休憩所でくつろいでいた所員達も同様に固まった。突然現れたのが口を利く
機会も滅多にない男であっただけに、驚きは寧ろ劉鳳より大きかったかもしれ
ない。

 劉鳳の眼は所員達が見ていたVTR画面に釘付けになっている。
              
 これは不味い。大変不味い。

 所員達は劉鳳が固まったのは、真っ昼間からこういう映像を見ている事に静
かに、だが確かに怒っているからだと思ったのだ。

 まさか映像に映し出されている人物が、劉鳳のよく知る男だからだとは思って
もみない。

「…こんにちは…。」

 勇気ある所員が思いきって挨拶をするが、劉鳳には聞こえていないようだ。

 しかし気が動転してそんな事にも気づかない所員は、しどろもどろになりな
がらも言い訳を始める。

「えっと、これはですね……」

 何か上手い言い訳はないだろうかとVTRに視線を走らせた。

 丁度その時、映像はサングラスの男がカズマに追いついた所だった。男はカ
ズマの腕を掴み、そのまま砂浜へと押し倒す。

 言い訳を考えていた所員は、再び固まった。

 ただ素っ裸で走ってるだけなら誤魔化しようがあったものの(あるのか?本
当に…)、ここまでいったら誤魔化しようがないではないか。

 劉鳳が入ってきた瞬間にVTRを止めなかった事を後悔しつつ振り向けば、そ
こには入ってきたよりも数倍恐ろしい顔をした劉鳳が立っていた。

「…劉鳳…さん…?」 

 恐怖のため、所員の声は上擦っていた。

 二人の成り行きを見守っていた所員達も恐怖で震えている。

 劉鳳はそんな所員達をちらりと見遣ると、無言で部屋へと入ってきた。何を
するのかと見守る所員達の中、VTRを止め、そのディスクを取り出す。

「…これは、預かっておく。」

 それだけ言うと振り返りもせず、劉鳳は部屋を出ていった。

 後に残された所員達は、もう二度と少しでも劉鳳が現れる危険性があるとこ
ろではVTRを見ないと心に誓うのだった。





 部屋に帰った劉鳳は、所員から奪ってきたディスクをデッキに突っ込んだ。

 何度見ても、映し出されているのは確かにカズマである。男に押し倒された
後、繰り出された見事な拳。そして身体の機敏なる動き。

 間違いなく、カズマなのだ。

 しかし、何故カズマがこの様な事をしているのだろう。あまり俗世間には詳
しくない劉鳳でもこのVTRの持つ意味は分かる。分かるのだが、そこにカズマ
が出ていることが解せないのだ。

「…何故だ…。」

 自分が認めた男が、この様な事をしている事が許せない。

 劉鳳はデッキからディスクを取り出すと、マジマジとそれを見つめる。ディ
スクに記された作成会社。それを突き止め、詳しいことと次第を確かめるため
だ。

「…待っていろ。」 

 低く、呟く。

 部屋の中、劉鳳の笑い声だけが響いていた。

 

【おまけ】

「カズマ、今金欠?」

 君島の言葉に、カズマは当然とでも言うようにふんぞり返った。

「俺が金欠じゃない時なんかあるわけないだろ。」

 それは自慢すべき事ではないのだが、何故かカズマは開き直っている。

「んっじゃーさ、割のいいバイトあるんだけどやらない?」

「…何だよ、また変なバイトじゃないだろうな。」

 うまい話には裏がある。君島から何度も学んだその言葉の実感故、カズマは
話に即座に飛びつくようなマネはしなかった。しかし、金はないのだから当然
心は動くのだ。

「ん〜、変なのじゃないって。それとも、まだ根に持ってんの?」

「当たり前だろ!」

 指定された仕事場所に行ってみればいきなり脱げと命じられ、尚かつ素っ裸
で男に追いかけられる羽目になったのだ。料金は前払いで受け取っていた手前
断ることも出来ず、嫌々ながらも指示に従う羽目に陥ったのだ。
 
 カズマは怒鳴るが、君島は大して気にした風でもない。

「別にいいじゃ〜ん、男なんだし♪本番もなかったわけなんだし〜。」

「…だったらお前もやれよ。」

「そんなの嫌に決まってんじゃん。」

 当たり前だろ、と言わんばかりにサラリと君島は言ってのける。

「それに、ああいうのはお前だから喜ぶ奴も出るんだってば。俺だったら多分、
お前の半分も出ないぞ。」

 そんな事を言われて、カズマが喜ぶ筈もない。

「馬鹿な事ばっか言ってんじゃねーよっ!」

 見事君島の顎に、カズマの拳が炸裂した。

 

 某HPで実際あるバイトとして、「素っ裸でガタイのいいお兄さんに追っか けられながら浜辺を走ったら十万円」というのが書かれていたのを見て思いつ いたネタ。身の危険も感じるだけに、よっぽど金に困ってなければやりたくな いバイトだ。そしてカズマなら金に困っていただろうという前提の元に成り立 つ話。    …どういうビデオか、分かりますよね?そしてサングラスの男はクーガーだ というオチまでつく。(笑)いえ、つかなくても良いんですけど、そうだと楽 しいかも知れない。

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