無機質な日常



 自分より一回りは小さいカズマの身体を見下ろしながら、クーガーは軽く溜
め息をついた。

 俺がでかすぎるのか、こいつが小さすぎるのか。

 身体一つでホーリーに乗り込んできたカズマは着替えというものを持ってい
なかった。ホーリーから支給される制服に、バスローブ位ならあったが普段着
というものは流石のホーリーも常備していない。

『着るものが無い』

 元々着ていた服はクリーニングに出すとかで持って行かれ、だからといって
フリーの時間帯まであの窮屈な制服を着ていたくない。
 
 そうぼやいたカズマに、クーガーが服を貸してやる事になったのだ。

 だが如何せん、体格の違いはどうしようもなかった。

 取り敢えずシャツにズボンを貸してやったのだが、まるで子供が父親の服を
着ているようで不格好で仕方がない。

 シャツはきっちり腕がでないし、何より丈が長すぎる。ズボンに至ってはベ
ルトを一番細くして占めなければずり落ちてしまうだけでなく、裾を二三折り
曲げてもまだ引きずるような有様だ。

「…別の奴に借りた方がいいんじゃないの?」

 一応呆れながらも申し出てみるが、カズマは首を横に振った。

「他に知り合いいねぇもん。」

 普段は人なつっこく、人見知りなどしないカズマだが今回は勝手が違うよう
だ。まあ、カズマがホーリーに本気で骨を埋めるとは思えないし、きっと潜入
捜査かなにかなのだろう。だとしたら、気が引けるのも無理はない。

「だったら俺が取りなしてやるよ。…劉鳳とかならサイズばっちりだろう?」

 劉鳳の名前を出すと、途端にカズマの顔色が変わる。

「……あいつにはっ…。」

 何かを言いかけるが、すぐにしまったとでも言うように口を噤む。そりゃ、
そうだよなぁ。同じホーリーならば仲良くしなければならない筈。別に隊員同
士の仲が特別良いわけでもないけれど、敵愾心を顕わにするのは流石に不味い。

「何にしろ、その恰好で外は歩けないと思うぞ?」

 カズマは自分の恰好を見下ろして、沈黙する。大方その通りだとでも思って
いるのだろう。

「…新しい服、買うか。」

 仮にもエリートと称される事さえもあるホーリー隊員。結構な高給取りであ
ったりするから、カズマに服を買ってやる余裕くらいある。

 しかしカズマは肯かない。

「金、ねぇよ。」

「それ位買ってやるって。」

「…ヤダよ。」

「何で。」

 カズマは答えない。そっぽを向いて、聞こえなかったフリをしている。こう
なってしまえば、カズマに何を言っても無駄だろう。特に今は、カズマのおか
れている立場と自分の立場とがあまりにも違いすぎる。

「まぁ、いいけどな。それなら、やっぱ誰かに服借りなきゃ不味いだろ?」

 そのままじゃ何処にも行けないぞ、と付け加えて釘を差す。やはりカズマは
何も答えなかった。






「ちょっとお出かけ。」

 だぼだぼの服を着たままのカズマを部屋に残し、クーガーはショッピングモ
ールへと足を向けた。

 理由は勿論、カズマの服を買うため。買ったと言って渡すと受け取って貰え
そうもないから、適当な所から借りてきたと言えばいいのだ。

 当然、ホーリーの制服は着ていない。しかしそれでもオレンジの髪をした長
身の男は目立つのか、先ほどからチラチラと視線が寄せられている。

 しかし、クーガーはそんな事気にしない。気にしてもしょうがないからだ。

『やっぱ俺はいい男だからねぇ。』

 ニンマリと笑い、軽やかに人混みを掻き分ける。何よりもスピードを誇るク
ーガーの歩みは、恐ろしいほどに速い。

 目的地は古着屋。そこで買った品なら、買ったという事がバレル事もないだ
ろう。

 古着屋のテナントが入っているビルまで辿り着き、その扉をくぐる。店舗に
足を踏み入れながら、カズマにはどんな服が似合うだろうかと考える。昔から
カズマは暗い色の服を着ていることが多いけれど、案外派手なものも似合うか
も知れない。いっそ、巫山戯てアロハシャツの一つでも買っていってやろうか。

 考えるとウキウキしてくる。まるで着せ替え人形を与えられた子供のようだ。

 苦笑しながら、適当なシャツとズボンを見繕う。窮屈なのを嫌うカズマだか
ら、出来るだけラフなものがいい。ボタンは嫌いみたいだから、上着はTシャ
ツがいいだろう。

 そう思って一枚のシャツを手にとった瞬間、クーガーは固まった。

 鉄の神経だと自負しているクーガーが、固まるという事など滅多にない。し
かし、今回ばかりはあまりの驚きのため固まらざる得なかった。

 ガラス越しに見える道を、劉鳳が歩いている。それもただ歩いているだけで
はない。両手一杯に買い物袋を下げているいているのだ。

 まず、劉鳳が自分で買い物をする事自体に驚きを感じたが、それ以上に両手一
杯になる程の荷物を自分で持ち運ぶという事に驚いた。

 良くも悪くも劉鳳はお坊ちゃんだ。そのお坊ちゃんが…と思うと、驚きの後
に笑いがこみ上げてくる。

 劉鳳が買い物に出た理由は知っている。ジグマールから、カズマの服を買っ
てくるようにと要請があったからだ。しかし、まさかあの劉鳳がその申し出を
受けるとは思わなかった。受けただけでなく、あの量だ。かなりの時間がかか
ったに違いない。

 自分に与えられている時間の殆どを、仕事か自己鍛錬に打ち込むあの男が人
の為に何かをするなんて。これもカズマ効果の為なのか。

 笑いが止まらない。店の中であるにもかかわらず、クーガーは高らかに笑い
続けた。
 


 部屋に戻ると、其処にカズマの姿はなかった。

 カズマが着ていた服が残っていないところをみると、あの恰好のまま外出し
たらしい。

「おいおい、笑いの的になるぞ…。」

 苦笑しながら買ってきた荷物を床に置くと、カズマを探すため部屋を出る。
行くところは大体予想が出来ているのだ。


 まだ入社し手間もないカズマが自分一人で行ける場所となれば、自ずと場所
が限られてくる。マップもあるが、あのカズマの事だ。正しい見方も分かって
いないのだろう。
 
 おまけに今は丁度食事の時間だ。カフェにでも行っているに違いない。クー
ガーは自分の考えに納得すると、カフェへと足を向けた。



 
 果たして、カズマはカフェにいた。

 しかし、着ているのはクーガーの服ではない。一体どうしたのだろうと思い
ながら近づけば、その服が女物であることに気づく。合わせが、男物とは逆な
のだ。

「それ…、どうしたんだ?」

 カズマの隣りに腰掛けながら聞くと、カズマはモゴモゴと口を動かす。しか
し、口の中に食べ物が入っているためうまく聞き取れない。

「頼むから、飲み込んでから話してくれ…。」

「ふぁふぁったよ。」

 …やっぱり上手く聞き取れない。こいつは本当に分かっているのだろうか。

 カズマが呑み込むまでの間、カズマの服装をチェックする。

 一見男女どちらが着ても良さそうな服に見えるが、合わせの問題だけでなく、
袖の部分や腰の締まり具合で女性物である事がわかる。淡いベージュ色のその
半袖のシャツは、カズマの引き締まった色の肌や髪の色に良く似合った。

 誰の、ものなのだろう。

 ホーリー内を私服で闊歩する人間など滅多にいないから、知る由もない。そ
んな事を考えているうちに、カズマはどうやら食事を終えた様だ。

「ごちそーさんっと。」

 パン!と一発軽く手を合わせてお辞儀をすると、クーガーの方に向き直る。

「…で?」

 先を促すと、カズマは苦笑した。

「お前の部屋にいたらさぁ、なんか髪の長い女の人…水守サン、だっけ?その
人が来てさぁ。」

 水守さんが来たのか。しかし、何のために?

 クーガーの疑問を見て取ったのか、カズマは苦笑する。

「あ、別にお前に用があるわけじゃないって。俺がお前のトコいんの知ってた
みたいで、コレ持ってきてくれたんだ。」

 そう言って差し出してきたのは、何やら分厚いファイルだった。

 パラパラと捲ると、それがホーリー隊員の個人データであることが分かる。
しかし、アルター能力などの込み入ったことは書いていない。書いてあること
と言えば趣味や好物など、当たり障りのない事ばかりだ。そして添付された写
真。当然、クーガーのモノもある。

「これでさ、隊員の事少しでも理解しろって隊長のお達しなんだとよ。」

 こんなので理解しろって言われても無理だよな、等と言って笑っている。

「…んで、それみのりさんのなのか?」

「…水守サンだろ?まぁ、そうみたいだな。俺の恰好、かなり酷かったみたい
だ。」

 そりゃそうだろうなぁ…。あれは、かなり酷かった。

 別にカズマが悪いわけではないのだが、カズマが多き衣服を着ていると、何
だかいけないことをしたい気持ちにさせられる。無論、みのりさんも同じ心境
だったというわけではないだろうが。

「それで、着替えて食事に来たってワケか。」

「そっ。」

「それ女物だけど、分かってるか?」

 突っ込んで聞いてみると、カズマは明後日の方向に視線をやった。どうやら
聞いて欲しくないらしい。 

「ま、いいさ。…俺が服もらってきてやったから、それでも着てろ。」

 カズマの頭を軽く叩く。

 普段なら「何すんだ」とばかりに罵声やら、蹴りやらが飛んでくるのに今日
は違った。照れくさそうに目を細め、微笑んだ。



《おまけ》

 クーガーの部屋に帰ると、扉の前には荷物が山積みになっていた。

 その包みには見覚えがある。劉鳳が抱えていた荷物だ。

「何だぁ…?」

 惚けた様に呟くカズマを後目に、クーガーは笑いを堪えるのに必至になって
いた。あの男がわざわざここまで荷物を持ってきたのかと思うと、そしてどん
な顔をしていたのかと思うともう止まらない。

「…何笑ってんだよ…。」

 咎めるような口調でカズマが迫ってくるが、そんな事ではこの笑いは止まら
ない。

 クーガーはカズマに殴られるまで笑い続けた。


 …争奪戦…?疑問符の嵐ですねぇ。  書き出しでは完全に争奪戦の予定だったのですが、何故かこういう結果と相 成りました。ふふふ、いつになったら仕上がるのか争奪戦…。  

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