学校へ行こう
例えば、こんな戦いだらけの世界ではなくて
アルターも無く、ホールドも無い時代に出会っていたらどうなっただろうか。
あり得ない事だという事は分かっている。
けれど、そんなもしもの話を考えてしまうのだ。
「ねぇ、劉鳳。一緒に帰らない?」
白に淡いブルーのラインが入ったセーラーに身を包んだシェリスに話しかけ
られ、劉鳳は戸惑った。何故、シェリスはそのような恰好をしているのだろう
か。
「…シェリス…」
それは何だと聞こうとした瞬間、劉鳳ははたと自分の恰好に気がついた。オ
フホワイトのブレザーに、緑色のネクタイ。ズボンはネクタイとよく似た色の
ギンガムチェックだ。
一体、これは何の冗談なのか。自分でこんな服に着替えた覚えなど全くない。
「劉鳳、どうしたのよぉー。」
きつく自分の恰好を睨んだままの劉鳳に、シェリスが心配げに声をかけた。
その声で我に返った劉鳳はシェリスの肩を掴んだ。
「…シェリス、お前は何でそんな恰好をしているんだ?」
「何でって、学校だからに決まってるじゃない。」
何を当たり前の事をと言わんばかりの表情でシェリスは言う。その言葉にぐ
るりと周囲を見渡すと、沢山の机と椅子が目に入った。極めつけは部屋の壁に
取り付けられた巨大な黒板だ。
「学校、だと…?」
呆然と呟いた劉鳳に、シェリスが頷いた。
「そう、学校よ。貴方はここの高校の二年生じゃない。」
これは夢だ。夢なんだ。
シェリスに腕を引かれて自宅へと向かいながら、劉鳳は自分自身に言い聞か
せた。
夢でなければ、説明がつかないのだ。でこぼこしたコンクリートの道に、密
集した民家。民家の周りの塀は灰色のブロック状のものばかりで、今にも崩れ
落ちそうな風情だ。こんなもの、劉鳳は見たことがない。
「劉鳳、大丈夫?」
自分の家さえも分からなくなってしまった劉鳳を、シェリスは記憶喪失にで
もなったと思ったようだ。心配そうな顔をして、むっつりと黙り込んでしまっ
た劉鳳の様子を伺っている。
そんなシェリスには悪いと思うが、劉鳳には笑う余裕などとてもじゃないが
生まれてこなかった。自分が今までいた世界と、あまりにも違うこの世界。知
った顔もシェリスしかおらず、苛立ちと不安とが募る。
そこまで考えて、劉鳳はふと気づいた。
この世界には、シェリス以外にも自分がいままでいた世界の人間がいるので
はないかと。
「シェリス、聞きたいことがある。」
漸く口を開いてくれた劉鳳に、シェリスは嬉しそうに微笑んだ。
「なぁに、劉鳳。何でも聞いてよ。」
その言葉に頷くことで応えると、劉鳳は気になっていた事を口にした。
「水守は知ってるか?」
「…劉鳳の、幼なじみでしょう。知ってるわ。」
水守の名を口にした途端、不機嫌になったシェリスを訝しく思いながら劉鳳
は続けて質問を浴びせかけた。
「瓜実は?イーリャンは?ジグマール隊長は?」
「もう、みんな知ってるわよ。瓜実は劉鳳と同じクラスだし、イーリャンは中
等部の名物新聞部員よ。でも隊長って何?ジグマール先生はうちの学校の理事
の一人じゃない。」
どうやら、ホーリーの隊員達は粗方こっちの世界にもいるらしい。だったら、
ネイティブ達はどうなのか。あの、野蛮人もこの世界にいるのだろうか。
「じゃぁ、カズマは…?」
声が、震えた。だが幸いにもシェリスはその事に気づかなかった。
「カズマって、名字は?」
聞かれて、劉鳳は戸惑った。ネイティブである彼には名字などない。
「…知らない。」
やっとの思いで告げると、シェリスはそれでは分からないと肩を竦めた。
「カズマって名前、案外多いのよ。私も3人は知ってるわ。」
イーリャンや瓜実などは、その名前から言っても際立っている。特に、ここ
は表札などを見る限りでは日本の様だし、彼等については間違えようがない。
だが、カズマは違う。
15、6歳のカズマという少年が、この国には無数にいるに違いない。
劉鳳はその場に立ち止まり、地面を睨み付けた。
自分が、いるはずのない場所を歩いている違和感というのは何者にも例えよ
うがない。それともここが、本来自分のいるべき場所なのだろうか。自分は長
い夢を、十数年という長いときの夢を見ていたのだろうか。
「…劉、鳳…?」
不思議そうなシェリスの声を聞きながら、劉鳳は果てしのない思いに囚われ
ていた。
そんな劉鳳の目に、ふとある看板が目に入った。
「シェリス、あれは?」
看板を指さし訊ねた。
「ああ、あれ?来月やる文化祭の宣伝でしょう。」
その看板には
『2002年 9月21日(土)・22日(日) HOLD』
と書かれていた。
今が2002年という信じがたい現実(?)を目の前に、劉鳳は苦悩してい
た。そんな劉鳳をシェリスが心配げに見守っている。
あれから呆然としていた劉鳳を、シェリスが無理矢理引きずって家まで連れ
て帰ってきたのだ。
今、シェリスは劉鳳と共に暮らしているのだという。なんでも施設にいたシ
ェリスを、劉鳳の父が劉鳳の妹にと引き取ってきたのだそうだ。そんな事をシ
ェリスの口から聞かされたが、いまいち実感が湧かない。当然だ、自分がいた
世界と違いすぎる。
「劉鳳、やっぱりお医者さんに行った方がいいんじゃない?」
辻褄の合わない事を口走る劉鳳を、シェリスは本気で心配していた。シェリ
スは劉鳳の事が大好きだったから、病気であるなら早く治って欲しかったのだ。
だが、劉鳳は医者の事を口に出しても首を横に振るだけで病院に行こうとは
しない。医者に行きたくないというよりも、自分自身を正常だと思いこんでい
るようだ。
劉鳳が自分で医者に行く必要がないと思うなら、それも良いかも知れない。
だが、シェリスは不安だった。
(…お義父さんに、連絡した方がいいかな…。)
シェリスは劉鳳がソファに座り込んでいる事を確認すると、劉鳳の父に連絡
を入れるためその場を後にした。
次の日、起きた劉鳳は新聞を見て年号を確認すると深く溜息をついた。
新聞の欄外には小さな文字で、だが確かに「平成14年」と書かれている。
今まで劉鳳が現実だと信じていた時代より、ずっと前の時代だ。
新聞を見ながら溜息をつく劉鳳に、シェリスが声をかけた。
「劉鳳ー、ご飯だよー。」
その声に新聞をラックに投げ入れると、劉鳳は食事をするため食卓に着いた。
「で、劉鳳。今日はどうするの?」
食後のコーヒーにミルクを入れながらシェリスは訊ねた。
「どうするとは?」
「学校行く?それとも病院?どっちにしろ、私もついて行くけど…。」
出来れば病院に行って欲しいと目で訴えるシェリスに悪いと思いながら、劉
鳳は首を横に振った。
「病院へは行かない。…学校へ、行くよ。」
大丈夫だからと微笑んで、劉鳳はコーヒーを一気に飲み干した。
ベタなネタですが、ずっとやりたかったんです。こういうのが大好きなもん
で。序章ですよね、これ…。気が向けば続きます。というか、続かないとカズ
マが出てこない…。
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