学校へ行こう2
「……………。」
「おぉ〜い、カズマ君?」
黙りこくってしまったカズマに、君島が声をかける。だがカズマは呆然と自
分の恰好を見つめたまま微動だにしない。
「なんか悪い物でも食ったか?」
ペシペシとカズマの頬を叩きながら訊いてみるが、それでもカズマの反応は
ない。
「クーガーさんでも呼ぼうかねぇ…。」
こういう不測の事態には強い人だからと呟いて、君島は携帯を取り出した。
記録してある番号を呼び出し、通話ボタンを押す。幸いにも二回のコールで相
手は出てくれた。
「もしもし、君島ですけど。」
『あぁ。もしかしてカズヤに何かあったか?』
君島がクーガーに電話をかけるときは、カズマに何かあったときと決まって
いる。クーガーもその事を知っているからだろう、電話の向こうのその声は、
今度はカズマが何をやらかしたのかという期待に満ちている。
「別に、面白い事でもないんですけどね。」
そう前置きをしてから、君島は話し始めた。
朝、HRが終わるなり教室に飛び込んできたカズマは何時も通りだった。
「寝坊」
と身も蓋もない遅刻理由を担任に告げて、少しも悪びれない様子でヘラヘラ
と笑っていた。そんなカズマに最近転入してきたばかりの橘がつっかかり、例
の軽い殴り合い。毎日の様に繰り広げられる日常風景だった。
カズマが変になったのは、丁度六時間目の授業が終わった頃だ。一日の最後、
しかも古典という教科のせいもあってクラスの半数ほどが眠りについている中、
カズマも皆と同様机にへばりついていた。
その時は、授業中にカズマが眠るのはいつもの事だしと気にも留めなかった
のだが目が覚めた後のカズマはおかしかった。
『ここは何処なんだ』 と叫んでみたり
『何でお前はそんな恰好してるんだ』 と訝しげに呟いたり
君島のことは分かる様だったが、それでも『一緒の学校に通っている』『中
学時代からの』友人という事にはピンとこない様だった。どうも、学校が何で
あるのかという事すら分からないらしい。
「カズマ気絶っていうか固まっちゃって、どうしようか迷ってるんですけど。」
クーガーに事のあらましを告げて、君島は最終判断をクーガーに委ねた。
医者に連れて行くべきだろうか、と君島は思わないでもない。だが、それを
判断するのは親友とはいえ他人の君島ではなく、少々仲が悪いが兄弟であるク
ーガーだ。医療費だって、当然クーガー持ちなわけだし。
『う〜〜ん、カズヤがねぇ…。』
電話の向こうのクーガーはといえば、困惑気味だ。弟がいきなり変になった
と告げられたのだから無理もない。
『取り敢えず、そっち行くからカズヤと待ってろ。病院はそれからでも遅くな
いだろ。』
それでも一応判断を下して、クーガーは君島の返事も聞かず電話を切った。
(相変わらず、カズマの事になると素早い人だよなぁ…。)
電子音だけが響く携帯を眺めながら、君島は溜息をついた。クーガーが血の
繋がらない弟であるカズマのことを、こよなく大切にしている事を君島はしっ
ている。実の弟であろうとも、そこまでは出来ないのではと思うほどにだ。
だが同時に、疑問も湧いてくる。
《クーガーは、本当にカズマを弟だと思っているのか。》
いつか訊いてみようと思いつつ、もう何年も訊けずにいる疑問。訊いてもき
っと、はぐらかされるに違いない。
そんな事を考えつつぼんやりとしたカズマを眺めていたら、耳に聞き慣れた
騒音が飛び込んできた。クーガーの愛車の音だ。
「ほら、兄ちゃんが来たぞ。」
そう言って君島はカズマの頭に手をやった。
ぼんやりとしているカズマの身体を横抱きにして、クーガーは君島と廊下を
歩いていた。
「すみませんね。仕事中でしたか?」
すまなそうに言う君島に、クーガーはうんにゃと首を横に振る。
「俺の弟の事だからな。」
カズマの顔を見ながらそんな事を言うクーガーの表情は憮然としていた。謝
られる謂われはないという事なのだろう。
あまりにも素直すぎるクーガーの反応に苦笑しつつ、君島はカズマの顔を覗
き込んだ。目はしっかりと開いているのだが、意識を何処かに飛ばしてしまっ
ているらしい。そんなに驚くような事があったのだろうか。
「医者、どうします。」
訊ねると、クーガーは首を横に振った。
「家に連れて帰る。寮の方には、そっちから連絡しといてくれや。」
次の日、目を覚ましたカズマは見慣れない自分が知らない場所にいる事を認
識して仰天した。
「…ここ、何処だ…?」
いくら頭をひねっても、ここに至るまでの経緯が思い出せない。カズマは頭
を抱えた。
だが、そんな事位で何時までも悩んでいたりしないのがカズマが『単細胞』
と言われる所以である。カズマは寝ていたソファから立ち上がると、そのまま
部屋に一つしかない扉に手をかけた。
悩んでいても解らないなら、とにかく行動あるのみだ。これは別にカズマの
信条でも何でもなく、単なる身体に染みついた習性でしかないのだが。
「取り敢えず何か食うもの探して…っと。」
ブツブツと呟きながら食料庫を探す。適当に調べていると冷蔵庫を発見した
ので、そこから牛乳とハムを取り出した。
ハムを食いちぎりながら牛乳をラッパ飲みして腹を満たす。腹ごしらえをし
た後は、着るものだ。今カズマが着ているのはランニングとパンツだけなので、
このままでは流石に外に出ることは出来ない。
クローゼットの中を探して何とか着る物を確保しようとしたが、出てきた物
は全てカズマにはサイズが大きかった。どうやらここの住人は大柄な人間らし
い。
そこまで考えた後、カズマは今自分が握りしめている服から何処か懐かしい
匂いがする事に気がついた。懐かしい、抱きつきたくなる様な匂い。いつも乱
暴ではあったが、優しく自分を包み込んでくれた…。
「って、ここクーガーの家か?」
匂いの主に思い当たり、カズマは仰天した。昔、一緒に住んでいた兄貴分。
彼は数年前、カズマを捨ててホーリーへ行ってしまった。その事をどれだけ恨
んだ事か。信用していた分、大好きだった分恨みは大きかった。だがそれも、
過去の話だ。彼の姿を見るたびまだ少し心は痛むけれど、それでも今は普通に
話すことが出来る。
でも、どうして自分がクーガーの家にいるのだろうか。彼の家に連れてこら
れるような謂われはない。
「よぉ、カズヤ。目ぇ覚めたか?」
カズマが自分がクーガーの家に居ることを不思議に思っていると、背後から
声をかけられた。他でもない、クーガーの声だ。
「カズマだ!」
名前のの間違いを訂正しつつ、クーガーを睨み付ける。彼は今どこかで買い
物をしてきたのか、手には大きなビニール袋を提げていた。
「まあどっちでもいいだろ。それより飯だ。腹減ってるだろ?」
カズマにビニール袋を手渡しながら言って、クーガーは着ていたジャケット
を脱いだ。彼が今着ているのはホーリーの制服ではなかった。赤いシャツに黒
いネクタイ黒いズボン。なかなか派手な出で立ちだ。
カズマは渡されたビニール袋の中を物色しながら、チラリとクーガーに視線
を流した。目の前にいるのは確かにクーガーだ。だが、感じる違和感は何なの
だろう。服装のせいか?それは違う。カズマはクーガーがホーリーに入る前を
知っている。だったら何なのか…。
「なぁ、クーガー。」
ビニール袋の中から肉まんを取りだしてかぶりつきながら、カズマは上目遣
いでクーガーを見つめた。
「何だ?」
「あんた本当にクーガーだよな?」
その言葉に、クーガーは思わず目を見開いた。カズマの様子がおかしいと君
島は言っていたが、こういう事だったのだろうか。
「ああそうだよ、クーガーだ。お前のアニキだよ。」
出来るだけカズマを刺激しないよう優しく言うと、クーガーはカズマを抱き
寄せた。
「どうした?俺の顔忘れちまったのか?」
そうだとしたら寂しいと思う。結構ほったらかしにしているが、それでもク
ーガーにとってカズマは大事な弟なのだ。そう、彼の為なら何だってしてやろ
うと思う程に。
抱き寄せられて暫くの間は抵抗していたカズマだが、そのうち諦めたのかお
となしくなった。そして、ぼそりと呟く。
「…忘れるわけ、無いだろ…。」
そう、忘れられるはず無いのだ。まだ一人で立つことも出来なかった幼い時
分、カズマを支えてくれたのはクーガーだった。カズマはクーガーの庇護があ
ってこそ、今こうして生きていられる。
クーガーの服の裾を握りしめ、カズマはそっと目を閉じた。
どれくらいそうしていただろうか。外はすかり暗くなり、電気をつけていな
かった室内は薄暗くなっていた。
「冷めちまったな…。」
買ってきた食糧に手を伸ばし、クーガーが呟いた。その声に反応して、カズ
マが目を開ける。その途端クーガーの顔を間近で見てしまい、少し焦った。だ
が、カズマ自身何故焦ったのかすら分からなかった。
「大丈夫か?」
カズマの髪に手を差し入れながらクーガーが囁く。彼が一体何のことを言っ
ているのか解らず、カズマは首を捻った。
「お前は学校で倒れたんだよ。」
学校、その聞き慣れない単語にカズマは反応した。
「学校って、何だ…?」
呆然と、呟く。その呟きにクーガーは驚いた。
「お前、学校が分からないのか?」
そんな馬鹿な事があるのだろうか。思わずクーガーはカズマの腕を強く握り
しめた。
「な、何なんだよ…。」
君島が言っていた言葉を思い出す。カズマは自分が着ている制服にすら、疑
問を感じていた様だと。だが、記憶喪失というわけではないだろう。それなら
ばクーガーの事だって分からないはずだ。でも、カズマがおかしい事も確かな
のだ。
「…カズヤ…。」
「カズマだ。」
…お前は一体とクーガーが訊ねようとした瞬間、玄関のベルが押された。ピ
ンポーンという気の抜けた音が、部屋中に響き渡る。
「…ちょっと、出てくるな。」
そう言い置いてクーガーは立ち上がった。その後をカズマの視線が追う。
玄関の前に立っていたのは、カズマのクラスメイトの橘あすかだった。何故
か憮然とした表情をしている。
「どうした、橘。」
今取り込んでるから後にしてくれと言ってあすかを追い返そうとしたが、あ
すかは玄関に靴を挟んで扉が閉まらないようにすると低く囁いた。
「カズマが、いるんでしょう。」
君島にでも聞いたのだろうか。確かにカズマはここにいるが、今の状態のま
まあすかに会わせるわけにはいかない。今のカズマは普通じゃないのだ。
「まぁ、いる事にはいるが…。」
言葉を濁しながら告げると、あすかはクーガーを押しのけて無理矢理部屋へ
と上がり込んだ。おまけに靴も脱いでない。
「お、おい。」
慌ててクーガーが止めようとするが、あすかはズンズンと進んでいく。そし
てカズマの姿を発見すると、カズマの胸ぐらを掴んだ。
「…カズマ…。」
胸ぐらを掴まれたカズマはその手を掴み、あすかを睨み付けた。
「何だよ、あすか!!」
「どうして今日学校に来なかったんですか!このままじゃ貴方、本当に留年し
ますよ?」
「…留年…?」
学校とか、留年とかそんなもの自分には関係ない。カズマは真剣なあすかの
表情を訝しげに見つめた。
二人の間に今、意志の疎通は無い。それを見かねたクーガーが横から口を挟
んだ。
「悪い、橘。今は帰ってくれ。明日は学校に行かせるから。」
「そんな事言ってクーガーさん、カズマが心配じゃないんですか?ただでさえ
学校側から疎まれてるのに、この時期に欠席する事がどのような意味を持つか
貴方だってご存じでしょうに。」
「俺だって心配はしてるさ。でもな、今はそれどころじゃないんだ。」
言ってクーガーはあすかの手からカズマを取り上げた。
「なぁ、クーガー。留年って何だ?」
クーガーの手の中でカズマが不思議そうに声をあげる。その言葉を聞いて、
あすかは切れた。
「カズマ!!!貴方の事でしょうが!!!」
叫びながら再びカズマへと掴みかかる。だがカズマはするりとそれを避け、
アルターを使う体勢を取った。
「へぇ…、やろうってのかい?だったらやってやるぜ!!!」
叫び、シェルブリットを装着した…つもりだった。だが腕は何の変化もない。
「え…?」
驚きの声をあげ、カズマは再び意識を右手に集中した。だが腕はアルター化
どころか光りもしない。
「…どうしたんですか。」
呆れながらあすかが問いかける。だがカズマの耳にはその声も届かない。
「嘘、だろぉ…。」
カズマは呆然と、その場にしゃがみこんだ。
次回はカズマ・劉鳳遭遇編か?全然進まないよ…。
文化祭を絡めたいという思いはあるが、実際の所どうなるか。はははは…。
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