真夜中の疾走者
真っ暗な闇の中を走りながら、カズマは今という時間が深夜であることに感
謝した。もし昼間であれば、カズマはこんな風に走ることすら出来なかったに
違いない。
ひたすら走りながら、チラチラと後ろを振り返る。大丈夫だ、ヤツは追って
こない。今頃呑気にのびている筈だ。
あぁ、だが問題はまだなにも解決しちゃいない。取り敢えず窮地は脱したが、
このままでは家に帰れないのだ。
そう、このまま……素っ裸のままでは。
全く持って運がないとでも言うべきだろうか。
君島が持ってきた仕事で市街に足を踏み入れた途端、憎い天敵と遭遇してし
まったのだ。
天敵の名前は劉鳳。名前が示すとおり、当然日本人ではないが日本人である
カズマよりもよっぽど綺麗な日本語を話す。
だがこの際劉鳳の国籍も、どんな言葉を話すかも関係ない。問題なのは劉鳳
という男の思考回路だ。
カズマと会った途端、劉鳳はニヤリと微笑むと(この微笑みがどれだけ恐ろ
しいかは、ヤツの笑顔を見た人間が証明してくれる)カズマの腕をグイと掴み
そのまま路地裏へと連れ込んだ。
普通ならば抵抗するのだが、そして今回も一応抵抗はしたのだが、劉鳳の微
笑みに固まっている間にカズマは劉鳳に連れ去られてしまった。
けれどここまでならばまだいい。路地裏に入ったのは喧嘩をする為かもしれ
ないという微かな期待がカズマにはあった。けれどその期待はいともあっさり
裏切られた。
これ以上はもう奥へ行けないというところまで来ると、劉鳳はカズマの腕を
放し、そして絶影でもってカズマの服を切り裂いたのだ。そりゃもう、上から
下まで全部。
呆然としているカズマにのしかかってくる劉鳳。
流石にここまで来れば、いかにカズマが阿呆でも何が起こっているのか分か
る。劉鳳はやるつもりなのだ。闘るのではなく、犯るつもりなのだ。
何でいきなり劉鳳がこんな行動に出たかは分からない。けれど分からないか
らといって抵抗してはならない道理はない筈だ。
カズマは劉鳳の手が股間に伸びてきた隙をついて、思い切り蹴り上げた。そ
う、ナニを蹴り上げたのだ。
劉鳳は苦悶の表情を浮かべ地面に踞る。だが、まだ息はあった。このまま傍
にいるのは危険である。
…そういうわけで、カズマはその場から走って逃げ去ったのだった。
だがやはりカズマは阿呆だ。あまりに必死だったため、現在の自分の恰好を
考えてもみなかった。
劉鳳のせいで素っ裸。このままではとてもじゃないが人前には出られない。
一旦劉鳳の元に戻ってヤツの服を剥ぎ取ってこようかとも考えたが、止めた。
もしも劉鳳が復活している場合を考えると、まだこのまま素っ裸で路上に立っ
ている方が幾らかマシだ。
けれどこのままでは家に帰れない。何処かに服が捨ててないかと見回してみ
たが、市街は綺麗なもので夜中にゴミを出すような所は一切無い。くそっ、迷
惑な。
舌打ちしながら、それでも足は動く。
どうにか衣服らしきものを…それが無理なら単なる布きれでもいい、手に入
らないだろうか。このままでは夜が明けてしまう。そうなればどうあっても人
目についてしまう。今は夜中だから人通りが少なく、素っ裸で歩いていても見
咎める人がいないだけなのだ。
それでもついつい走ってしまうのは誰かに見られているかも知れないという
気恥ずかしさの為だろう。せめて剥かれたのが上半身だけだったらこんなにも
困らなかったのに、あのホーリー野郎め。
空が白んでくる。夜がもうすぐ明けてしまう。
カズマは慌てた。だが慌てた所で事態が好転するわけでは勿論ない。
昇り始める太陽。人々も何れ活動し始める。
いっそ誰か通行人を見つけたら、そいつの服でも剥いでやろうか。カズマが
そんな事を考え始めた時だった。
「よぉ、カズヤ。」
気さくな声と共に、肩に衣服がかけられた。
振り向けばそこにはクーガーが立っていた。彼はいつものホーリーの制服で
はなく、派手なオレンジのシャツを着ている。
不思議に思ったが、自分の肩にかけられたものを見て納得した。クーガーは
ホーリーの制服をカズマに寄越したのだ。だからいつもは見えないアンダーで
あるシャツが見えてしまっているのだと。
「襲われたんだろ?」
ニヤニヤと笑うクーガーに顔をしかめながら、カズマは上着に腕を通した。
クーガーの上着は随分大きいから、これならば下半身まで隠してくれる。この
時ばかりはクーガーが大きい事に感謝したくなった。
「どうしてここが分かった?」
カズマが訊ねると、クーガーは肩を竦めて見せた。
「劉鳳、交代時間になっても現れなかったんだよ。」
時間には正確なヤツなのに珍しいと思って、目撃証言辿ってここまで着たわ
け。世話が焼けると言いたげな口調で話し終えると、クーガーはカズマを抱き
上げた。
「さて、送って行きましょうか?」
従者が姫君に接するように恭しく、カズマの手の甲にキスをする。
「いいのかよ?仕事だろ。」
だがクーガーのきざったらしい仕草には慣れきっているカズマは気にも留め
ない。ただクーガーの瞳をじっと覗き込む。
「勿論。」
満面に笑みを浮かべ、今度は唇にキスをする。
「誰かにお前さんのこんな姿を見せるよりずっとマシさ。」
所要時間三十分。…頑張ったね、自分…。でもまとまりないですね。
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