卒業


 春、だった。桜の花が咲いていた。よく晴れた、卒業式の午後。

 

 彼は自らの手で、髪を切り落とした。







「…ひ、ひーちゃんっ!」

 龍麻の家の玄関で、どうしたんだよと叫びながら京一は龍麻にすがりついた。

 龍麻は鬱陶しげに京一を振り払う。だが京一はめげもせずに再び龍麻にすが
りついた。

「なんで、そんな頭してるんだよ!!」

 そう、龍麻は長かった髪を切り、いかにも「スポーツ刈り」という頭をして
いた。おまけに髪の色は赤。…悪趣味にも程がある。

 別に龍麻の頭が悪趣味というのではない。龍麻がその頭をしているという事
が悪趣味なのだ。

「どうでもいいだろう。それより京一、お前中国行ったんじゃなかったのか?」

 そう、京一は卒業式の後そう言っていた。それなのに何故卒業式が終わって
そろそろ桜も散りきろうとしている今ここにいるのか。

「ひーちゃんが一緒に来るって言ってくれるまで説得するにきまってるだろ?」

 それでいのか、男・京一。龍麻は目の前の友人を思いきり殴りつけたい衝動
にかられた。

「…さっさと行って来い。俺は日本を離れる気は無い。」

「なんでだよ?」

 まるで捨てられた子犬の様な目で京一は龍麻を見つめる。だが龍麻がそんな
もので心を揺らがす事があるわけない。

「京一…。」

 深々と溜息をつき、龍麻は京一の肩に手をかけた。

「一度、地獄でも見てこい。」

 龍麻のアッパーが京一の顎に炸裂した。








 赤頭で龍麻は歩く。道行く人が振り返る、なんて事はここ新宿ではありえな
いと思っていたけれど龍麻の容貌だ。どんな場所でも目立つことこの上ない。

 人々が道をあけるのを不思議に思いながら、龍麻は歩き続けた。

 ふと、少女達のざわめきに混じって聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「龍麻っ!」

 これだけ外見を変えたのにも関わらず、一発で分かるとは流石というべきか。
慌てた様に走り寄ってくる男は骨董屋の店主殿だ。

「やぁ、如月。」

 にこやかに笑みを浮かべながら片手を上げていつも通りにご挨拶。その笑顔
に一瞬惚けた表情を見せた如月だが、直ぐに真顔を取り戻した。

「やぁじゃないよ、龍麻。一体なんだってそんな恰好をしてるんだい?」

 短く刈り上げた髪を真っ赤に染め、耳には銀のピアス。首には三連のチェー
ンが巻かれ、腕にも指にも似たようにジャラジャラつけている。

「雨紋のバンドにでも参加したのか?そんな話はついぞ聞いたことがなかった
が。」

 困惑そうに顔を歪める如月は、龍麻の変化に心底驚いている様だった。それ
は今までの龍麻を知っている人間ならば当然の反応なのだろうけれど、龍麻は
面白くなかった。

「意外、か?」

 低く、まるで囁くように問いかける。すると如月は少し顔を赤らめながらコ
クリと頷いた。

「でも、これが俺だ。」

 龍麻は如月の肩を叩いた。そしてくるりと向きを変え、そのまま雑踏の中に
紛れ込む。如月は龍麻を追いかけようとした。だが、その意志とは裏腹に足は
一歩も動かなかった。








 多くの人がするように、髪を染めるのは似合わないのだろうか。

 多くの人がするように、ピアスをつけるのは似合わないのだろうか。

 俺には、多くの人がするような事が、出来ない人間なのだろうか。











「どうしたんだい?」

 優しげな声は、突然空から降ってきた。見上げれば廃ビルの窓から壬生が龍
麻を見下ろしている。

「壬生…。」

 よくぞこの距離で、この恰好で気づいたものだと感心している間に壬生はす
るりと窓から飛び降りた。

「元気が無いね。」

 龍麻の恰好の事には一言も触れず、ただそっと龍麻を覗き込む。

「元気は無いよ。」

 壬生相手に誤魔化すのは時間の無駄だから龍麻は素直にその事を認め、ふい
とそっぽを向いた。その子供らしい行為に壬生は苦笑をもらす。

「まぁ、まだ大丈夫みたいだけどね。」

 クスクスと笑いながら、壬生は龍麻の肩に手を置いた。

「何があったか、聞かないのか?」

「聞いたら君は答えてくれるのかい?」

 多分、答えないだろう。聞かれた事に答えられる程、素直な性格を龍麻はし
ていない。

「まぁ、答えたかもね。」

 こんな風にひねくれた答えしか返せないのは、きっと性格自体がひねくれて
いるからに違いない。

「ふーん…。」

 全てを見透かしたような目で龍麻を見つめる壬生。居心地が悪くて、龍麻は
身を捩った。

「普通は、楽しいかい?」

 普通。髪を染めたり、ピアスをつけたり、皆がしている事。

 校則を破る気はなかったから、いままでした事はなかった。けれど卒業した
今「校則」なんて「拘束」はなくて、気がつけば髪を切り、染めていた。気が
つけば針を持ち、穴を開けていた。

 皆がしている、普通。

「…まぁ、普通…。」

 妙な答えだと自分でも思いながら、龍麻はそんな答えしか思いつかなかった。
特に楽しかったわけではない。今までとは違う恰好をする事で、得られたもの
は何もなかった。

 龍麻はゆっくりと頭を振った。



「染料持ってるけど、使うかい?」

 壬生は何処からともなくスプレー缶を取りだし、龍麻の手の上に乗せた。ど
うして壬生がこんなものを持っているのかは、きっと不思議でもなんでもない
事なのだ。

「有り難く、使わせて貰うか。」

 頷き、龍麻はうっすらと微笑んだ。






 トップが魔人になったので何か書こうと思って適当に。  龍麻、髪染めたりはしないと思うのですがね…。卒業式終了した途端、髪を 染める子の多さに驚いてこんなものを書いてみる。  


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