[眠る人]



「あの、ケーキ買ってきたんで食べませんか?」

 仮の捜査本部からの帰り道、閉店間際で安く売られているケーキを見て思わず財布を手に
していた。疲れていたから甘いものが欲しくなったんだなんて自分自身にいいわけしてみる
けど、それでもちゃんとわかってる。ケーキを買って帰れば、竜崎が喜ぶかもしれない。だ
から、自分はケーキを買ってしまったんだと。

 竜崎の好きなショートケーキに、甘いものが得意じゃない人向けのチーズケーキ。他にも
チョコレートケーキやミルフィーユなど、売れ残っていたもの数種類を、一個ずつ買ってし
まった。今日中に食べきれるかという不安は、きっと竜崎が解消してくれる。
 
 そう思ってここまで白い箱を抱えて帰ってきたけれど、竜崎は返事をしてくれない。何か
考え事でもしてるのかと思い、竜崎の顔を覗き込んで驚いた。

 竜崎が、目を瞑っていたのだ。いつも見開かれている黒い大きな眼が閉じられると、ひざ
を抱えていることも相俟って竜崎は小さな子どもみたいに見えた。

 ボサボサの頭が、ぐらぐらと揺れる。その姿を見て、松田は思わず噴出した。

”まさに「船をこぐ」、だな”

 かっくん、かっくんと前へ沈んでは後ろに戻る頭は、まるで船を漕いでいる人のようだ。
竜崎が眠っているところははじめてみたけれど、案外普通だなと思う。彼のことだから、も
しかしたら眼を開けたまま眠るんじゃないかとも思っていたのだ。

”だけど、大丈夫かなぁ…”

 揺れる竜崎の頭。もしかしたらそのまま前に転がってしまうんじゃないかと、見ていて不
安になる。

”あ、でも取り敢えず毛布をとってこなきゃ”

 そう思ってケーキを箱を、机に置いた時だった。

 ずるりという衣擦れの音がしたかと思うと、竜崎がひざを抱えた体勢のまま、前へと倒れ
こむ。咄嗟に手を伸ばしたけれど間に合わなくて、竜崎はそのまま絨毯の上に転がってしま
った。

「あぁ…」

 痛そうだ。ドタンという人が落ちる大きな音に、松田は思わず目を瞑った。そして恐る恐
る眼を開ける。

 きっと竜崎は痛みにうめいているだろう。けれど眼を開けた松田が見たものは、絨毯の上
ですやすやと眠りこける竜崎の姿だった。

”この人、もしかして痛覚がないのか?”

 心配した分、脱力感が襲ってくる。松田はその場にへたり込み、頭を抱えた。

”…きっと、疲れていたんだろうなぁ”

 竜崎はいつも働いている。捜査本部に住んでいるのだから、休む間なんてそれこそ最低限
しかとっていないに違いない。落下しても起きないなんて、まず普通じゃありえない。

 転がる竜崎をそのままにしておけなくて、松田は竜崎を運ぶため抱きかかえた。骨ばった
身体は想像以上に軽くて、松田は申し訳ない気持ちになった。

 もっと自分がしっかりしていれば、この人の負担を軽くしてあげることができたら良かっ
たのに。自分では竜崎の手足となり働くことはできても、彼の代わりに考えることはできな
い。いつだって頭を悩ませているのは竜崎なのだ。

 使われた形跡のないベットの上に、竜崎を横たわらせる。

「たまには、ゆっくり休んでください」

 キラと戦えるのは、竜崎しかいない。そして、自分が死ねると思えるのもこの人のためだ
けだ。

 この人が安らかに眠れる日がこればいい。そのためならば、自分はきっと何だってできる
から。

 竜崎に毛布をかけながら、机の上のケーキに思いを馳せる。あのケーキはどうしようか。
自分が全部食べられるとは思えない。

 しまったなぁと思いながら、それでも胸がいっぱいになるのはきっと竜崎の寝顔が見られ
たせい。今まで警戒デモしていたのか、自分達の前では全然眠ってくれなかった。眠ってい
るという事は、きっと信頼されているのだろう。

”もっと信頼されるようになりたい”

 切実に、そう思う。そして竜崎に少しでも安らぎを感じて欲しい。 




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