[おふろ]


「いい加減お風呂に入ってください。」

 バスローブにシャンプー、リンス。そしてオモチャのアヒルを抱えながら、ワタリは竜崎
に風呂へ入るよう促した。

「嫌です。そんな暇があるならば、一刻も早くキラ逮捕に勤めるべきです。」

 プイと横を向いた竜崎のしぐさはどこか子どもじみていてほほえましい。けれどワタリは
表情を崩さずに、竜崎の膝の上にアヒルを落した。

「もう一週間もお風呂に入っていないじゃないですか。幾ら空調の効いた部屋で汗をかかな
いからといっても、それでは衛生上よろしくありません。健康管理のためと思って入ってく
ださい。」

「…一週間位平気です。第一私が寝ている間に、身体は拭いてるじゃないですか。」

「それは竜崎がお風呂に入ってくださらないからです。病人じゃないんですから、あまり無
精はしないでください。」

 呆れたように言い放ち、今度は竜崎の膝にクマ型をしたスポンジを落す。

 右手にアヒル、左手にスポンジを握りながら、それでも竜崎の目はテレビから流れる映像
を目で追っている。

 おもちゃのアヒルも、クマ型スポンジも竜崎お気に入りのお風呂グッズだ。この二つをち
らつかせれば大概素直にお風呂へと向かったのに、今日はやけに頑なだ。

「もう三日寝ていないでしょう。いい加減頭を働かせるのも限界の筈です。今日はもう、お
風呂に入ってゆっくり休んでください。」

 竜崎の体調管理もワタリの仕事のうちだ。差し出がましいと思っても、言うべき事はきち
んと言わなければならない。

「…嫌です。」

「竜崎…。」

「皆、休んでないんです。」

 竜崎視線は、じっとテレビを捕らえたままだ。

「私だけが、ゆっくりするわけにはいきません。」

 そう口にした竜崎は、じっと何かをこらえているように見えた。

 竜崎は不安なのだろう。何かをしていなければ、その不安に押しつぶされそうになってい
るのかもしれない。

 手にしたバスローブを握り締め、ワタリはそっと息をついた。

「…わかりました。それでは皆さんにも一緒に休んでいただきましょう。」

「はい?」

「ですから、皆さんと一緒に竜崎にもお風呂に入っていただくんです。幸いこのホテルには
大風呂がありますから、そちらを貸しきります。」

 言うが早いか、ワタリはさっさと部屋を出て行ってしまった。後に残った竜崎は一人、手
の中のアヒルとクマを握り締める。

「…ワタリ…」

 ワタリは常に、自分のためを思って動いてくれる。それがどれだけ凄いことなのか、世間
に疎い竜崎でも一応知っているつもりだ。けれどワタリが何を思い、竜崎に尽くすのかまで
はわからない。

 手の中のアヒルをじっと見つめる。黄色いアヒルが、笑っているような気がした。


《後日談》

「えー、竜崎と一緒にお風呂はいったんですか?」

 その日警視庁内にある捜査本部勤めだった松田は、皆がゆっくりと身体を休めている間一
人忙しく電話対応をしていたのだ。次の日竜崎の支持を仰ごうとホテルにやってきたとき、
相沢に自慢げに言われたのだ。「ホテルの大浴場にはいった」と。別に相沢はLと一緒に風
呂に入ったことを自慢したつもりは微塵もない。けれどL命!の松田には大浴場に入ること
よりも、Lと一緒にお風呂☆の方が重要なのだ。

「ずるいですよっ!どうして僕も呼んでくれなかったんですかぁ〜〜〜!!」

 相沢のネクタイを引っつかみ、がくがくとゆさぶる。首を絞められる形になった相沢は、
今にも死にそうな形相になっている。

「ち、ちょっと待て…っ!まずは離せって…」

 松田の顔面に蹴りを食らわせ、漸く解放された相沢はどうにか息を整えてから松田に向き
直った。

「お前は捜査本部番だったんだから仕方ないだろう?それに昨日俺たちが大浴場に行ったの
は、竜崎を風呂に入れるためだけだったんだよ。一人じゃ風呂入らないって、竜崎が言うか
ら。そんなに風呂入りたかったら、竜崎に言ったらどうだ?多分入れるぞ。」

 捜査本部の人間は、厳密に言えばホテルの宿泊客ではない。けれど竜崎が「こりゃスイー
トか?」と思えるほど豪奢な部屋を借りていることを思えば、風呂くらい普通に入れるだろ
う。

 相沢の話を聞くと、松田は慌てて竜崎の所へと飛んでいった。昨日風呂に入り、ゆっくり
とはいえないまでを休養をとったためか、いつもより目の下の隈が薄くなっている。

「竜崎!…僕と一緒にお風呂入りませんか?」

「昨日入ったので、当分はいいです。でも松田さんが入りたいならば勝手にどうぞ。」

 すげなく竜崎に振られ、がっくりと落ち込む松田なのであった。





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