[たばこ]
「たばこのにおいですね」
襟元に鼻を寄せ、犬がするようににおいを嗅ぐ。そのしぐさにどぎまぎしながら、松田は
竜崎の肩を掴んで引き離した。
「えっと、気になりますか?」
今日松田は、久しぶりにタバコを吸った。世間は禁煙ムードが漂い、そして元々愛煙家で
なかった松田はあっさり喫煙行為を止めていた。けれど今日は、タバコに手を出さずにはい
られなかったのだ。
もう何週間も会っていなかった彼女と、今日別れた。こっちの気持ちは冷め切っていたか
らあっさり別れられるかと思っていたが、彼女のほうには未練があったらしい。最後は修羅
場というのに相応しい状態になって、松田はほとほと疲れ果てていた。
折角の久しぶりの休みをふいにされた。別れないでと泣きじゃくる彼女の姿を見ても、そ
んな思いが頭をよぎった。こんなことならば捜査本部に詰めていた方がましだったと思う自
分は、ひょっとしなくても冷たい人間なのかもしれない。
イライラして、彼女と別れた足でコンビニへと向かいタバコを買った。そして喫煙場所を
求めファミレスへと入り、一時間かけて一箱を吸いきった。自分の服からは勿論、身体から
も濃厚なタバコのにおいが漂っているのだろう。
「気になるなら、シャワー浴びてきましょうか?」
最低でも服は代えようと、ネクタイを外しながらお伺いを立てる。てっきり頷くだろうと
思っていたが、竜崎はふるふると首を横に振った。
「キャメルですね。」
そう言って、再び襟元に鼻を埋める。
「このにおい、好きなんですよ。だけどタバコは咽てしまうので吸えないんです。」
だから今日はそのままでいてくださいと言って、竜崎が笑う。
その顔に今日のイライラ全てを忘れ、松田は手にしていたネクタイを取り落とした。
「さーって、今日も仕事だーっ!」
間が悪いこともあるもので、久しぶりの休暇明けで浮かれた調子で相沢が部屋へと入って
きた。そして竜崎と松田を見て固まった。
何せ松田はネクタイを外し、胸元は第二ボタンまではだけでいる。そして竜崎はそんな松
田の首筋に顔をすりつけているのだ。
「えーっと…」
「おはようございます、相沢さん。」
何事もなかったように松田から身体を離すと、竜崎はそのまま億の部屋へと向かう。
後に残された松田と相沢の間には、気まずい雰囲気が流れたのだった。
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