[スーツ]


 ぱりっとアイロンがかかったシャツに、プレスされたスラックス。皺一つ無い上着を羽織
り、髪をあげればそこには見知らぬ人物が立っていた。

「…ワタリ…」

 戸惑うように後ろに控えた男を見れば、鷹揚にうなずいている。

「よくお似合いですよ、竜崎。たまにはきちんとした格好も、気が引き締まっていいもので
しょう。」

「気が引き締まる前に、息が詰まります。このままでは思考力が低下してしまいそうです。」

 きっちり第一ボタンまでとめられたワイシャツの襟元に手を伸ばし、竜崎はため息をつい
た。

 堅苦しい格好は嫌いだ。いつもワンサイズ大き目の服を着るなど楽な格好ばかりしている
のは、締め付けられるのが鬱陶しいからだ。靴下も足を締め付けるからはかないし、ベルト
なんてもってのほかだ。

 訴えるようにワタリを見る。今は両手両足に加えて首までも締め付けられ、まるで何かに
拘束されているようだ。捕らえられていたかつての時を思い、息がつけなくなりそうだ。

「…今日は、あの方にお会いするのですから」

 だから耐えてくださいと言い、ワタリは微笑む。いつもと同じやわらかい笑みは、何を考
えているのか推し量ることもできない。

「そう、ですか…」

 あの人は、竜崎のだらしないともいえるゆったりとした服装がおきに召さないらしい。き
ちんとサイズの合った服を着ろといい、実際何着も送りつけてきた。けれどそれらの服に腕
を通したことは一度も無い。 

 今日の竜崎の格好を見れば、あの人は喜ぶだろう。いつもの小言をきかなくて済むとあり
がたいと思う反面、あの人を喜ばせることになるのかと思うと気が滅入った。

「さぁ、もう時間ですよ。お待たせしてはなりません」

 竜崎を急かすように、ワタリが声をかけてくる。今日はこれからあの人と、ホテルのレス
トランで食事をしなければならないのだ。

 あの人になど会いたくない。けれど拒絶する権利を竜崎は持たなかった。

 せめてもの抵抗で、ジェルで固められた髪を崩した。いつもより酷い髪型になった竜崎を
見て、ワタリが笑う。

「いってらっしゃいませ」

 ドアを開けながらいつも通り告げられた見送りの言葉に、いつものように振り返った。そ
していつもとは異なり、何も言わずに部屋を出る。

 はやくこのスーツを脱いでしまいたい。ネクタイを緩め、第一ボタンを外しながら竜崎は
ため息をついた。








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