[不機嫌]
食事をする、ただそれだけの行為がひどく苦痛だった。目の前に並ぶ料理はこのホテル自
慢の中華料理だ。中国からわざわざ呼び寄せたという料理人の腕は確かで、料理の味も見た
目も申し分なかった。けれど目の前にいる男のおかげで、料理の味を楽しむ余裕もない。
足元がむずむずする。これはきっと慣れない靴下と革靴のせいに違いない。足元ならばば
れないだろうとこっそり靴を脱ごうとしたが、男に目で制されてしまった。
「こうやって会うのは久しぶりだな」
元気にしていたかなどと月並みなことを尋ねながら、男は非常に機嫌がいい。その理由は
聞かなくてもわかった。いつものレストランに入ることを拒まれそうなラフな服装で、Lが
現れなかったからだ。髪はボサボサでひどかったけれど、いつもだって十分ひどい。それに
男は待ち合わせのロビーで、Lの髪を手櫛で整えていた。そしてシャツの第一ボタンをしめ
はしなかったものの、ネクタイはきっちり結びなおされた。
「よく似合う」
そう言って笑う男を見て、Lはますます不機嫌になった。自分の行動全てが裏目に出てい
るようで面白くない。男に触られることがわかっていたら、髪も崩さなかったし、ネクタイ
だって緩めなかった。けれどLがきちんと身なりを整えていたとしても、男がLに触れない
という保障はなかった。
せめてもの嫌がらせでオーダーしたお粥をずるずる音を立てながら、器から直接食べる。
器を持ち上げ、かきこむ様にして食べていると男と目があった。行儀が悪いと注意されるか
と思ったが、男はただ笑っただけだった。
なんとなく気まずくなって、器を受け皿へと戻す。その瞬間、頬を何かが掠めた。
「…お弁当つけてどこいくの、なんて今時の子はいわないかな?」
日本では昔そう言ったようだと言いながら、ふやけた米粒をLの口に押し込む。押し返そ
うと舌を突き出したが、そのまま口をふさがれてしまった。
息が、できない。苦しくてテーブルを蹴りつけると、派手な音がして食器が揺れた。耳障
りなその音を聞いて、男が漸く身を離す。
「やれやれ、お前は相変わらずだな」
どこか楽しんでいるような男の口ぶりに、このまま男をも蹴りつけたい衝動に駆られた。
「なぁ、私の十二番目」
愛しげに、男が笑う。その顔を見て、吐き気がした。
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