Moon Light Lover
人体の体の急所、わざわざ確認などしなくても自然に自分の体が動く。
目の前で崩れ落ちてゆく人間の肉体。
何度も見慣れた光景。
人間を殺すと言う行為に慣れたのかそうでないのか。
それを悩む位なのだから、むしろ慣れてしまっているのかも知れない。
自分が殺すのは法の目をかいくぐり生きている「犯罪者」だ。
それのために苦しみ、傷ついた人が多くいる。
生きていればそれは毒を吐き続けるだろう。
標的の人間のしたことを世間に尋ねたらばそれは死んで余りある事であると
誰もが答えるであろう。そう教えられた。
だから、殺す事は正当化されてもいい・・・許される。
けれど――――――
この手が血にまみれていることには変わりはないのだ。
以前はこの仕事を忌むべき物と、そう思っていた。
ただ金を手に入れるための手段だとも。
そう思い、機械のように人間を殺していった。
守るべき物はただ一つ、それだけでいい。
その目的を果たすために生きている。
だから、この血に汚れた体などどうなってもいいと、そう、思っていた。そう、
――――――彼に出会うまでは。
新宿の裏通り、漆黒のスーツから覗く自分の腕時計をちらりと見やり携帯電話を手に取る。
いつもリダイヤルの一番始めにメモリされて有るナンバー。
すっかり慣れたキー2つを押す動作に壬生は我ながら、と心で苦笑する。
コールの最中高まる鼓動を感じずにはいられない。
きっちり3回のコールで電話は繋がった。
「はい・・・、紅葉?」
「あ、・・・今日少し遅くなると思うから・・・」
「そ、か。わかった。俺も今帰ってきたところだから。
気を付けて・・・って言うのは心配しすぎかな?」
「そんなこと無いさ・・・ありがとう」
「いや・・・べつに・・・・・・・・・でも怪我なんてすんなよ・・・」
「わかってるよ。」
「・・・出来れば・・・早く帰ってきて欲しい・・・んだけど・・・」
少し間をおいて。
「・・・わかってる。」
壬生が柔らかく笑う。
「じゃ・・・」
「また、電話するから」
「ん・・・」
毎回、回線を切るときに少しの勇気。
この音が唯のデジタル信号だと解っていても、彼の声ならば特別だと思ってしまう。
「壬生さん、標的、出てきました」
拳武館の制服が言う。彼は壬生の後輩に当たる拳武館の生徒だ。
彼は壬生が電話を切るのを待って声をかけた。
相手が一体誰なのかは知らないが、その相手に電話をかけているとき、
壬生は別人のような表情を見せる。初めてそんな表情をみたときは普段とのギャップに
ひどく驚いた記憶があった。
感情を伺わせない表情。どんな任務を前にしてもその表情は崩れることはない。
卒業後も館長直々の頼みで拳武館の仕事を続け、
今も拳武館ナンバーワンの実力者である、壬生紅葉。
過去の任務遂行内容は伝説になっている物すら有る。
どんな任務でも完璧にこなす理想の暗殺者。
拳武館の裏の仕事に就いている者には壬生が卒業後も彼にあこがれている人間が多くいる。
二年ほど前からそんな彼が唯一見せるひどく人間的な表情。
しかしそれも壬生が電話を切るまでで、携帯をしまってからはいつもの
拳武館の壬生紅葉の表情に戻る。
暗殺者の貌。
「出るぞ」
ビルの谷間の闇に壬生は飲まれていく。
夜の公園前を一人壬生は歩く。
梅雨明け宣言された今夜はスーツを着るには可哀想なほど、ことのほか暑い。
唯歩いているだけでもシャツが肌に不快にまとわりつく。
それでも上着を脱がない辺りが壬生の性格を表しているのだが。
目指すマンションは少し先の高台の上。
角を曲がれば、明かりが見える。
もう部屋の位置も分かる。其処の明かりだけが心を捕らえ、自然に早足になっている。
普段通ってしまえばなんでもない短い坂道が恨めしいほど長く感じて、
歩調は早足から小走りになって・・・やがて走り出す。
こんな姿を拳武館の人間が見たらどう思うのだろう。
そしてこの鼓動が走ったせいなのか、それともそうでないのかとか。
でも・・・そんなことはもう、もう、どうでもよくて。
――――――はやく、きみにあいたいんだ――――――
「あー、おかえりー」
マンションは新宿の中心に近い立地で広さもかなりある。
ワンフロアに1つの分譲なので当然ともいえるが。
「普通の二十歳の社会人」にはとても手が出るような物件ではない――――――
リビングの床の上、龍麻はアイスをくわえながらスポーツニュースを見ていたようだ。
「風呂入ったから、と、夕飯、先食べたからー紅葉の分はそこなー」
ここ一年、繰り返されるこんな何気ない会話に壬生はどうしようもない幸福を感じる。
母が入院していた頃の部屋はは誰もいない真っ暗な部屋だった。
それが当たり前だと、思っていた。
明かりのついた、誰かのいる部屋の玄関を開けることがこんなにも自分を癒すなんて、
思いもしなかったから。
「どした?」
玄関で突っ立っている壬生の顔を龍麻がのぞき込んだ。
龍麻の身長は壬生よりも五センチほど低い。
実は本人は彼との身長差を結構気にしていて、何かと身長が話題に出されるたびに少し
面白くない顔をする事を壬生は知っていた。
たかだか5センチの身長差で龍麻だってそんな極端に背が低いと言うことはない。
一体何にこだわっているのか、と思うことがしばしばある。
冷静なリーダーは時折本当にどうでもいいようなことでムキになったりする事がある。
頻繁にではないが、様々な表情をする龍麻。そして自分だけに許された権利。
密やかに閃く熱に浮かされた、表情。
その龍麻の漆黒の瞳が心配そうに揺れる。
自分に抱かれる龍麻の表情を思い出して、慌てて壬生は表情を取り繕う。
底知れない深い漆黒。室内の光ぐらいでは視線がつかめないほどの色だ。
もっとも「力」を発現するときそれは何者も引きつけてやまない黄金に煌めくのだが。
「なんでもないよ」
「嘘臭いな」
笑いながらくるっと踵を返してリビングへ戻ろうとする龍麻の腕を壬生がつかんだ。
「嘘だよ・・・ただいま――――――ずっと会いたかったんだ」
龍麻の体を引き寄せようとして、思いとどまる。
「?」
不思議そうな顔をする龍麻に壬生ほんの少し苦笑して
「仕事してきたまま―――血の臭いがついたままは僕が許せないよ
――――――シャワー使うよ。」
壬生はそう言って部屋に戻っていく。
こんな血の臭いが君につくのは許せないから――――――。
形ばかりでもいやなんだよ。
「ん、じゃご飯暖めるわ。っつってもレンジだけど。あ、・・・飲む?」
たぶん飲む、とはアルコールのことだ。
壬生も飲むがあの村雨が感心したくらい龍麻はまるでザルだった。
酔いがあまり回らない質らしい。
「そう・・しようか、な」
「オッケ、ビールなら冷えてる。タオルと着替えは持って行ってやるよ」
「わるいね」
龍麻に視線を合わせ、笑いかける。
それに照れたのか龍麻は少し乱暴に壬生の背を押す。
「ほら、早く行ってこいって」
そんな表情一つ一つですら壬生にとってたまらなく大事でかけがえのない物。
濡れた髪をタオルで拭きながら壬生はリビングへ戻る。
龍麻の姿はリビングには無く、彼はベランダにいた。
手すりにひじをついて、片手には缶のビールが有る。
どうやら龍麻は壬生を待ちきれずに先にビールに手を出したようだった。
時折吹き込む風に長い前髪がさらさらと揺れる。
壬生が窓越しに空に目をやると、もう月が高くあがっていた。
月明かりの下に龍麻の姿が一層映える。
それは彼が特別な星の元に生まれた運命の人間だからと言うだけではきっとない。
龍麻が壬生に気づき笑いかけた。
まるで今日の月の光のような、密やかで清冽な。
それに壬生は思わず見とれてしまう。
そんな壬生に気づいていないのか、龍麻は壬生に「こっちこっち」と合図をする。
ベランダに来い、と言っている。
壬生は手元に置いてある冷えた缶ビールを手に取りベランダへ向かう。
外は相変わらずに蒸し暑い。一瞬眉をひそめたが、しかし出てみるとその暑さのおかげで手に伝わる
缶ビールの冷えた感覚が気持ちいい。だからそれはそれでいいか、と壬生は納得してしまった。
「何?」
「ほら――――――すっげぇ綺麗じゃねぇ?」
まるで子供の物言いのように龍麻が話す。
ぐりん、と龍麻が首を曲げ空を見上げ、壬生も同じように空を見る。
その先には夏にしては珍しいほどくっきりと明るい月。
龍麻はそのままじっと空を眺めている。
けれど壬生は都会の街の光と月光に照らされた龍麻に魅入られる。
月も綺麗だけどね――――――
どきん、と大きく鼓動が鳴ったような気がした。
龍麻は自分の方を見ている壬生に気づいたのか困ったような顔をする。
「紅、葉?」
壬生が不意に龍麻を後ろから抱きしめる。
「龍麻・・・」
龍麻の肩口に顔を埋めるとふわりと石鹸の匂いがする。
きっと今の自分も同じ匂いがするのだろう。
愛しいから、溜まらなく愛おしいから、切ない――――――。
強く、抱きしめる。
僕はもう
「愛してる・・・」
きみなしではいきていけないよ――――――
「紅葉・・・キスしよっか」
聞こえないくらい小さなささやき。龍麻が壬生の頬に手をかけ引き寄せる。
長い睫が月明かりで頬に影を落としていて、少し開かれた少し薄めの唇は
アルコールのためかこの明かりの下でも赤く映える。
ザルとは言え体内にアルコールが回っていることは確かなのだ。
もしかして酔っていないように見えるのは表面上だけなのかも知れない。
そしてそんな誘うような表情はきっと本人は無意識でやっているのだろう。
壬生は瞳を閉じてそれに応じる。
触れた唇はやはり熱くて、少し苦いのはビールのせいだ。舌を差し入れれば素直に龍麻もそれを許す。
ベランダが面しているマンションの前の道路は、それなりに人通りがある。
ここは最上階とはいえ人目が無いわけではないのだ。少し考えれば分かるのに、・・・止められない。
ベランダで人目もはばからずに重ねられる唇。
一緒に戦った仲間も、拳武館の人間も知らない龍麻だけが知るもう一人の壬生紅葉。
美里も、京一も誰も知らない壬生紅葉だけが知るもう一人の緋勇龍麻。
やがて互いの唇が離れる。
溜息のような熱い吐息をお互いに感じ合う。
たかだかキス一つでも体が高まるのを押さえきれない。あとはこのまま・・・
すでに少し潤んだ瞳が壬生を見つめ、ふとそらされる。
その龍麻視線の先には先程龍麻が暖めた夕飯がテーブルの上に置かれていた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
二人とも暫し見つめ、顔を合わせる。
「・・・夕飯・・・」
「うん・・。」
龍麻が照れたように顔を伏せる。
「・・・」
「・・・」
「・・・あとで、いいかな」
「・・・ん・・・。」
まるで壊れ物を扱うかのように壬生は龍麻を抱く。
龍麻とてそんなになよっとした体型ではない。どう見ても女子高生には見えない。
・・・見た目も中身も、だ。
故に「女の子扱いされる気はない」壬生にはじめはそう言っていたのだが、壬生の方も
龍麻を女扱いしているつもりは無い、と言った。ならば。
これは壬生にとってごく当然の自然の動作なのだ。
だったら構わないと龍麻は納得した。むしろ新たな壬生の一面を発見したようなになっていた。
はじめは触れるだけのキスをして、それから想いの全てを込めて・・・。
漆黒の髪にざっくりと切り落とされた白い肌。
しなやかに伸びる首筋に・・・それから項に・・・次々と壬生のキスの痕が残る。
「紅葉・・・」
少し上擦って普段よりもずっと柔らかいその声音が。
龍麻の指が壬生の髪を優しく梳く。その腕の暖かさが。
絶対に逃してはならないものだと、そう思う。
・・・きっと初めて出逢ったときから僕は君に恋をしていたのかも知れない。
陰と陽、影と光、裏と表、
惹かれ合わないはずがないと。
もう、全ての事象は理由にしか過ぎない。
ただの愛撫なのに反応が過敏なのは龍麻の体が感じやすいからだ。
ほんの少しの刺激に反応する自分の体に恥じらいながらも、まだ彼を求める。
散々触れた胸の飾りが白い龍麻の肌に艶やかに映えて。
「紅・・・葉・・・はやく・・・」
真っ暗な部屋の中で龍麻の唇が艶やかに映し出される。
そこからちろちろと覗く紅い舌がどうしようもなく扇情的だった。
どこまでも冷静なリーダーの龍麻。
京一や醍醐の前で見せる年相応にはしゃぐ龍麻。
美里や小薪に対する頼れる優しい龍麻。
時折見せる悪戯っ子のような龍麻。
そして、今、目の前にいる龍麻。
「どれが本当の君なんだい・・・?」
龍麻の膝の裏を掴んだ壬生が吐息と共に、誰に言うわけでもなさそうにそう呟く。
それに龍麻の瞳がうっすらと開いた。
濡れて一層艶やかに微かな月光を反射する。
「・・・どれも・・・本当だよ・・・・」
初めて、知った。
月の光の下で見える龍麻の瞳は、闇色でもなく、黄金でもなく
極僅か蒼味がかった白金だと言うことを。
漆黒も、黄金も、白金も・・・
「どれも本当の・・・紅葉の俺だよ・・・」
「好きだよ・・・紅葉・・・。」
龍麻の腕が壬生の首に回る。
「も・・・ガマンできない・・・」
再び龍麻の瞳が閉じられる。微かにその睫が震えている。
次にそれに答えるように体を進める壬生の背に腕が回る。
「っく・・・ん・・・」
入れた瞬間龍麻の体が強ばる。
ずいぶんとはじめの頃からは無くなった方だが、それでもどうしても苦痛はあるらしい。
「龍麻・・・大丈夫かい・・・?」
毎回体が強ばるのが龍麻なら、毎回心配するのは壬生だ。
毎度辛い思いをさせているのには壬生自身も辛い。
自分の勝手な欲望で龍麻にこのような行為をさせているのではと本気で心配する。
そんな壬生の心を見透かしたのか龍麻は苦しげな表情に少し困ったような表情をして。
「平・・・気・・・だ、から・・・紅葉・・・」
それが返って痛々しくさえ見える。
だからいつも聞いてしまう。
「・・・やめよう・・・か?」
もっともこの時点で止めようと言って止められるかどうかは、強靱な壬生の意志を持ってしても
保証は出来ない。が龍麻が苦しいというのならば。
「紅葉・・・お前が好きだよ・・・だからこうしたいんだ・・・」
「龍麻、」
「俺が・・・したいんだ、紅葉と・・・、・・・これ以上、言わ・・・せるなよ・・・」
上気した頬がさらに赤くなる。それに壬生が苦笑する。
「ごめん・・・」
「あ・・・やまんなよ・・・俺・・・が恥ずかし・・・い・・・だろっ」
龍麻が完全に顔を逸らした。
「愛してる」
何万回言ったか解らないこの言葉を今夜、また壬生は龍麻に囁く。
「ふっ、あ・・・あ、あっ」
龍麻が壬生を受け止めて喘ぐ。
その体が揺さぶられるたびにがくがくと揺れる。
「龍麻・・・愛してる・・・龍麻・・・」
龍麻が壬生に、壬生が龍麻の体に溺れる。
「あぁ、あ・・は・・・ぁん・・・」
すでに龍麻の体は登り詰める寸前のところまで来ているらしい。
嬌声があがるのをもう止められていないようだ。
体を深く屈折させた状態で、それでも壬生の背に必死に縋る。
壬生が龍麻の内部を穿つ度に、龍麻が高く甘い声を上げ、壬生の名を呼ぶ。
「紅葉・・・紅葉・・・っ」
強く、背を抱く腕に、確かに龍麻を感じて。
「龍麻・・・っ」
呼んだ龍麻の体が大きく反らされ、一際強く壬生を締め上げた。
その体を壬生も強く抱き寄せる。
「・っ・・・くれ・・はぁ!」
互いの鼓動が大きく響き絶頂へと登り詰める。
「あ、あ・・・」
びくびくと龍麻の体が痙攣し、震えた。
「は・・・ぁふ・・」
絶頂を迎えた後も尚しばらくの間、その余韻に龍麻は声を震わせ、
やがて唇が触れ合うほど壬生の頭を引き寄せて、囁く。
「紅葉・・・愛して・・・る・・・ずっと・・・」
まだ荒い呼吸で、しかし壬生には龍麻が少し笑ったように見えた。
「僕も、ずっと・・・」
ただ静かに月の光が二人の汗を掃いた体を照らす。
月明かりの下で龍麻からキスを交わす。
そして龍麻が壬生を抱きしめる。
「紅葉・・・俺を愛していて・・・」
その体を抱き返し、壬生も囁く。
抱きしめた、かけがえのないこの存在を。・・・出来ることならば
願わくば・・・願わくばこの時間が1秒でも長く続くことを・・・
「君を愛するよ・・・ずっと・・・命の限り」
読んでやったぞ、と押して下さると激しく嬉しい拍手はこちらです
お砂糖吐きそうです