Memories

真神の卒業式が終わった。
龍麻は自宅のリビングでいつも通りに制服を脱ぎ、いつも通りハンガーにかける。
昨日までならば明日も着て行くはずの制服。でも明日からはもうこの制服に袖を通すこともない。
急に色を失って、過去のものになってゆく。その変化は新しい事への希望を意味し、またしかし
一抹の寂しさのようなものも感じさせる。
制服も、これを着ていた自分も、共有した時間も−−−


卒業式の後に話すつもりだった京一は、下級生の女子一群に囲まれ身柄を拘束−−−もとい、
別れを惜しまれていた。素手で異形のものを易々と倒してゆく緋勇龍麻だったが、
それに割り込むなどという勇気などは無く、結局後で会う約束をして自分は先に自宅に帰ってきた。


式自体に意外に感動も実感もなく、自宅に帰ってきて、机や教科書類を見てようやく
卒業という事に実感がわいてきたのだ。
卒業とは言っても、明日から会えないとかいう人間はいないし、
これは確信に近い予想だが、やれ卒業記念画だなんだと言い出す人間が
いるはずである。現にすでに明日総勢25人+αでまた集まるらしい。
大体進路は判っているのでそんなに別れを惜しむと言うことも無いと思う。
今のところ中国という一番遠くに行ってしまう京一とは、一緒に行く約束をしている。
なんだかんだと一番気が合うし、両親の墓・・・多分あると思う・・・を訪ねることが半分
もう半分は純粋に自分の修練のためで・・・
あとは−−−何となく心配だったからだ。あの京一が一人で修行は出来ても
生活が出来るかというと、・・・今までの素行から言って難しいように思える。
・・・本音を言ってしまえば、なんというか、友情以上の感情が無いと言えば、
嘘になるだろう。・・・それもお互いに。
意識し有っているくせに、言い出したらどうなるかが怖くて、言い出せない。
このままでも、良いような、悪いような。


中国行きは何となく今日は言い出せなかったが、
明日みんなが集まるときにでも言えばいいだろう。
女子連中に別れを惜しんでくれそうな人物は何人かいてくれる・・・という予想。
男連中はしんみりせずに送り出してくれるだろう。
別に一生帰ってこないわけでもないし、こっちが帰らなくても、会おうと思えば
中国と日本の旅行は可能だ。
なんと言ってもあっちで勤労することが出来ない以上、いつかは帰って来ることになる。
職・・・壬生か紫暮あたりの知り合いの道場で雇ってくれないものだろうか。
いざとなれば鳴滝館長がいるし、最終手段は・・・御門が居る。
政界に顔が利くくらいなんだから就職の一人や二人面倒を見てくれるはずだ。
あのイヤミを1時間くらい我慢して聞けばなんとか・・・なるとおもう。


このことに関して、自分はともかく、京一は・・・多少問題があるかも知れない。
彼には霧島諸羽くんという弟子・・・もとい信者がいるからである。
京一の話によると中国行きは霧島に話していないようだ。
だから話を切りだしたときには、男同士でなんだが、修羅場だろうなぁ、と苦笑する。
どうもこうも霧島は京一を崇拝しているので、いきなり「オレは中国へ行く!じゃあな」
と言われて納得いくはずがないだろう。
彼の性格上、猛烈に怒る事が予想されるが、意外に泣いて縋ってくる気もする。
まあ、どちらにしても見物なのだが。
関係ないので高見の見物を決め込ませてもらう。
・・・と思ったが、一緒に行く自分を恨まれる事もあり得るのか。
個性豊かな仲間達の前で、自分と京一と霧島のめくるめく愛憎劇・・・傍目には・・・
を繰り広げるなどは遠慮したい。
後で何を言われるかわかったものではない。
しかし、そういうことも十分あり得た。
ああ見えて霧島は激昂すると回りが見えなくなるタイプなので
仲間もさることながら一般市民がいる前で「僕と京一先輩の仲を引き裂かないで下さい」
とか言いかねない。
くわばらくわばら、だ。京一にはなんとか上手く言いくるめてもらわなければいけない。
そんなことを考えながら、制服を脱いでジーンズと制服のワイシャツ姿で
冷蔵庫からミニペットを出して来る。
さて、飲もうか、と蓋を捻ったとき、玄関のチャイムが鳴った。

誰だろう、自宅を知っている人は多いが、家まで来るような人は・・・いるな・・・結構。
京一あたりか、と思い、玄関までぺたぺたと歩いていき−−−
そこにいたのは結構意外な人物だった。

「霧島・・・?」

「あ、突然お邪魔してすみません。でもどうしても話したいことがあって・・・
あの、お時間、あいてますか?」
意外だ。別に人の家に来ることが無礼と言うことではないが、自宅にくる事が
彼のイメージから言って意外なのだ。
京一や雨紋、劉あたりはよく家に来る。京一に至ってはチャイムすら押さずに入ってくる。
自宅のような扱いを受けていると言っていい。勝手に冷蔵庫は開けるは、ものを喰うと思えば
自分でコンビニなどで買ってきた食料を貯蔵する。
あげく学校に近いからと行ってこのの家に教科書類、ジャージをおいていき、
知らないうちにこの家には京一専用となった布団があるのはどういうことだ?
ついついそんなことが頭をグルグルしはじめる。
「あ、迷惑でした・・・?」
脇を見て眉間をしかめている龍麻に霧島がおどおどと声を掛けた。
別に霧島のことではないので、あわてて龍麻は笑った。
「あ、いや、別に構わないって。あがれよ。」
「よかった・・・迷惑かと思ったんですけど。」
そういって笑う霧島の顔を見ると、何か重大決意をしている、という顔をしている。
京一や劉とは少し違う意味で感情が表に出るので、わかりやすい。
べつにこの後予定があるわけではない。後輩の話を聞いてやる事は構わない。
見ると霧島が玄関できちんと靴を並べ替えていた。
・・・何より・・・師匠である京一とは違う。礼儀正しい良い後輩だ。

話は案の定というか・・・京一の中国行きの話であった。

「龍麻先輩・・・もしも、もしも京一先輩に誘われたら、
先輩は・・・やっぱり、行っちゃうんですよ・・・ね?」
もしもとは言わずに、誘われている上に一緒に行くことになっている。
隠すようなことではない。それに考えてみれば京一が説明するよりも龍麻が
必要な部分を必要なだけ巧く加工して説明した方が良いかもしれない。
「まぁね、きっと京一と一緒に中国に行くと思う・・・それに
中国は俺の両親が死んだ場所だし・・・一応墓参りとか、した方が、いいかな、と。」
正直にそう答える。
「そう・・・ですか」
傷ついたような表情で霧島は答える。
やはり京一がいくことに抵抗があるのだろう。

「でも、まぁそんなに長いことはないだろーし。第一俺ら就職しなきゃなんないだろ?
それに俺はともかく、京一は霧島という弟子がいるんだから、無責任なことはしないだろうさ、
もし放っておくような事があったら、俺が言ってやるよ、無責任なことはするなってさ。」
なぐさめ、だ。
京一は無責任ではないが、あまり構ってやるようなことはしないと思う。
そのわりに霧島の方は構って欲しいと思っているのだから、霧島が不満なのはわかる。
「はい・・・。」
まだ沈んだ口調で霧島は頷く。
「あんまり心配すんなよ、俺だってお前のことが心配なんだし。戻ってくるからさ」
その言葉に霧島の表情がとたんに明るくなった。
「龍麻先輩・・・本当に・・・?本当・・・ですか?」
・・・嘘はついていない。心配なのも、戻ってくるのも本当だ。
「ああ、戻ってくるから」
「よかった・・・。僕、ずっと心配だったんです。全てが終わって、春が来て―――――、
この桜が咲く頃には、みんな・・・いなくなってしまうような気がして。
京一先輩も、劉さんも、龍麻先輩も、みんな――――――」
そういうと霧島は龍麻の手を両手でしっかと握り、語り始めた。
「僕、信じています!先輩がきっと僕のために帰ってきてくれるって!」

『僕のため・・・?』・・・なにか途中からズレていやしないか?
頭の隅に小さな疑問符。
霧島のために帰ってくることになるのは俺ではなく、京一じゃないのか?
・・・けど、まあいい、納得してくれたようだし。
どうにか明日の修羅場はかいくぐることが出来たようだ、と龍麻は心の中で安堵する。
しかし、そんな龍麻をどう誤解したのか、霧島は子犬のようなキラキラした目で
龍麻をじっと見つめる。心なしか顔が赤く見えた。
「そうだ僕、少し背が伸びたんです。 腕だって、前よりは筋肉ついたし、来月から高校2年生だし、
だから――――――」
そう言うと霧島は龍麻の肩を掴んで、引き寄せた。
「?!霧島??!!」
「龍麻先輩から見れば、僕なんてまだ頼りないかも知れないけど、
でも、僕は、もしも何かあったとき、真っ先に相談してもらえるような
龍麻先輩にとって・・・、そんな存在になりたいんです。
だから その・・・これからも、龍麻先輩の側いても、いい・・・ですよね?」
なにか会話が変な方向に向かってきているなぁ、と思い始めたときに。

・・・押さえ込まれた・・・いや、組み敷かれたと言った方がいいのかもしれない。
霧島は出会った頃より背が伸びた。龍麻もまだ伸びてはいるが、伸びの加速度が違うためか
ほぼ霧島とガタイは同じくらいになっている。
しかも京一と同じような修練をしているせいか、自分で言うだけあって上半身、腕力が特に
ついたように思える。
逆らえないことも・・・ないが、さすがに屋内でワザを使うのは憚られる。
室内で黄龍をぶっ放しでもしたらばマンション倒壊は免れない。
「き、霧島?!!」
「先輩っ!」
次の瞬間の言葉を龍麻は呆然と聞いた。

「好きです」

「!?」
言った瞬間に霧島の唇が龍麻の唇に押し当てられた。
勢いを考えなかったせいか、がちりとお互いの前歯が当たる衝撃。
見上げると、霧島が真顔で龍麻を見下ろしていた。
「先輩、僕、先輩のこと、好きです」
「きりし・・・」
「先輩が、京一先輩のこと、好きだって、京一先輩も、龍麻先輩のことが好きだって
知ってます!けどッ!!」
「・・・きりしま?」

・・・核心を突かれたような。
京一も、龍麻も今までわざと遠ざけていた、心。
そこに触れれば、お互いがどうなってしまうのかが怖くて。
それも、お互いにわかっていた。
考えてみれば結構微妙なバランスで友情のようなものは成り立っている。

「なぐさめでも、嬉しかったです、僕のこと。だから、でも僕だって居るんだって、わかってほしくって
僕だって龍麻先輩のこと好きだって。」
吐き出すように霧島が言った。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「好きなんですか・・・?京一先輩の、こと。」
まっすぐ、目を見て問われる。
今度は龍麻が赤面する番だった。
「嫌いなわけじゃない・・・」
・・・嘘はついていない。
「好きなんですか?」
「・・・・・・たぶん」
・・・嘘はついていない。
「好きなんですね」
「・・・すきだよ」
・・・観念・・・真実。
「そうですか」
霧島は大きく息を吐いた。
何かを吹っ切るように。
吹っ切ったと同時に・・・
「先輩」
「何だよ」
「抱かせて下さい」
・・・霧島の顔つきが違って見えたような気がした。


「なんで、そうなるんだよ!」
「僕だって好きです!先輩が京一先輩と一緒に中国へ行っても、僕のこと忘れないように・・・
悔しいじゃないですか。」
一瞬・・・霧島が笑った。
いつものさわやかな笑いはどこへ行ったのだろうと言うような不適な笑み。
さわやか霧島くんの新たな一面とでも言うべきか。
「やめろって!何もそんな方法でなくとも」
「どうしても、先輩とやりたいんですが。」
「京一への当てつけのつもりかっ?!」
「違います!龍麻先輩のこと好きなんです!!」
「・・・・・・!」
「一回で良いですから」
「バカ言うなー!!」
霧島が食い下がる。
それにしてもヤるだのヤらないだの一回だのと懇願する霧島諸刃をこの世の何人が
想像できようか。いつものさわやかぶりはどこへ行ったのか。
「先輩!」
「・・・」
龍麻はふと黙った。
「先輩?」
「お前さぁ、そう言うトコだんだん京一に似てくるなぁ」
まじめにに龍麻が言う。ヤるヤらないの一回二回のお願いは今まで京一の専売特許
のように思っていたからだ。
・・・弟子の霧島にそれが感染ったのか?
態度は別として言ってることがめちゃくちゃ普段の京一にソックリだ。
ふと口をついて出た言葉を、霧島はどう思ったのか、

「・・・抵抗を、あきらめたんですか?」
「へ?」
「あきらめたんですね」
「は?」
「・・・優しくします」
「はい?!」

「うああぁぁぁ!やめっ、やめろって!」
龍麻は必死に反抗する。
今まで本気での抵抗はしていなかったが、さすがにここまで来ると本気での抵抗を避けられない。
かなり手加減して気を放つ。
「円空波!」
「龍麻先輩、それは無駄ですよ?」
・・・効いていない。
龍麻の視線が霧島の制服のポケットからはみ出ているものにいく。
たしか如月骨董店で六十四万で売っていたアレは・・・
・・・八尺瓊曲玉・・・
「卑怯ものーーー!!!」
泣きたい気持ちで龍麻が叫んだ。
霧島が龍麻のシャツに手を掛けて上まで捲る。
もはやここまで来ると絡み合いと言うよりは格闘技状態だ。
「龍麻先輩!納得して下さい!」
「納得できっかー!!」
「好きだって言ってるでしょう!」
「それとこれとは別問題だろォがー!!」
半泣きでじたじたする龍麻の顎を霧島が掴む。
「や、あ、んッ!」
強引に唇を塞がれた。
暴れ回ったせいか互いの唇が熱く、血液が流れる微かな拍動すら感じる。
「ん・・・」
しつこいほど長いキス。唾液の生暖かさ。
抵抗できないのは力の差ではない。
敵に向けるように、本気で抵抗したのならばこの束縛から逃れることが出来たのだろう。
しかし。
本気で嫌だったのならばそうもできただろう、しかし、
情けと言うにはおかしいが、霧島の多少問題はあるが熱意というか、そう言う類のものに
若干絆されてしまったところはある。
貞操観念が希薄だとか、・・・そう言われても何も言えないが。
まさか日頃付き合っている後輩に迫られるなどと想像など出来よう筈もなく、
むしろ驚きが8割というのが龍麻の心情なのだ。
迫られて良いとか悪いとか、考えないような存在だったから。
そして、厄介なのは
「嫌ではない、と言うこと」かも知れない。
懸命に全身で好きだと言ってくれる霧島。


「霧島、」
龍麻が霧島の顔を引き寄せ、唇を重ねた。
「た・・・つま・・・先、輩?」
驚きの色が霧島に広がる。そして、
「哀れみのつもりですか」
あきらめたような口調で、霧島が体を離した。
「違うよ・・・お前、俺の事を好きだって言ってくれるんだろ・・・?」
「それは!勿論です」
真っ直ぐに霧島の瞳が龍麻の瞳を捕らえる。
「だから・・・その気持ち、受け取る。俺は、京一のことが好きなのかも知れない、
だけど、少なくとも、・・・霧島と、・・・その、霧島とこーゆーことすんのは・・・
・・・少なくとも、嫌じゃない、から・・・・・・・・・あ、・・・やっぱ、俺、変、なのかな・・・」
言葉の最後が消え入りそうに小さくなる。
「龍麻先輩・・・」


浴室の脱衣所の鏡に映る自分の姿を龍麻は一人不思議な気持ちで眺めていた。

シャワーを浴びてやや水気を含み束になった前髪から垣間見える、鏡の向こうの自分。
いつもと違う自分がそこにいる様な気がした。
それは、今日卒業を迎えたからなのか、それとも・・・

なんでこういうことになったのだろうかと・・・

卒業式が終わって、明日会う約束をして、その後別れて、
家について、霧島が来て・・・

そして・・・

深く考え・・・ないようにしている。

「シャワー浴びたい」というのは口実で、半分は逃げてきたようなものだ。
霧島とがイヤだというわけではなくって。
でも、いざ、という時になって、・・・逃げ込んでしまった。



どうなのだろう、これがもし異性相手でも、自分はこんなにおびえるのであろうか
そう考えると、そうも思えない。
いや、むしろこれは自分が「抱かれる」立場だからかも知れない。
プラス京一に対する俺の本当の気持ちや・・・龍麻が男で霧島が男だという要素が抵抗・・・恐怖してしまう理由だった。
これから起こることも、それによって京一と龍麻、霧島と龍麻、・・・そして京一と霧島・・・
そこに踏みいれば、この関係が不可逆に変質してしまうこと。


「龍麻先輩・・・」
龍麻の背側にあるドアが微かな音を立てて開く。
ちょうどドアの向かいにある鏡に映る霧島から、鏡に映る姿でさえも龍麻はさっと視線を外した。
鏡越しに霧島が自分を見つめているのがわかる。しかしそれでもこの場から動くことができない。
どきん、と自覚できるほど、心臓が音を立てた。心拍数が一気にあがる。
・・・怖い・・・
そんな龍麻を見て霧島が少し悲しげに笑い・・・龍麻の肩に手をかけた。
もっとも、龍麻は俯いたままであったので霧島の表情を伺うことはなかったが。
びくん、と大げさすぎるほど龍麻が震える。
「きり・・・し」
霧島の唇が龍麻の唇を掠め・・・
「愛してます・・・」
熱を孕んだ言葉と吐息。唇が触れるか触れないかの距離で霧島は龍麻の耳元に囁いた。
それだけの事でも龍麻は過敏に反応した。
この体を墜とす快感を予感させるような、そんな信号が背筋をかけのぼる。
頭の芯がぼぉっとして、かくん、と膝から力が抜ける。
「霧島・・・」
名を呼ぶと霧島はそれが合図だったように裸の龍麻の体を脱衣所の壁に押しつけ、
掌で、指で、何度も撫で上げる。


何故か・・・龍麻はひどく切ないような気持ちになる。
イヤだとかそういう事からではなく。
不思議に泣いてしまいそうになって再び霧島の名を呼んだ。
「霧・・・」
霧島が龍麻の言葉を阻む。
「諸羽、って・・・」
こういう方法が有効な策だと知ったのか、また、耳元で囁く。
「は・・・っ、ん」
今度は同時に胸の突起に触れて。
そこはすでにやや堅くすらなっていて霧島の指が軽くそこを摘み上げると、龍麻は堪らなく声を漏らした。
「ア・・・や、だ・・・!」
その声が自分でも驚くほど大きかったのか、瞬間我に返り龍麻は霧島の体を押し返す。
「やっぱ・・・ヤですか?」
霧島は動きを止めてため息と同時にそうつぶやいた。
俯いたその姿が明らかに後悔と悲しみに彩られているのがわかる。
ハッとして龍麻がそれを否定した。
「あ、や、イヤじゃなくて・・・」
龍麻の顔が見る間に赤くなっていく。
そして、その顔を俯け、ぼそぼそと龍麻が言葉を紡ぐ。
「こっ・・・・ここじゃ・・・、やだ・・・から・・・、
・・・・・・・・・・、・・・・・、
・・・ここ、マンションの廊下に面してて・・・・その、・・・物音とかが・・・・その・・・」
後半は聞こえないくらいにデクレッシェンドされる。



その言葉を聞いてようやく霧島は顔を上げ・・・そしてくすりと笑う。
表情だけは「仲間の前の霧島君」で、ただその雰囲気だけは、おそらく誰も知らないもう一つの霧島を纏って・・・。
「ふふ・・・可愛いなぁ、龍麻先輩は・・・」
目を細めて霧島が笑う。いっそ邪悪とすら思える笑みで。
どの霧島が本来の霧島なのか、どれが本物なのか。
そして霧島の手が龍麻の下肢に伸びて焦らすように刺激し続ける。
龍麻が上がりそうになる嬌声をこらえながら霧島に頼む。
「・・・っく・・・・は、・・・おねが・・きり・・・、・・・もろは・・・っここじゃ、や、だ・・・」
かくかくと震えていた膝が、ついに力を失う。
床に座り込んでしまった龍麻をそれでも霧島が執拗に追いかける。
今度は霧島のもう一方の手が先ほど触れた胸の突起を再び弄び始める。
「はぁ・・んっ・・・・・・もろ・・・はぁ・・・マジ・・・やだって・ばぁ・・・・・」
「・・・わかりました・・・龍麻先輩。部屋、行きましょう」
相変わらず微笑みをたたえたままで霧島が龍麻の頼みを受け入れる。
「・・・きり・・・諸羽」
すっと踵を返して脱衣所を出ていこうとする霧島に龍麻が声をかけた。
しかしその呼びかけを無視して霧島は先にその部屋から出ていこうとする。
「・・・諸羽っ!」
再び、龍麻が声をかけた。今度は少し怒ったような口調で。
ようやく霧島が龍麻の方を向く。・・・その顔に相変わらず笑みを張り付かせたままで。


疑問形ではなく付加疑問形で、霧島は龍麻に言った。
「・・・立てないんですね?」



「うるさいっ!」



「まさか」という言葉も今更だが、まさか今更霧島に「お姫様だっこ」をされる日が来ようとは。
やや抵抗する龍麻を霧島が強引に抱き上げる。
霧島は龍麻をなんの苦もなく抱き上げ、軽くキスをした。
「・・・重く、ない・・・?」
なるべく負担をかけないようにとじっとしている龍麻に霧島がまた微笑んだ。
「まさか。僕・・・そんなに頼りないですか?」
「そんなこと・・・」
ない・・・と龍麻は完全否定できない。
「もう、出会った頃の僕じゃないですよ・・・自分で言うのもどうかと思うんですけど。
龍麻先輩を守ることも、こうやって抱きあげることも、できます。」
そう言った霧島の顔がふいに大人びて見え、龍麻はどきりとする。
「龍麻先輩、顔が赤いですよ?、もしかして・・・惚れちゃいました?」
腕の中の龍麻を見下ろして霧島が笑う。
「・・・るさいっ」
霧島の言うとおり真っ赤になった顔を伏せる。
さらにのぞき込まれて龍麻は霧島の肩に顔を押しつける。
しかし、照れ隠しにそうしたつもりが、押しつけたシャツ越しに感じる肩や胸の
筋肉の思わぬ逞しい感触にさらに耳まで真っ赤になってしまう。
「ほんっと、可愛いですよ。」
きっと龍麻自身はこういう動作がどんなに霧島を煽っているのかを知らない。
むしろ、無意識にやっているからこそ、なのだろう。
霧島から尊敬する先輩の親友、という思いは消えていない。
けれど、それ以上に・・・。
らしからぬ行動や言動も、全ては彼であるから。
彼が彼であったからこそ。



ベッドの上にそっと下ろされる。
まるで女の子をそうするように。龍麻はどうしようもなく恥ずかしくて仕方ない。
そのまま龍麻の体に覆い被さるように霧島が押し倒した。
舌を絡ませるキス交わし、霧島は龍麻の首筋を舐めあげる。
「・・・っあ・・・っ」
生暖かく、湿った唇、舌の感触。そして首筋から耳、浮き出た鎖骨に唇を這わされた。
舐められ時々甘噛みをされる。それは元々「くすぐったがりや」な龍麻に強烈な感覚であった。
理性が剥がれ落ちて行くような、刺激。
その度に震え、時には背を反らせ、龍麻は反応した。
「き・・・諸羽っ・・・」
しかしもう、龍麻の体はそれらの間接的な刺激より、直接的な刺激を求めていた。
「諸・・・羽」
焦らすような愛撫だけの行為に龍麻が霧島に次を促すように霧島のシャツに手を伸ばす。
「龍麻先輩、なんです?」
霧島は龍麻がいまどんな状態でなにを求めるかを認識している。
その上で龍麻にどうして欲しいかと尋ねる。
「は・やく、・・・して・・・」
龍麻の上擦った、鼻にかかるような声は甘えてねだるような響きを持っていた。
「貴方の望むままに・・・」
霧島はその声色に溺れることを自ら望んだ−−−−−。


龍麻が男とヤるに際し、その立場が「女役」だったことは釈然としなかった。
しかし、そんなことを度返ししていいほどに、霧島はオカシかった。


普段ソウいう人間ほどアレだとも言うけれど、いかんせんコレはアレではないのか−−−?


龍麻の理性が働いている時に最後に頭を過ぎったことが此であった。


この人をどうにか陥落させるにあたっての作戦はほぼ成功したといえる。
まさか本当に成功するとは・・・勝算は5割だったが。
でも誤算だったのは−−−
龍麻とのコレがこんなにアレであったとは。


仕掛けたのは僕、でも囚われたのも−−−−僕?


霧島がこの体に酔わされる直前に思ったことは此であった。



「あ、あぁ、・・・・・」
龍麻の吐息に悲鳴と嬌声が混じり合う。
すでに龍麻は何度か達かされている。最初の頃の痛みへの訴えなどとうに消えていた。
「もう、だめなんですか?・・・・・・でももう少しガマンしてくださいね、僕の方全然足りませんもん。」
妙に余裕な表情の霧島がそう言うと龍麻を達かせないようにした上で責め立てる。
「ふっ・・・あ、ああ・・ぁ、や、だぁっ・・・」
「やじゃ・・・ないくせに、先輩」
霧島がいっそう体を密着させ、そのまま動作を止める。
「ゃっ・・・やだっ・・・もお・・・」
登り詰めようとする所を強引に中断され、そしてしばしの後、龍麻は自ら腰を動かしだす。
それでもまだ足りないと、霧島に訴えた。
「おねが・・・もぉ・・・もぉ、だ・・・めっ」
「・・・ほら・・・ねぇ、「イヤ」じゃなくって「イイ」って言わなきゃだめじゃないですか。」
まだ霧島は動かない。それどころか動こうとする龍麻の体を押さえつける。
龍麻は完全に体の動きを止められる。
「龍麻先輩の口で言って欲しいな。」
指で濡れた唇を辿られる。
全身の感覚が敏感になっている今、その行為は龍麻を追いつめるに十分であった。
出口を霧島によって遮られ、自ら動くことも封じられ、龍麻は耐えきれずに霧島に頼む。
何度も恥ずかしさに躊躇った後
「動いて・・・ぇ・・・、・・・諸羽・・・」
霧島が繋がった部分に指を這わせると、龍麻の体が快感に震え、うっすらと瞳に涙が溜まる。
「イきたい?イかせて欲しいですか?」
どこまでも優しい声音で霧島が龍麻からの返答を求める。
龍麻の瞳から涙がこぼれ落ちる。悲しみや痛みからではなく、過ぎる快感がそうさせた。
「・・・諸、羽に、イかせてほし・・・い・・・」
荒い吐息に乗せられた掠れ、堪らなく扇情的な声が霧島を求める。
その言葉に霧島はニッと笑い、束縛を止める。
「僕に預けて・・・全部・・・龍麻」
「諸羽・・っ・・・諸羽ぁ・・・」
龍麻は霧島の背に腕を回し無意識に爪を立て、ただただ龍麻は霧島の名前を呼び続ける。
そうでもしなければ狂ってしまいそうに身の内を駆けめぐる快感は激しい。
「あ、あぁ・・・あぁ・・んっ、諸羽ぁ・・・諸羽ぁ・・・」
最後はまるで啜り泣くような口調になって龍麻が大きく背を反らす。
「龍麻・・・一緒に・・・」
霧島が離れようとする体を力一杯抱き寄せる。互いに限界まで登り詰めていた。
「も・・・だめぇ・・・!・・・諸羽ぁ、諸羽ぁっ・・・諸羽あぁっ!」
唯、龍麻が霧島の名を呼ぶ。限界まで霧島が龍麻の体を穿つと、
びくびくっと龍麻の体が大きく痙攣し、時を同じくして達した。



「は・・・あ・っ」
どっ、どっ、という互いの鼓動を感じ取り、抱き合う。
龍麻の腕が霧島の頭を抱き抱え、ちょうど霧島が龍麻の胸に顔を埋める形になる。
しっとりと汗を履いた龍麻の肌に頬を当てると龍麻の鼓動が聞こえる。
その腕の温もりが・・・優しい。



どっ、どっ、という激しい鼓動がやがてとく、とく、という響きに変わるときも
霧島は龍麻の腕の温もりの中にいた。
まるで母親の腕の中のような、暖かく優しく、そして強さを秘めた温もり。
誰かを守る、何もかもを受け入れる強さ。
ずっとこうしていたい・・・


ただ抱き合ったまま、どれだけの時間が過ぎただろうか。
ようやく龍麻が身じろぎをする。
「もろ・・は・・・」
「龍麻?」
「・・・重い」
考えてみればかなり長い間霧島は龍麻の体の上に乗っかっていたのだ。
「うわ、す、すいません!」
慌てて霧島が体をどける。
「いや、まあ、いいんだけど・・・」
恐縮する霧島に龍麻は言う。
「・・?」
霧島はもう体を起こしたというのに龍麻は体を起こそうとしない。
「・・・手加減ぐらいしろよ・・・ったく・・・」
怒ったような口振りだったが、ほのかに赤く染まった頬が、彼が照れていることを物語っている。
言ってようやく体を起こそうとかかる。もっともそれは非常に鈍重な動きではあったが。
霧島が龍麻の体に腕を回す。
「掴まって・・・起きられますか?」
「なんとかね・・・」
「でも・・・貴方も、いけないんですからね。」
「・・・なんでだよ」
釈然としない龍麻のその唇に、もう一度キスをして。
「こんなに・・・可愛いのだから。」
「・・・・・・?!」



「お、ひーちゃんきたぜ!みんな!!」
都内の某居酒屋チェーン店で、送別会と銘を打ったどんちゃん騒ぎの会場でのこと。
「あ、きたきたー!ひーちゃん、こっちこっち!!」
「霧島君も一緒だ〜。」
「なんだ、諸羽お前ひーちゃんと一緒だったのか?」
自宅の方向が違う龍麻と霧島が一緒に来ることに京一が尋ねた。
「あ、ハイ、昨夜泊めていただいたので」
いつもの霧島君スマイルで答える霧島の横で龍麻がカッと赤くなる。
「なんだ、昨日近くまで行ったからさ、寄ろうかと思ってたんだよ。」
そう言う京一に龍麻がものすごい勢いでぶんぶん首を振る。
「いや!いい!だいじょぶ!!」
「なんだよー・・・変なヤツだな・・・、・・・、・・・まさかとは思うが」
「ハイ?なんです?京一先輩」
「ひーちゃん!」
ふざけ半分で京一が龍麻のハイネックのセーターの襟元を思い切り引っ張る。
わざわざ昨夜の痕を隠すために着てきたため、龍麻が慌てる。
「・・・!」
龍麻の首にはいくつかの鬱血した痕。龍麻が硬直する。
そのまま京一も真っ青になって硬直・・・。



「なーに?どーしたの?」
「大丈夫?京一君具合でも悪いの?」
ただ、様子がおかしいと心配する女子に対し・・・
何故か異常に・・・まるで最後の柳生との戦いを前にしたかのような目つきの男子一部は
壬生、如月、村雨、黒崎、御門・・・



「京一先輩、とりあえず『コレ』は宣戦布告ですから。」
霧島の指が龍麻の首筋を辿り・・・硬直する京一の脇をすれ違ったときこっそり、
霧島はにこっと笑って言った。
あの、笑みで・・・。

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サルベージ成功の一作目が霧島攻めってどういうこと。まぁ霧島は攻めだけどな…