村主 1/2
「村雨じゃん」
金曜の夜、新宿南口の人の波で声を掛けられた。
しかも思いっきり腕をひっつかまえられて。
柄にもなく、驚いた。
「よぉ、先生、珍しいなこんな時間に」
11時を回っているのに。しかもまだ制服姿だ。
真神の制服は皇神ほどでないにしろ目立つ。
動揺を悟られないように、いつものように挨拶を交わす。
「あぁ、旧校舎。」
旧校舎、とは真神学園の旧校舎のこと。仲間内では修練のためにとく使われていた。
「一人でか?」
にしてもあそこへ一人で潜り込むのは少し、イヤかなり無謀だ。
あそこに出現する闇の者は個々はそれほど強くはないがとにかく量が出る。
囲まれればかなり厄介なのだ。大抵仲間何人かでそれも回復役も一緒に入ることが セオリーで。
「まさか、京一と。それにそんなに潜ってないし。」
笑って言う。
「だよな」
こちらも笑って返す。
そして龍麻の口から出たその男の名前に微かな苛立ち。
そんな村雨に気づいたのか気づいていないのか龍麻は上を仰ぎながら言う。
人の熱気の絶えることのない場所。雑踏の匂い。
「村雨は・・・ってああ、ここは・・・お前のホームグラウンドだもんな」
「まぁな、先生はこれから何か予定でも?」
真神から龍麻の自宅までの通学経路に此処・・・つまり新宿駅界隈は含まれていない。
龍麻の通う真神学園は北新宿で龍麻のマンションもその近くにあるのだ。
「とりあえず金曜の夜だから、ブラブラと。」
オッサンみたいだろ、と言う。けれどその言葉に隠されているのは、・・・孤独。
人恋しくて・・・たまらないんだ
そんな響きが俺の耳を掠った。
「らしくねぇな」
「そうでもないけどね、村雨は?」
「まぁ先生の言うとおり、此処は俺のホームだけどな、今夜に限りは特に用ってのは無ぇ」
予感、期待・・・俺の勘なら・・・。
「予定無いんなら、俺ん家来る?どーせ暇だし。」
ドンピシャ、・・・だ。今日は、ツイてる。
「重いじゃんかよ・・・」
マンションの廊下を歩きながら龍麻が唸る。帰り道もう何度目か解らない言葉。
ガサガサと買い物袋が音を立てる。中身は主に酒類。
「俺だって重いんだ」
村雨の手にもビニール袋。
とりあえず飲むか、と決めたはいいが、龍麻と村雨のアルコールに対する許容量は
半端じゃなく多いのだ。酔うまでの酒量がおよそ今の両手に持った酒瓶の重さで。
もっともその「酔う」というのは自己申告においての「酔う」であった。
仲間をはじめとした端から見れば全く素面に見えていたりするのだ。
部屋の鍵を開け、中に入る。何度か龍麻の家には泊まったことがある。
勿論何人かと一緒に・・・だ、残念なことに。
「村雨、お前この前飲んだときもだけど、高っかいのばっかガバガバ飲んでたよなぁ」
手荷物は自分の「担当分」。
日本酒・・・それもかなり高い物が大部分、あとは洋酒・・・。
村雨のポリエチレン袋を見て龍麻が漏らす。
「俺はこういうのがいいんだよ。俺こそ先生の舌が信じられねぇ」
龍麻の手荷物は村雨とは対照的、リキュール、カクテル類がほとんどだ。
「よくもまぁあんな甘ったるいのばっか・・・」
「るせぇ、俺は日本酒の臭いがダメなんだよ」
「それでよく酒好きと言えるよなぁ」
「酒が好きなワケじゃねぇよ、特に酔ってイイ気分にもなれないし。」
「え?」
龍麻の意外な言葉。
「酔ってるヤツを見るのは結構楽しいけどな、まぁ俺も酔ってるんだけど」
意地悪とさえ見える笑いを浮かべて龍麻が言う。
よく分からない。前後の文脈が一致していないように思える。
「は?先生、アンタ酔ってんだろ?」
「酔ってるよ、けど笑い上戸にも泣き上戸にもならないんだよな、これが
血中アルコール濃度が高くなるだけなんだよ、大抵。」
損な体質、と龍麻は溜息と一緒に呟いた。
「変なヤツだな・・・先生は・・・。・・・・・・・・今更か。」
「なんだよ、変なヤツとは。お前だって」
失礼な、と龍麻がぶちぶち言う。
奥の部屋で何かごそごそと探しているようだ。
「先生?」
「あー、風呂入るわ、先に。旧校舎で思いっきり暴れたし。」
少しして手折ると着替え一式を持った龍麻が風呂場へ消えて行く。
「先にやっててよ」
「ああ、そうさせてもらう」
広い部屋、一人暮らしには広すぎる、と言うよりかはむしろ不釣り合いだ。
家族・・・義理の両親は現在仕事で海外へと行っているらしい。
家族で住むはずだったこのマンションには龍麻だけが残ったのだという。
しかし真相はきっとそうでないのだろう。余りにも不自然だ。
大学進学を考えていない龍麻ならば一緒に行けば良かったし、わざわざこのマンションへ越す理由もない
なにせ龍麻の引っ越す前の住所は神奈川の逗子だからだ。
新宿へ通えない距離ではない。
何かの力が働いて「わざわざ龍麻を一人で東京へ」越すようにし向けたような。
龍麻はそれについて自分からあまり話そうとはしなかった、また周りも龍麻の両親がいないという
境遇にあまり問いただすようなことをしようとはしなかった。
そしてここに来て龍麻を新宿へ向かわせた理由のようなものがおぼろげながら姿を現し始めていた。
俺は龍麻の境遇を多分本人よりも、知っている。
新宿、龍脈、鬼、人、・・・
一連の事象の中心に、龍麻が居る。
運命の神が選んだ、運命の。
考えようによってはあらゆるものの支配者となり得る存在。
でも。
でも、きっと何もかもを手に入れたとしても、彼は人間で有るしかなく。
それは人であらんとするならば余計なものに過ぎないのかも知れない。
だからこそ自分が龍麻に感じる感覚・・・孤独。
そして彼がそうであるほどに発現される力。そして運命。
柄にもなく思うのだ。
その孤独を少しでも癒してやれないものかと。
自分が、龍麻を。
今のところ龍麻のもっとも近くにいて、その役割を果たしているのは
龍麻と同じ学校に通う蓬莱寺京一だろう。
彼が来ると龍麻の「気」がぱっと変わるのが分かる。
はじめは自覚症状はなかった。だが今となればはっきりと分かる。
そしてヤツでなくとも・・・と思う自分が居る。。
「重症・・・だな」
ひとりでに口をついて出た。
嫌と言うほど思い知らされる。俺は今、明らかにあの人に、恋をしているのだと。
「おー、お待たせー。次入るだろ?」
何がお待たせだ、期待させるなよ・・・
風呂上がりの龍麻にどきりとする。
「アンタ・・・なんつー服を着てるんだよ・・・」
Tシャツの下はショートパンツ。
太股ががばりと大きく見えるくらいの、短い丈。
「あ、コレ?いやさ、くれたんだよ、で、外に着てくわけにもいけねぇし。
もったいないから家で着てんの。でも結構快適なんだよな、履いてみるとさ」
「だ・・・誰がアンタにそういうのを・・・」
誰だ?!もしも男連中だったらただじゃおかねぇ。
「藤崎だよ、藤崎。この前の誕生日にさ。舞子と一緒に買ってきてんの、
しかもさぁ、真顔で渡すんだぜぇ?「似合うから、絶対着てね」って」
似合うってなにさ?間延びしたような舞子の口調を真似て笑いながら龍麻は答える。
この時ばかりは自分が顔に出ない質だったことに感謝する。
ヘタにタオル一丁姿よりもよほどその、刺激的だ。
女性の適度に皮下脂肪の付いた足とは少し違う筋肉質の脚。
コレが臑毛の生えたぶっとい脚なら別だが、龍麻の脚は妙に白くて、
世のエステで脱毛する女性がうらやむほどツルツルだ。それが奇妙に和合している。
「そうまじまじと見んなよ・・・ツルツルなの気にしてるんだから」
ぱしゅ、と缶のプルタブを開ける。
「いや、その」
そんなに自分は龍麻の足を凝視していたのだろうか、それすら曖昧なのだから
全く持って始末に負えない。
「いーよなー、村雨ヒゲとか生えてんじゃん?俺さー体毛薄いんだよー」
そういえば龍麻の髭と言うのを見たことがない。この年代ならば生えるものは
生えているだろうに。
片方の掌で自分の頬をぺたぺたと触り、もう片方の掌で村雨の顎を触る。
いーよなー男らしいよなー、等と言いながら。
顔では平然を装えている・・・ような気がするが内心は龍麻の指が触れるたびに
頭に血が上って行くのを感じ、龍麻の体に視線が泳いだ。
龍麻だってそう女々しいというわけではない。
端から見れば立派に男子高校生の枠には入っている。
それでもやはり周りの醍醐だの紫暮れだのという方に憧れるようだ。
憧れられる方の醍醐などは威圧感有りすぎの自分の見てくれを悲観しているのだが。
お互い無いものを求めいているのかも知れない。
それを思って村雨は笑い出す。
「いいって・・・アンタには似合わねぇよ、そのナリがお似合いだ」
「ちくしょー・・・でも禿げにくいんだからなー・・・」
言って村雨は立ち上がる。
チラチラと視界に入る太股が平常心を削って行くのが解っているから。。
「あ、着替えは持ってくから」
「悪ィな」
半分龍麻の脚を横にしていて平気でいられないのが理由・・・などと言えるはずもなく。
らしくねぇ、らしくねぇ、らしくねぇ、らしくねぇ、らしくねぇ、らしくねぇ!!
頭からシャワーを浴びて、念じる。
「畜生・・・」
普段の生活及び賭事に際してもこの言葉を吐くことはごく希だ。
特に本業の方では。
イライラするのは、こんな自分に。
コイツ、と狙いを定めれば後は自分のペースで駆け引きをする。それが今までだった。
まして脚一つにドキドキして、笑い掛ける自分以外の相手に苛つく事などなく。
同じ年代の男を見ればその恋の一挙手一投足に子供だと思っていた。
好きな相手の細かな仕草や言葉、視線に一喜一憂して。
そんなことはまるで別の世界の話のように思っていた。
だから、悔しさ半分。
しかも相手は男だ。
はっきり言おう、俺は同性愛のケは無い。
しかし龍麻が別段女に見間違うほどの容姿というわけでもない。
筋骨隆々の醍醐や紫暮は論外で、蓬莱寺や壬生、如月、一万歩譲って霧島のボウヤにも
龍麻に対するような感情は湧いては来ない。
龍麻だけが一番に輝いて自分の心を独占する。
どうしちまったんだよ・・・俺は、・・・いやもうとっくに答えなど出ているのだ。
バスルームの壁にもたれかかってまた一つ大きく溜息をつくと、向かいの磨りガラスの扉に
人影が映る。
「おーい村雨、生きてるかぁ?」
どうやらかなり長い間此処にこもっていたらしい。
中で寝てんのかぁ?と龍麻はドア越しに尋ねてくる。
「いや、すまねぇ、今でるわ」
シャワーのコックをひねり、扉を出ると龍麻がバスタオルと着替えを持ってきていた。
「わりぃ、そういやお前の着替えのこと考えてなかった、
京一のなら入るかな」
そういえばそのことを失念していた。しかし「しまった」と思うより先に龍麻の口から出た言葉に
反応した。
「蓬莱寺の?」
「そう、あいつ家近いからよく泊まりにくんだよ。だからなぜだか俺の家にあいつの着るモンが
あったりするんだな」
びろーん、とその蓬莱寺のパンツをつまんでみせる。
だけれどまた次の言葉が耳に障る。
「泊まったァ?」
「そ。・・・大丈夫だって、ちゃんと洗濯してるから、ホレ、早う履け。」
それをうらうら、と目の前に突きつける。
渋々とそれを受け取り、脚を通した。
別にあいつの性格が悪いとかそういうことではない。
ノリのいい、いい奴だ。
が。
恋敵のパンツに脚を通すのがイイ気分なワケ無いだろ?!
気に入らねぇそ・・・。
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読んでやったぞ、と押して下さると激しく嬉しい拍手はこちらです
村雨は地味にMっぽくてもいい気がするのは私だけでしょうかそうですか