村主 2/2

「大分空けたな」
床の上には何本もの缶が転がっている。
「お前が遅かったんだろ」
「へっ」
言い返そうと思ったがまさかあんたの事を考えていたとは
口が裂けたって言えねぇ・・・今のところは。
「村雨」
さっきまでの軽口とは違う、声音。
龍麻は俯いたままだ。
「何だよ」
「村雨、約束してほしい」
「何だよ、改まって・・・酔ってるのか?」
予想は外れていない、多分。
たぶんいつもよりも大分飲んでいる、しかも黙々とアルコールだけを摂取していたようだから。
あげくこの様子だと何も胃に入れずに飲んだようで。
酔いの回りが強いのも当然と言えば当然のことなのかも知れない。
けれどそれが今、龍麻の普段隠していた本音をさらけ出させてもいる。
「村雨」
「茶化して悪かったよ・・・なんだよ」
「この戦いが・・・最後だよな・・・きっと・・・」
「ああ、だろうな」
「もしも・・・」
「なんだ?」
「・・・」
「・・・」

何を言おうとしているのだろう。
何度も何かを言おうとしては、中断する。
「俺は・・・まだ特に何も考えちゃいない、ただ、アンタの側にいれば
退屈はしなさそうだがな」
いつもの不適な笑いが浮かべられた。
「ごめんな・・・なんか俺の都合で巻き込んだ形に・・・」
「そういう事じゃねぇよ」
「だって」
そういう事じゃない、退屈はしない何て言うのはウソだ。
本当は・・・。
「アンタは・・・どうするつもりなんだよ」
「俺は・・・」
言葉に詰まる。
「村雨・・・俺最近考えるんだよ、俺って何なんだろうって。
何か見えないものが俺を・・・ホント最近感じるんだ、俺は時が経つ度に
なにか別のものに変質して行くのが・・・俺は俺であって俺でないんだ。
まるで『俺という肉の服』みたいに感じるんだ・・・特にここのところな・・・
力を使えば使うほど、俺は強くなっていく。体に「気」が満ちる、そのキャパが
増えていく・・・けど、そうなればなるほどに「俺」は空っぽになって・・・
俺自身が純粋に単なる力の塊みたいな・・・そんなものに・・・。
『俺』は居るけど、・・・違うんだ・・・何て言ったらいいのかわかんないけど・・・
だから・・・そしたら・・・もしも何もかもが終わったら俺は・・・」
『俺』はどこへ行ってしまうのだろう?
そこで言葉が途切れる。
龍麻がへた、と床に座り込む。
「先生、」
どうしたんだ、と龍麻の側へ近寄る。
「そうしたら、俺は・・・」
手をさしのべるとそれを掴もうと龍麻の手が伸びたが、さっと引いてしまう。
「段々と・・・強く・・・高みに登って「純粋」になっていくんだよ・・・まるで、そうなにかの・・・」
・・・「器」みたいに・・・ ギクリとした。龍麻の真の「正体」を俺は知っていた。
御門からの情報だった。
でもまだ龍麻はそれを知らないし、聞かされても居ない筈なのに。
その「器」という言葉が、龍麻の口から出るとは思いもしなかった。
動揺が伝わらないように、そして少し躊躇って、そっと龍麻の肩に手を掛ける。
・・・震えていた・・・

「先生、アンタ」
「そんな・・・優しくしないでくれよ・・・俺ははじめから・・・り、だから
また・・・な、れるから、そうしたら・・・」
言葉は途切れ途切れで聞こえない。けれど自分は龍麻の声を聴いた。
はじめから一人だから、これが終わればまた一人になってしまうからだから
・・・そんなに優しくしないでくれ・・・
龍麻はただ震えるだけ、けれど俺はその姿に幻の涙を見た−−−
「・・・!」
俺はその肩を引き寄せる。
「村、雨・・・お前酔ってる、だろ・・・」
「そうかも知れねぇ・・・けどアンタの声は聞こえた。」
「声・・?」
声と同時に感じる龍麻の吐息が熱い。

「側にいる、ずっとアンタの側に。」
「え・・・?」
アンタが、好きだよ。
ああ、こんな時に言う、本当はもっと気の利いた言葉をいくらでも俺は知っている筈なのに。
アンタに逢って、抱きしめたらこんな事しか言えなくなっちまう。
言葉からは伝わらないかも知れない。
けどせめてアンタにはこの腕があるという事を、知っておいて欲しくて。
「むらさ・・・め・・・」
腕の中の龍麻が身じろぎをする。
「アンタの側に、居たいよ」
「側に・・・居て・・・くれるの、か・・・?」
囁くような声で、まるで壊れ物に触れるような響きをもって。
「ずっと、側に・・・」
「本当、に・・・?」
「ああ」
「本当・・・?ずっと、俺の側に・・・独りに、しないで・・・一緒に・・・?」
途中から龍麻の声が震える。

気づかない間に、俺は龍麻と唇を、重ねていた。

なんでそうしたのかとかといういつもの打算は無い。
そうしたかったらという意志もない。
ただ、そうせねばならなかった。
俺がアンタを癒してやれるとしたら、独りよがりかも知れないけれど。


「むらさめ・・・何して・・・」
目を見開いて、龍麻は呟く。
「俺じゃぁ、ダメか?」
「村雨?」
「俺じゃ・・・」
「えぇ?!」
思い切り龍麻は座ったまま後ずさる。
さっきまでの儚げな様子はもう跡形もない。
酔いが醒めたとか正気に戻ったと言えばそうなのか。
顔を真っ赤にして壁際で俺を見つめている。
・・・凄く間抜けな構図だ。
・・・さっきの俺のかなり本気の告白はどうすればいい?
「な・・・っ、む・・・・キっ・・・えぇ?!」
驚きの余りか思考に声帯が追いついていないのか。
けれど赤い顔をして口をパクパクさせる姿でもそれすら愛しく思えてしまう自分が居て。
普段見られないだけになおさらなのかも知れない。
俺は壁際の龍麻に近づく。
「もう、アンタを独りにしないから・・・」
再びその体を腕の中に納める。
「ん・・・」
龍麻も素直に体を預けてくる。
俺も漸く落ち着いてものを考えられる状態になってきたようだ。
「村雨・・・俺がもしも・・・」
「アンタはアンタだよ、それ以外の何者にもなりえない、だから俺は
アンタの側に居てやる。」
「・・・サンキュ・・・村雨・・・」


安心したような声。俺は龍麻の顎に手を添える。
顔を近づけると龍麻が力一杯抵抗してきた。
「先生、これくらいいいだろう?」
「だっ・・・なんでだからそこでキスになるんだよっ!?」
・・・その発言に俺は耳を疑った。
おいおいおい!あんだけ俺が『それなり』の態度をとったのに、ただの親切にしか思われていないのか?!
友情にしか思われて無いのか?!違うぞ!俺はどんなに親友でも野郎相手を抱きしめたり、ましてやふざけてだってキスなんかするもんか!!
・・・うそだろぉ?!・・・絶望的な状況だ。
「おっ、お前ホモ?!」
「ちっ・・・ちげぇよ!」
「うっそぉ?!じゃなんで」
「アンタのこと好きだからだよ!」
「だから俺男だぜ?!」
イタイ所を突かれる。単純な構造のしかし理解しがたいこの方程式を説明して分かってもらえるとは
・・・思えない。俺だってよく解らねぇんだからな。
・・・オトコはダメだけど男のアンタは好きですとは。
「俺はアンタが好きだ、アンタは俺のこと好きか?」
「な・・・何でそういうことに・・・」
「嫌いか?!」
「きっ・・・嫌いじゃないけど!」
すでに顔が真っ赤になっている龍麻。
俺も普段の計算ずく余裕綽々の発言ではない。
「じゃぁ好きか?!」
「好きって、言われても!・・・いっ・・・・いきなりキスされるとは思ってないじゃんよ!!」
論点が、ずれている。けれど、この発言から推測するに・・・。
龍麻もしまった、と言った顔をして、俯いた。
・・・漸くいつもの俺のペースが戻ってきたようだ。
少し意地悪な笑みを浮かべる。
「・・・順番を踏めばいいってこと・・・だよなぁ?」
「・・・!」

「なぁ・・・俺のこと、好きか?」
壁際に龍麻を追いつめてから漸く余裕を持ってこの言葉を口にする。
答えなんてほぼ解っている。だからこうやって触れ合いそうなくらいに唇を近づけて囁いても龍麻は逃げない。
赤くなった頬、鼓動ですら感じあえそうなくらいに体を寄せる。
「・・・・・・・・・・・・に・・・。」
「?」
「・・・・・ぉ・・・」
「?」
「ちっくしょおぉぉぉぉおおお!!!!くやしーぞおぉっ!!!」
膝を抱えて龍麻が大声で叫ぶ。
「先生?!」
「くそ・・・っ!」
「なに・・・どうしたんだよ・・・」
「お前が、好きか、否定できない。だから・・・」
どうしてこの人は俺の予測の付かないことをいつでも、平気な顔をしてしでかしてくれるんだろう。
龍麻の腕が頬を越して首に絡んだ・・・と同時に
情けないことに、その瞬間の記憶は・・・無かった。気が付いたら・・・唇が塞がれていた。
いつもの俺ならばどうするだろう、気に入った女にキスされたら。そうしたら・・・
異常に思考能力が鈍っていた。
そのまま、僅かな吐息と共に龍麻の唇は離れてしまった。
「村、雨?」
龍麻の声が聞こえる・・・様な気がする。
眼球が目の前の景色を映しているのに、どうやら脳がそれを処理し切れていないような。
龍麻の顔がもう一度、近づく。
再び柔らかな感触。
やがて龍麻の指が俺の制服を脱がしに掛かっていた。
その体が俺に覆い被さる。
その時になって、・・・漸く俺の脳は処理を再開した。
「う、わ・・・!ちょっとまてまてッ!先生!」
慌てて俺は龍麻の体を引き剥がす。
「村雨?」
上から少し照れて、でも不思議そうな顔をして龍麻が答える。
「こっ・・・『こっち』は勘弁だ!俺は!!」
・・・この時俺はあろう事か龍麻の『下』に組み敷かれていたのだ。
・・・どうやら俺は勝手な思いこみをしていたらしい。
さっきの反応からいっても龍麻はどこまでも「男」であるつもりなのだ。
好きだと告白されたら「押し倒される方」になるなんて微塵も思っていないらしい。

だからといって俺が下なんてのは、それこそ寝耳に水の上に真っ平御免だ!
冗談じゃねぇ!
「えぇぇ?!じゃ・・・俺『こっち』?!」
龍麻が床を指差す。俺が下か、と言いたいらしい。
「そうだよっ、先生、下になってくれ」
「や・・・俺・・・マジ?!」
龍麻は慌てふためきまくっていた。そう、例えば
「お菓子を買ってあげる」と言われ、スーパーの帰りに歯医者に連れて行かれると悟った子供みたいに。
俺は混乱に乗じて龍麻を組み敷く。
「え・・・えぇ?!俺お前に入れられちゃうのぉ?!」
「・・・露骨だなぁオイ」
「俺の・・・ばーじん・・・。」
普段なら絶対見ることなど無いであろう龍麻のこれ以上ないくらい情けない顔。
「・・・初めてかよ・・・先生」
「たりめーだろぉ・・・」
「ときに・・・入れるのは」
「童貞じゃねぇけど・・・入れられるのは初めて・・・」
「じゃぁ・・・いいだろ?」
「・・・・・・・・・・・・ばーじん・・・」
先程までの情けない顔つき。それに恨みがましい〜と言う響きが含まれる。
「意外に・・・気にするタチなのか?」
「・・・女の人って、さぁ、すごいよな、俺、今、絶対に怖いもん、こういう状況って。
たとえ好きな人でも、こうされたら、怖い。けど・・・だから・・・すごいよ・・・」
「・・・キモチよくさせてやるから」
「そっ・・・そういう問題じゃないんだよっ、・・・お前もこっちの立場になれば解るって。怖いんだよ。」
「そういう・・・もんかね」
「そうだよ」
「ところで・・・」
俺は龍麻のシャツを捲り上げようとする。言いたいことは解るがいい加減俺のガマンだって限界なんだよ。
「ちょ・・・っと!村雨!俺まだ心の準備っつーもんがっ!」
「俺の方は準備万端なんだけどな」
「・・・ヤラしいいいかただな・・・お前」
龍麻はどうにかしてこの状況を会話で切り抜けたい様子だった。
俺は大きく溜息をつく。
「いい加減、諦めてくれねぇかなぁ・・・?」
少し声音を低くするとひくり、と龍麻の体が強ばる。
「ちょ・・・っ・・・む、ら・・・さめ・・・」
構わずに、俺は龍麻の体を床に縫いつけた。
「こんな格好してるから、尚更だぜ?誘ってるって言われてもしょうがねぇよな」
龍麻の剥き出しの太股に視線を這わせた。
「・・・・・・!目ツキも、やらしーんだよっ!」
「酒も入ってるしな・・・歯止めなんて効かねぇよ」
「効かせてくれよ」
「だめだ、誘ったのは・・・アンタだぜ」
「ぐぅ・・・」
こんな会話、いつまで続けていられない。
ガマンできねぇよ。がっついてるって言われるのだってかまわねぇ。
「愛してるよ、アンタを・・・ずっと、側に、居たい」
「・・・くそ・・・しかたねぇな・・・いまんところだけだからな」
「・・・なんだよ、いまんところって」
龍麻の顔がにやっと笑みの形になった。
「お試し期間ってことだよ」
「!」
強い光・・・誰にも屈しない、汚されない輝き。
そう、オレは・・・
「キモチよく・・・させてくれるんだろ?」
「それはな」
オレは龍麻の唇を奪う。
「キモチよくなければ」
「なければ?」
「返品すっからな」
龍麻は諦めたように大きく溜息をついて、俺の首に腕を巻き付けてきた。
その言葉を聞いたのを最後に、俺は龍麻の体に溺れていった。

さっきから龍麻の携帯の呼び出し音がうるさい。
しかし俺の横にいる龍麻はどっぷり熟睡していて目を覚ます様子もなく。
辺りはもう明るかったが室内は遮光カーテンのため暗い。
「しゃーねーな・・・」
俺は体を起こして机の上にあるそれを掴み・・・オレンジに発光する液晶に目を向けた。
出るつもりはなかった。初めは留守電をオンにするつもりだった。
けれどその画面表示・・・龍麻の携帯はナンバーディスプレイがオンになっている・・・
を見たとたん・・・気が変わった。
オレンジの液晶に浮かぶ文字・・・発信者の名前には・・・
”発信:蓬莱寺 京一”
ニッと笑い、俺は思い切り、着信のボタンを押してやった。

「あ、ひーちゃん?オレ、わりぃな朝早く・・・いやさ、昨日旧校舎で折っちゃった木刀・・・アレきょう如月のトコいっって買ってこようかと思ってさ・・・で・・・暇だったら・・・一緒に・・・」
相手は電話の先にオレが居るなんてきっと夢にも思っていないだろう。それもこういう状況で。
「よう・・・蓬莱寺」
しばらくの沈黙の後、
「え?、え?村雨?!オレ間違い電話したか?!」
「ちがわねぇよ」
「だよな、メモリに入ってるし・・・って・・・・・・・・・・・・・。」
電話の向こうが静かになった。ふん、漸く状況がつかめてきたか。
「どうした?なんか用なら伝言頼まれてやってもいいぜ?」
ここからは・・・宣戦布告。
「かーかー寝てるからなぁ・・・疲れてるせいか当分起きそうもねぇよ・・・『龍麻』は・・・」
聞いたか、蓬莱寺、一言一句逃さず聞いたか?
オレは「寝てる」と「龍麻」の・・・特に「龍麻」のところだけを強調して言ってみせる。
そう、オレはいつも龍麻を名前で呼ばない。仲間の前ではいつも「先生」と呼んでいる。
・・・この意味・・・解るだろ?
「なっ・・・なんでお前・・・」
なんでお前が、なんでこの時間に・・・と言いたいのだろう。
「さぁねェ・・・?伝言も、電話あったことも、伝えとくわ、一応。じゃあな。」
これは、ハンデだ、蓬莱寺。
オレが龍麻に出逢うずっと前から、お前は出逢ってる。その分。そして
宣戦布告。
ぶち。
赤い柄の付いたボタンを押す。
「電話〜・・・?」
ベッドの上の毛布の中から声がする。
オレはそのままそのボタンを押し続けて電源を切ってしまうと、声の主が居るベッドに座る。
「ん・・・あぁ。」
「だれからだった〜?」
間延びしているのは龍麻の寝起きがどうしようもなくよろしくないせいだ。
これは仲間内でも結構有名な事で、それは柳生のヤツも龍麻の寝起きを襲った方がよほど効率がいいのではないかと思える程だ。
とにかくご覧の通り寝起きの龍麻は死ぬほど脳味噌が働いていない。
「・・・」
「祇孔〜、誰からだったんだよ〜・・・」
もそもそと毛布の間から顔が出てくる。
「・・・・・・・・・・・・・蓬莱寺」
それはそれは後から考えれば相当ガキくさい行動で。
再び龍麻が毛布の芋虫と化す。
暫くすると体を折り曲げてクックッと笑い始める。
「なんだよ・・・」
俺の声は相当不機嫌だ。」
「おかしー・・・!」
やがてヒーヒー笑いながら龍麻がオレに後ろからタックル気味に抱きついてきた。
「うわ・・・っ!なんだよッ!」
「祇孔ってさぁ・・・」
龍麻の瞳が俺の目を捕らえる。
それはどこまでも人を引きつけてやまない視線。

その辺の女なら(いや男もかも)一発でコロっと行くような魅惑的な瞳で。
「結構、カワイイのな」
・・・今更だが
・・・どうしてこの人は俺の予測の付かないことをいつでも、平気な顔をしてしでかしてくれるんだろう。
そんなところも・・・
そんなところに・・・
オレは惚れたんだろうな。

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読んでやったぞ、と押して下さると激しく嬉しい拍手はこちらです

今更ですが高校生にみえn