Raining



          昨年の9月のある夜に友達から電話がありました。妹と大笑いしながらTVを見ていたときでした。
          その電話は、ある友達Aが亡くなったという話でした。電話をしてきてくれた友達が、たまたま道で
          Aの妹と会い、「Aは元気?」と声をかけたところ、「Aは8月に事故で亡くなりました。」と
          言われたということでした。
          Aは、高校でちょっとつまづき、中退をしていました。
          Aのことは、以前から友達と会った時にも時々話題にのぼり、「どうしてるかなぁ。」とみな気には
          していました。
          しかし、わざわざ連絡をとるでもなく、忙しさにかまけていました。
          その矢先、この電話でした。
          私は、この電話を聞いたとき、「ほんとに事故?」と真っ先に思いました。
          おそらく、Aのことを知る人はほとんどそう思ったと思います。
          電話をくれた友達にも「ほんとに事故だと思う?」と聞きました。友達は「わからない。でも妹は事故って
          いってた。」といいました。
          妹さんの話では、もうお葬式もすませてしまったとの話でした。
          しかし、せっかく昔のまま、地元、すぐ近くに住んでいるのだから、お焼香だけでもさせてもらいに
          いこうということになりました。
         
          友達と3人でAのうちへ行きました。遺骨の前においてあるAの写真の顔は、昔とほとんど変わってませんでした。
          お家にはおばさんがいらっしゃいました。そして、おばさんがすこしずつ話して下さいました。
          やはりAは自殺でした。しかし、なかなか言いにくくて、事故ということにしていたそうです。
          Aは、高校に入ってからちょっと行けなくなり、先生もいろいろとやってはくれたそうですが、だめで、
          本人はやめたくはなかったけれども、やめざるをえなくなってしまったそうです。
          そういうことがもとで、ちょっと心の病気になり、入院していたそうです。
          私も友達も全然知りませんでした。
          だいぶ良くなってきたので、退院準備のため、外泊としてお家に帰ってきたその日にいなくなってしまったそうです。
          おばさんは、「あの時、いなくなるのに気付いていれば・・・。」とか、
          「あの時、本人がいやがっているのに退学届を出してしまったから・・・」と、いっては、涙をふいていました。
          どうしようもなく、病気や事故で亡くなったとしても、おそらくみんな、そうやって多かれ少なかれ
          後悔をするものじゃないかなと思います。
          ましてや、自ら子供が命を絶った時に「おばさんのせいじゃない」とかいっても単なる気休めでしかない気がしました。
          私自身6月に、子猫の頃拾ってきて、哺乳ビンでミルクをあげ、しつけもごはんも苦労しながら
          すべて自分で世話をして、10年育てた子を、病気で亡くしました。
          「もっと早く気付いてやれていれば・・・」といった後悔は今も消えません。
          人間の子供と、猫を一緒にするなと思われるかもしれないけど、たぶん思いは同じでしょう。
          そういう気持ちをもってしまうのはきっとしょうがないことで、きっと必要なことじゃないかなと
          最近は思えるようになりました。
          
          私は、Aについていろいろと思い出してみました。
          私はAとは中学から分かれてしまったので、あまり接点はありませんでした。  
          しかし、私は同窓会の幹事をやっていたので、その時に連絡をとって(Aは不参加だったが)、
          「久しぶり〜、今どうしてる〜?」という感じで長話したことがありました。
          うわさでは高校を辞めたというのを聞いていたのですが、この時はじめて本人からいろいろと聞きました。
          高校を辞めたことや、今しているバイトが結構きついので辞めたいが、よく知ってるような近所のスーパーなので、
          辞めにくいとか、中卒なので、あまりいい働き口がないなど、結構暗い話ばかりだった気がします。
          実は、私も中学、高校と学校になじめず、高校では退学1歩手前でした。先生方のご好意及び
          親の説得などにより、なんとか卒業は出来ましたが、Aの気持ちは痛いほどわかりました。
          その後、いつだったか、Aの顔によく似たカッパの絵葉書を見つけ、ふと思い出してそれを送ったことがありました。
          そしたら、Aから電話がかかってきて、またいろいろ近況などの話をしたように思います。
          成人式に行くとか行かないとかいった話もあったように思います。同窓会と一緒で、
          やはり来にくいらしくて、結局来ませんでした。その時、「いろいろあるけど、お互い頑張ろうね。」といって
          電話を切ったのをよく覚えています。
          たぶんそれがAとしゃべった最後だと思います。
          
          私は、自分でAと自分とを比較してたような気がします。比較してたというか、重ね合わせてたというか。
          自分もああなっていたかもしれない・・・と。Aが亡くなったことを知ってから、Aが死んで、私が生きている、
          この差がなんなのかと、ものすごく考えました。
          「死ねる勇気があるだけすごい」などと思ったこともありましたが、
          受験に失敗した時も、いなくなったら生きていけないと思っていた飼いねこが死んだときも、
          私がなぜ生きていれたかといったら、やはり、もう一匹の(これも私が拾った)子(猫)がいてくれたからでしょう。
          それに、死ぬ勇気もなかったし、ギンガマンの続きが見たいだとか(これは、日曜日ごとにすごく
          勇気づけられました)、あのまんがの結末を知りたいとか、あれをもう1度食べたいだとか、
          そういうものすごい本能の部分の欲求があったからだとも思います。これって結構バカにできない大切なこと
          なんじゃないでしょうか。
          まぁ、たいして悩んじゃいなかったんだといわれたら、なんとも言い返せないんですが・・・。
          
          今とても悔しいのは、自分が何かしてればAは死ぬことはなかったんじゃないだろうか
          ・・・なんて傲慢なことは思いませんが、「亡くなった」って聞いて、真っ先に自殺じゃないかと思うような
          友達に対して、どうして何もしなかったのかと。
          また葉書のひとつでも書いたり、電話のひとつでもしたりしてたら、なんとかなるかもしれない、
          もうちょっと頑張って見ようかな、なんて思ってくれてたかもしれないのに。
          状況的には私のほうがひどかったと思うし(^^;)。
          あるいは、Aが一人で歩いていた時に、ばったり気の合う友達とでも出会っていたら・・・、
          ラーメン屋さんの前を通って、おいしい匂いでもかいでいたら・・・、もし・・・、
          ・・・たら、そんなことにならなかったんじゃないか。そんなことばかり考えてしまいます。
          
          悩んだり、落ち込んだりしている時、人に話したり聞いてもらったりすることが
          すべての場合にいいとは思いませんが、そうすることで自分の考えてることを確認出来たり、
          気が晴れたりすることもあると思います。
          まわりに話の出来る人がいない人や、直接とか電話とかだと思ってること素直に言えなかったりする人も
          いると思うので、チャットとか、BBSとかで、コミュニケーションできたらいいなぁと思って
          このHPを作りました。
          悩みとかの場合、知らない人のほうが話しやすかったりするし。みのさんみたいに(^^;)。
          悩みとかだけじゃなくて、映画でもテレビでも恋愛(私ではたいした話相手になれませんが 笑;)でも、
          いろんなこと話してみたいです。
          勇気出して、書き込んでみたり、チャットに参加してみたりすると、ほんとに世界が広がります。
          おかげで私は今ほんとに楽しい毎日を過ごしてます。Aはほんとにもったいないことしたなって思います。
          今つらいことが多ければ、これから待ってるのはいいことばっかりだ!!
          今が楽しかったら、これからも楽しいに決まってる!!(^^;)

          「Raining」というのは、”Cocco”の曲で、
          「帰り道の匂いだけ優しかった、生きていける そんな気がしていた」
          という歌詞があり、自殺を思いとどまった歌だと思ってずっと聞いていました。
          妹から、これは死んでしまった歌ではないかといわれ、改めて聞いてみたら、私もそんな気がしました。
          メロディ好きなんですけどね、あんまり好きじゃなくなりました(^^;)。
          暗いこと書いてすみませんでした。でも、絶対言いたかったことなんです。
          「学校」で失敗すると、人生にかなりの打撃を受けます。
          若いうちの学校ってすっごい大きなウエイトを占めるから。
          でも、挽回は可能だと思います!!私はまだ挽回途中だけど、がんばろー!!
            




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