侵略


 その男の顔は無数の皺に覆われ、身体は枯れ木のごとく痩せ細っていた。薄汚い灰色の髪はまばらで薄かったが、まるでその歪んだ精神を映しているかのようにねじれて縺れていた。
 骨と皮ばかりに痩せたその手指には、何カラットもありそうな高価な宝石のついたずっしりと重そうな金の指輪がいくつもはまり、身を包む衣も贅を尽くした黒絹に金糸銀糸を縫い込んだ豪華なローブと 不可思議な赤い紋様を織り込んだマントだった。
 薄暗い大広間のあちこちで、無言のまま蠢く何者かの気配が腐りかけの澱んだ水のように横たわっている。男はその広間の正面に置かれた王座に座り、広間の床一面に描かれた模様細工を食い入るように見詰めていた。
 正確には、それは模様などではなかった。黒曜石のように艶やかな石の表面を注意深く削り、そこに同じ形に切った色とりどりの宝石を填め込んで作られた精巧な地図である。
 広間中を侵している薄暗がりの向こう側で、何かの呻き声が上がった。それは、大地が自らの重みに呻くとき、或いは年降りた巨木が朽ちかけて傾ぐときの様な、断末魔の悲鳴にも似た声音だった。 部屋のあちこちに蹲り蠢いていた者々は、その声を耳にして、同じような軋るような悲鳴を喉の奥から絞り出して唱和した。最も酷い悪夢のようなその音色に耳を傾けていた老人は、ひび割れた唇を舐めて 顔を歪めた。無数の皺に埋もれたその表情が何を表しているのか、はっきりと捉えているのは誰一人居なかった。
 再び、声が呻いた。今度はどこか焦れたような響きを伴う声だった。
「……判っているとも……」
 ざらつき、嗄れた声で、老人は呟いた。
「“輝けるもの”ブルースフィアはそなたのもの……。如何なる存在もそれを妨げる事はできぬ。たとえアランシアの神々とてそれは叶わぬ……」
 老人の言葉に、呻き声は低くなり、歌うような呟きへと変じた。煮え立つ汚泥の底から沸き出でる毒気のようなその呟きは、ただひたすらに渇望の歌を歌い続けていた。
「では、まず紅き血を……」
 そしてその日、ひとつの街が灰燼に帰した。


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