悪夢
王都が、燃えていた。
この辺りで採れる淡い琥珀色の石で築かれたその都は、良く晴れた朝には海より昇る太陽の光に照らされて眩しく輝き、人々は『黄金の都』と呼んで褒め称えた。
しかし今は、その美しい街並みのそこかしこに、虫が食ったような醜い破壊の跡が見られ、あちこちで火の手が上がり、禍々しい外見の異形の影が蠢いている。
恐怖と絶望の声がそこかしこで上がっている。決してもたらされない救いを求める叫びが響き渡る。災禍を見過ごす神を呪う声が聞こえる。
街中に溢れる負の感情は、舌の奥に痺れるような感覚をもたらす。身体が己の意思とは関係なく震え出す。そして、心の奥底に眠る獣が牙を剥き出し唸りを上げた。
それが、その男の記憶の中で最も輝いている出来事だった。
恐怖、絶望、怒り、憎しみ、哀しみ、痛み……。
あれ程に甘美な宴を、彼は他に知らない。その時の狂宴を今、味わう事が出来るならば、何を捧げても構いはしなかった。
しかし、それは到底叶わぬ夢だった。叶わぬと判っている夢を見る事ほど、苦しい事はない。
だが、その苦しみさえも、彼の主は喜ぶだろう。彼は冷たい笑みを浮かべながら意識を現実に引き戻した。何の糧もない、乾いた現実に。
陽が落ち、すっかり暗くなった今では、切り立った崖の上からはほぼ何も見えなかった。
足下の谷の入り口に広がる街並みは、闇の中の染みにしか見えず、所々に焚かれた篝火が辛うじて、人が住んでいる事を示している。
「……行け」
彼は微かな声で呟いた。それは誰の耳にも届くはずがなかったが、彼の背後で不気味な雄叫びがそれに応え、大きな羽ばたきの音と共に幾つもの大きな異形の影が
眼下の街目がけて夜の闇の中を滑るように降りて行った。
やがて、
「宴だ」
男の呟きと同時に、街の中に火柱が上がった。それが殺戮の始まりだった。
「居るのなら、出てくるがいい……。カルバーンの死に損ない……」
外伝前話<<
戻る
>>外伝次話