魔都


 かつての街並みは、当時とまるで変わらぬように築き直されつつあったが、何故か心の奥に寒々しいものを抱かせた。
 沢山の人々が、働いているのが見える。それはまるで、死ぬまで働き続ける蟻のごとくちっぽけな存在に映って見えた。
 真新しく、きらびやかな赤銅色の鎧に身を固め、王冠の如く宝玉で飾り立てられた兜を小脇に抱えたその男は、居城の尖塔のひとつに居て、その光景を食い入るように見詰めていた。
「遅いな」
 工事は常識外れの速度で進められていたが、彼はそう呟いた。
 激しい労働によって、既に数百人の人足が死んでいたが、彼にとってそんなことは些末な出来事に過ぎなかった。彼は王であった。そして、王の命令は絶対であった。すなわち、彼の命令は絶対であった。
「急がせろ」
 彼は軋るような声で、背後に控えている男にそう命じた。男は冷や汗を浮かべながら、口ごもりつつ言った。
「し、しかし、これ以上働かせては、死にますぞ」
「なら、死なせろ。新しい奴隷は掻き集めればいい」
 そして、王は意地の悪い笑みを瞳に浮かべて振り返った。
「なんと多くの者が命を捧げた都か。神はお喜びになるだろう。――お前にもその一人になる栄誉を授けてやろうか?」
「と、とんでもございません……! 直ちに……、直ちに!」
 男はうわごとのように叫び、まるで逃げるように退出した。王は喉の奥で低い笑い声を上げ、先程からずっと部屋の片隅で彫像の如く立ち尽くしている黒い甲冑の人物へ目をやった。
「なあ、我が守護者よ。俺に仕えるのは、苦痛か?」
 黒騎士は微動だにせずに応えた。まるでその声は、虚空から聞こえてくるかのようだった。
「苦痛こそは、我が神の糧。そして我は、神に仕える。殿下こそは、我が主君。この都を統べるに神が選びし方なれば、我の言うべき事など、何一つあらざり」
「殿下、ではなく陛下、だろう」
「戴冠の儀を終えるまでは、殿下は王ではない」
 そして黒騎士は微かに鎧を鳴らして首を巡らし、男を見た。
「西の果て、黒き砂の都の主が、赤神龍を求めて動き出した。敵は今のうちに滅ぼすべきと思うが、殿下は如何にお考えか」
 王は不意を突かれたような表情をし、やがて、同じような意地の悪い笑みが満面に浮かんだ。
「好きにさせておけ。名高い『盗賊都市』の人間の後を追うなどという、手間を掛けている場合ではない」
「そうでもない。連中はしくじっている。この大陸中でこの事に気付かぬ者はおるまい。現に、私の耳にも届いている。彼らの臭跡を追うなど、誰にでもできよう」
「……」
 王は少しの間だけ考え込むような仕草を見せ、やはり何かを嘲るような意地の悪い笑みを浮かべて首を振った。
「放っておけ。そいつらが幾ら捜したって、見付かる訳がない。あの魔王が欲しがる龍など、もはや存在しないのだから」
 そして彼は思い付いたように付け加えた。
「だが、そいつらの足取りは掴んでおきたい。盗賊都市の気を逸らす役には立つかもしれん。できるのか?」
「容易いこと」
 黒騎士の返答に、王は目を細めて笑った。
「なら、欲しいものもぶんどれるかもしれないな」
「何を欲する?」
 黒騎士の問いに、王は戯けたような仕草で肩を竦めた。
「新しい領地さ。――ポートブラックサンドとか、この大陸とか」


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