眠れる獅子
見渡す限り、火の海だった。
広い平原の見渡す限りが、力尽きた兵士の骸で覆われていた。
遥か彼方に、黒い波のような悪魔の軍勢が恐ろしい勢いで迫ってくるのが見えた。
彼は、たった独りで、屍の埋め尽くす戦場に立っていた。
足下に横たわる兵士達の顔には、どれも見覚えがあった。己が率い、この戦場へ連れてきた男達の顔だった。
だが、その全てはもはや死んでいた。
(ああ、まただ)
絶望に駆られ、迫る軍勢から一歩足を退けようとすると、その足首を何かが掴んだ。
(まただ)
見下ろすと、真ん中からはぜ割れた顔をした兵士が一人、骨張った指を彼の足首に食い込ませていた。
“お前の無念を晴らせ”
声なき声がそう告げた。
気が付くと、広い戦場に横たわる全ての死者が彼を見ていた。
“無念を晴らせ”
沢山の声が唱和し、鐘の音のような響きを耳の底に残した。
その間にも悪魔の軍勢は迫っている。禍々しい地獄の臭気が臭う。
ふと、心の中に違和感が生じる。まるで、自分が自分ではないような感じ。見ているモノ全てが夢であることに気付きながらも抜け出せない感じ。
“そうだ、まだ夢を見ている”
唐突に全身の骨が撓むかのような傷みが走り、彼は膝をついた。まるで巨大な手で鷲掴みにされ、絞り上げられているような、苦痛。
土の上に付いた両手の皮膚がざわざわと蠢くのが見えた。
(ああ、まただ)
まるで生爪を剥がれるような傷みと共に、自分の爪が見る見るうちに尖り、伸びていく。幾千もの細かい針で貫かれるような傷みと共に、皮膚を貫くように剛毛が生えてくる。
(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)
迫ってくる悪魔の腐臭が鼻孔の奥に張り付き、喉の奥から嫌悪の唸り声が漏れる。その声は、自分の知る自分の声ではなかった。
悪魔の姿が異様に近く見え、彼はその姿に憎悪を覚えた。その憎しみは、彼が未だかつて抱いたことはないような、純粋な怒りと破壊の衝動を伴っていた。
(嫌だ、私は、人間だ!)
心の片隅でそう思った時、彼の中に一陣の風のようなものが吹き、その思いを消し飛ばした。
彼は、殺戮と復讐の歓喜の念と共に、解き放たれた。
彼の爪が先頭の悪魔を捉え、彼の顎がその頭を――
そして、彼は絶叫と共に飛び起きた。
彼は震えながら大きく深呼吸をし、恐る恐る自分の両手を見下ろした。
そこには、いつもと同じ自分の手があった。
ここ数週間、彼は同じ夢を見続けていた。
そして、彼は、恐れていた。
――いつか自分は、夢で見たような化け物になるのだろうか。
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