砂漠の嵐
遥か東の都が攻め滅ぼされたと言う報せが届いたのは、3ヶ月ほど前のことだった。
熱砂砂漠に住む蜥蜴族の軍勢と、長年に渡り小競り合いを続けてきたその都市の名は、ベスウェイランと言う。神々の戦いのおり、善の神の軍勢は、悪の側について戦った蜥蜴神と
その眷属とを砂漠の彼方に追いやった。ベスウェイランはその戦いの時の前線基地であり、今は砂漠に潜む悪の軍勢を食い止める堅牢な都市としてその名を知られていた。
しかし、悪の眷属を塞き止めていたその都市は、陥落した。
砂漠の民であり、悪神に仕える眷属でもある蜥蜴族が今までにない大軍をもってベスウェイランを攻め、呆気なく打ち破ってしまったのだ。
彼らは、魔法によって城塞を吹き飛ばし、見るもの全てを破壊し、殺戮の限りを尽くしたのだと言う。
神々の戦いの再来か。
善神の軍勢の地上の先鋒を務める戦神ロガールを敬う、クランロガールの民は戦いた。
悪魔の山の魔王に戦を挑まれ、それに応じた直後のことだった。
王家は魔王ザラダンとの交戦を推し進め、教会は《蜥蜴神》スシス・チャの眷属との交戦を推した。
王家と教会との歩調は揃わず、クランロガールの民は不安に包まれた。
王家と教会とが二分されずに済んだのは、ひとえにロガール教会の長である《獅子の御子》が魔王との戦いを推し、教会の大部分が唱える悪神との交戦の声を抑えたからであった。
しかし、
遂に悪神スシス・チャの軍勢は、クランロガールへとその駒を進めたのである。
そして、クランロガール軍とスシス・チャ軍は、獅子泉の畔で対峙した。
スシス・チャ軍の中から、きらびやかな甲冑と外衣に身を包んだ蜥蜴族が進み出て、大袈裟な身振りを交えて何事かを語り始めた。
「おい。アレは何を言っているのだ」
迎撃軍を率いる将のヤク・ジャフーラは、傍らに控えるロガールの神官に尋ねた。ロガールの神官は、身を乗り出すように、その蜥蜴族の仕草を見詰めつつ、応えた。
「……まずは、挨拶のようなものです。トカゲどもの言葉は、我々の言葉と違い、入り組んでおりまして、訳するのが難しゅうございます。あやつが語り終えるまで、
何を言いたいのかは判りかねます。また、同じ音を発したとて、仕草が異なれば異なる意味を指すと言う不便な代物。申し訳ございませんが、あやつが語り終えるまで、
少々お待ち下され」
「まさか、アレは魔法を唱えているのではあるまいな」
ヤクは不安を隠せない表情で恐る恐る訪ねた。神官は蜥蜴族から目を離すことなく微かに首を振った。
「その気配はございません。万一、あやつが呪文を放ったとしても、我らロガールの下僕らにお任せあれ」
自信たっぷりに言った、その神官の顔が微かに陰った。ヤクはそれを見逃さなかった。
「どうしたのだ」
「……いえ、しかとは判りませぬが……あやつ、妙なことを言っております。もちろん、語り終える間際の些細な仕草で意味が逆転する恐れもありますが……」
「何と言っておるのだ」
将は咳き込むように訪ねた。
「……共に狩猟へ出掛ける、とか何とか……」
「は? それは一体どう言う……」
ヤク・ジャフーラが言い掛けたその時だった。
耳障りな蜥蜴の言葉がぱたりと途絶えた。
その言葉の意味を読みとるべく、凝視し続けていた神官の顔が驚愕に歪んだ。将が弾かれたように視線を戻すと、今まで何事かを語っていた蜥蜴族が大きく仰け反って崩れるところだった。
大きく開いた爬虫類の口の中から、矢羽根が生えているのが見えた。
二頭の虎がスシス・チャの軍勢の方へと駆けていく。
一頭は金色の毛並みを持ち、もう一頭は深紅の毛並みを持つ虎であった。そして、金色の虎の上に、弓をつがえた一人の美しい女性が跨っている。
スシス・チャの軍勢から怒りの声が挙がり、堰を切ったように蜥蜴族の兵士達が動き出した。
二頭の虎と女性は臆することなくその直中へと飛び込んで行った。
もちろん、ただそれだけの手勢で押し寄せるスシス・チャ軍を食い止めることなど不可能である。軍勢はクランロガールの部隊に向かって押し進んで来る。
「ええい、やむを得ん、迎え撃て!」
ヤクは剣を振り上げて号令した。
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