神話

 神々は天の王宮で平穏に暮らしていた。神々は老いる事もなく、死ぬ事もなく、日毎に新しいものを作り、気晴らしとして楽しんでいた。遊び暮らしていた。
 ある時、女神ガラナが、新しい水晶を植えるため、王宮の庭園を掘り返していると、ドクドクと脈打っている魔法の土の塊を発見した。ガラナはこれをどうしてよいか判らずに、 姉のスロッフの元へ持っていき、相談した。するとスロッフは、偉大なる父タイタンに相談するべきだと言ったので、二人はこの土を持ってタイタンの元へと赴いた。
 タイタンはこの土の塊をふたつに分け、ひとつで大きな一枚の板を作り上げ、天の王宮の真ん中に据え付けた。大地の女神スロッフと海の神ハイダナがこの板面に境界線を引き、 大地と海とが分かたれた。太陽の女神グランタンカが、この新しい世界の誕生を祝ってその周囲を踊りながら巡り、弟の月が姉の後を追って同じように世界を巡った。
 偉大なる父タイタンは残る魔法の土を神々に分け与え、この新しい世界の上に置く新しいものを作ることを許した。
 ガラナは大地を覆うための植物を作り、ウスターレルはその木々の合間に動物を作り、イチシスは海の中の魚を作った。こうして、この新しい世界は次々と美しいもので飾られていった。
 ある時、策略の神ロガーンがタイタンの元を訪れ、自分も仲間達のように何かを作り出すための土が欲しいと申し出た。タイタンが他の皆に土を分け与えた時、ロガーンは“死”やその兄弟たちに 騙されてその場に居合わせなかったからである。タイタンはその申し出がもっともであるとして、ロガーンにも土を分け与えた。
 ロガーンは創造を始めようとしたが、既に世界の上に作られているモノを見て、その全てが彼の気に入らなかったため、全く違うものを作ろうと思い至った。
 彼は自分の姿に似せて土をこね、その中に自分の身体のかけらを埋め込んで最初の男を作り出した。
 神々は、この二本足のひょろ長い生き物がよろめき歩く様を見て、大いに面白がったが、その男が、グランタンカの暑さやスークの暴風を避ける為に木を切り出して屋根を作り、 火を熾して暖を取るさまを見て、何故そんな事が出来るのか、不思議がった。タイタンはロガーンに、もう一度同じように男を作るように命じた。
 ロガーンは仕方なく、同じように土をこねて形を作り、自分の身体のかけらを埋め込もうとしたが、すでに最初のひとつは最初の男の為に使ってしまったため、やむなく、別のひとつを 取って埋め込み、これを女と呼んだ。
 神々の多くは、自分の身体の一部を埋め込むと言う行為におぞましさを感じ、背を向けて去ったが、タイタンとスロッフ、ガラナは興味を抱いてその場に留まった。彼らはロガーンの行為を真似て 自分の姿に似せて生き物を作り出した。タイタンは己の力強さを象徴する巨人族を作り、スロッフは頑健さを象徴するドヴェルガーを、ガラナは己の美しさを象徴するエルヴィンを作り出した。
 彼らは神々の庇護の元、世界に栄えた。
 この創造を見ていて、自分も同じように生き物を作りたくなったのが、ハシャクであった。ハシャクは、父タイタンの元へ行き、自分も同じように何かを作り出したいと訴えた。
 タイタンは慈悲深い神であったため、ハシャクにも魔法の土をひとかけら取ることを許した。
 ハシャクはこの土を使って、自らの姿に似せた生き物を作り出した。しかし、ハシャクはあまり器用ではなかったため、見目良くなく、また大きさもまちまちであった。しかし、ハシャクはこの創造物に 喜び、ゴブリンと言う名を与え、タイタンらに見付からないように世界の端に隠して一人こっそりと遊ぶようにした。
 しかし、この創造物が他の神々に見付かるのもじきだった。
 神々の作り出したこの美しい世界にそぐわぬ醜いものを作り出したハシャクは叱責され、これらのゴブリンを潰して元の土へ戻すように命じられた。ハシャクは心を痛め、自らが作り出した ゴブリン達にお別れを言ってから潰して良いかと尋ねた。心優しいガラナはそれを許し、ハシャクはゴブリン達を連れて王宮の外へ出ていった。
 しかしハシャクは命じられた通りにゴブリン達を潰しはしなかった。その一部だけを潰し、天の王宮の庭にある普通の土を混ぜて魔法の土の塊へと戻したのである。そして、残ったゴブリン達を 更に念入りに隠したのだった。
 しかし、ハシャクのこの行為は、“死”とその兄弟達によって観察されていたのである。 “死”は、タイタンをはじめとする神々が行ったこの創造を快く思っていなかった。“死”とその兄弟達は天の王宮を訪れ、タイタンにこの新しい世界を譲り渡すように迫ったが、タイタンはこれを聞き入れず、 これを追い返した。
 この時、“死”がこっそりと魔法の土を僅かに盗み、マントの折り返しに隠して持ち去った事に気付いた神々は居なかった。 “死”をはじめとする悪の神々は、その土を使って邪悪な生き物を作り出し、善の神々が眠っている隙にこの世界にばらまいた。この時、ハシャクが隠したゴブリン達も悪の神々に見つけだされ、 邪悪な心を吹き込まれて解き放たれた。そしてその様子が神々の目に触れぬよう、“死”は世界を厚い雲に隠して立ち去ったのである。
 翌朝目を覚ました神々は、世界が厚い雲に覆われ、様子が見えない事に驚いた。そして、世界がどうなっているのかを確かめるために、神々はこの世界へと降り立つ決心をした。
 世界中は、破壊と血みどろの殺戮で満たされていた。
 茫然とする神々の前に、再び“死”が現れた。“死”は何か蠢くものの入った大きな袋を肩に担いでいた。
“死”は、再びこの世界を譲り渡すようにタイタンへ詰め寄った。このちっぽけな玩具が欲しいと主張したのである。タイタンは無論これを退けたが、“死”は嘲笑って、肩に担いでいた袋の中身を 投げ出した。
 そこには、縛り上げられたロガーンと、神々が全く見た事もない異形の『なにか』が入っていた。『なにか』は、神々の目の前で赤子のような姿からたちまち皺だらけの老婆のように変じ、 再び姿を変えると言う風に、まったくひとつの姿をしてはいなかった。そのおぞましい『なにか』を見つつ、“死”はこの『なにか』が『時』であること、そしてそれは、様々な異界へ旅をしては 目新しいものを捜しているロガーンが見付けだしたモノであることを説明した。
 この異邦神『時』の力によって、全ての生きとし生ける者は成長し、老い、滅びる運命が定められるのだ、と“死”は述べ、“死”の要求が受け入れられない場合には、この『時』の力を 天の王宮にさえばらまくと言って、タイタンらを脅した。すなわち、神々でさえも、老い、滅びる運命を負うのだ、と。
 しかし、タイタンはその脅迫には屈しなかった。その返答に怒り狂った“死”は荒々しく足を踏みならして天の王宮を出ていき、善の神々へ戦いを挑む為の軍勢を終結させた。
 これが、神々の戦いの始まりである。
 この世界を“死”の手に渡さぬが為に、“善”の神々は自ら先陣をきって戦いに挑んだ。心優しきガラナでさえ、恐怖におののく己が素顔を見られぬようにと、顔をベールで覆って戦場へ降り立った。 神々に作られた生き物たちもまた、神々に従って戦場へ赴いた。即ち、天空には数多くの鳥が、大地には獣が、海原には魚が、それぞれ挑戦の声を上げた。
 多くの血が流され、神に付き従って戦ったドヴェルガー族とエルヴィン族はこの戦乱で一人残らず滅びてしまった。
 神々の戦いは長きに渡り、永遠に続くかと思われた。しかし、戦場の混乱の中で、“死”は誤って、捕らえていた“時”を殺してしまった。
 この瞬間、“時”の力が世界中に解き放たれた。即ち、生きとし生ける者全てが成長し、老い、滅びる定めを負ったのである。 “時”の力の暴走により、戦場は混乱を極めた。神々は“時”の力が己が身に及ぶのを恐れて天の王宮へ、或いは地獄へと逃げ帰り、その際に戦に於いてよく働いた者たちを連れ帰り、新しい神々として 迎え入れた。その中で最も優れたのが竜王キラニラックスであり、その補佐をし、かつそれぞれの軍勢を統括した獅子王ロガール、クジラ王、そして鷹王ホークロードであった。
 この時、“死”もまた同じようにしようとした。己によく仕え大きな勲功を立てた一人の騎士を連れ帰ろうとしたのである。しかし、“時”が死せる瞬間に最も近くにいた彼には、その騎士を“時”から 護るに足る充分な時間が無かったため、やむなくこの騎士を次元の狭間に隠して“時”の影響から護り、迫り来る“時”から大急ぎで逃げ去った。こうしてこの騎士ラザックは“時”の影響を免れ、 原初に神々が定めた通りに決して老いず滅びない身体を手に入れたのである。しかし、“死”はラザックを取り戻す事は叶わなかった。次元の狭間に迷い込んだラザックは、“死”ですら 見出す事の出来ない深淵に入り込み、永遠に彷徨う羽目となっていたのである。
 また、元の居城へ戻らなかった神々も居た。スークとパンガラの二人は、天の王宮ではなく風の精霊界へと赴いて、そこを居城と定めた。ハイダナは水の精霊界の深淵に身を潜めた。 “死”の軍勢の将軍たちは強大な魔力を以て魔界を造り上げ、そこに居城を定めた。
 神々の戦いは、神々がそれぞれの世界へ戻ったことにより急速に勢いを無くし、決着を見ないまま終結を迎えた。とは言え、“死”は未だこの世界を得る事を望んでいるし、天の王宮の神々もまた、 “死”にこの世界を譲り渡すつもりも無いのである。神々は今もなお、人の目の届かぬ神界で戦いを繰り広げ、その眷属達もまた世界の各地で争いを続けているのである。