このページは、異能使いオンラインセッションを円滑に進めるためにATM@GMが試行錯誤してつくったページなのです。みぃ☆
異能使い Online Session ver.ATM

【竜の呼び声】
cast:風間慧,風間勇一,武田円造,御影信,レイチェル=沙門



Opening Phase:決別 [ある境界線の話]

「どうして」
 と言いかけて、それが意味の無いことだと気付いて止めた。理由を聞いたって、現在が変わる筈はなく、現実は決して揺るがない。ただ、何故その人がそんなにも容易く境界線を踏み越えられたのか、それだけは永劫に理解できないだろうと思った。
 だから、別のことを訊いた。
「……これは何のテストなんだよ」
 その人が投げ掛けた手がかりを手繰って、トルコ、ルーマニアと巡り、そしてブルガリアと、"ドラクリアの墓"を探して駆け抜けた。今、目の前で安心したように満足したように微笑んでいるその人の表情は、その直感が間違っていないことを裏付けている。その顔を見ていると、酷く倦んだような気分になった。何だか自分が、まるで意味の無いことに執念を燃やして、命を削ったような気がした。だが、それを直視したら、今ここに立っている意味は本当にまるで無くなってしまう。
 何のために、数々のモノを投げ捨ててここまで辿り着いたのか。
 一番最初には、本当の一番最初には、自分が信じている"善き場所"を元通りにしようとしていただけなのに、ただそれだけだったのに、もはや事態はそれだけに留まらず、沢山のものを打ち捨て、壊し、破り、置き去りにして、ようやくここまで辿り着いた。今背後を振り返ってみれば、そこに累々と横たわる、取り返しのつかぬまでに壊れた"善き場所"が見えるはずだ。
 ――いや、壊れているのは。
 もしかしたら、"善き場所"はまだ、遥か彼方で輝いていて、そこに収まらぬまでに、取り返しのつかぬまでに、壊れてしまったのは、自分の方なのかもしれない。今、彼方に見える"善き場所"に戻ったら、かつて心地よかったはずのその輝きは、夜の闇に満たされたこの身を焼き尽くすのかもしれない。
 ――そう、少なくとも、この人は。
「今は、まだ解らないだろうね」
 妙に透き通る声でその人は応えた。そんな答えが聞きたかったわけではなかったが、反論するには酷く疲れ過ぎていた。
 どこか上の方で、何かが崩れる音が微かに聞こえた。多分、地上で争っている連中がいるのだろう。もしも予想している通りなら、残された時間はごく僅かだ。
(連中の手際はよく知っている。俺が言うんだから間違いない。いや、俺が知っているよりも遥かに優秀だ。そうじゃなければ俺の計算外の所で遭遇する筈は無い。――な、そうだろ?)
 その人の耳にも聞こえたのだろう。薄暗い地下室の天井に目をやり、微かに首をかしげている。
「……なぁ、帰ろう」
 自分で予期していたよりも、すんなりと言葉が出たことに自分で驚いた。多分、俺は、ただそれだけを言うために、ここまで来たんだろう。
 だが、不思議そうな笑みを浮かべるその人の目は、何よりも鋭い冷たい刃となって、真実を突きつける。

"帰る"場所など、もう何処にも無いことを。

 家から逃げ、あいつらから逃げ、血族さえも裏切って、今更何処へ"帰る"と言うのか。
 ……なら、
「……なら、引き返そう。俺だって、もう帰ることなんかできやしない。今更どの面下げて帰れるってんだ。解ってるさ。だから、一緒に引き返そう。俺だって、もう人間じゃない。でも、たった二人くらい、夜の闇の中だったらまぎれて暮らしていける。そんなこと、ばーちゃんだって、充分判ってるだろ?」
(今まさに、俺は"境界線"を踏んだ。それを指して"引き返す"とは変な話だ……)
 不意にその人は哀しそうな目を見せた。心をえぐるような切ない瞳が、微かに紅い光を帯びる。人では有り得ない"魔"の色を。
「無理を言うんじゃないよ。お前はできるかもしれないけれど、私は無理だよ。忘れたのかい。私は人を犠牲にしなければ、生きていけないんだよ。今だって……」
 ずきりと左の肩が痛んだ。その人が人間をやめて夜の一員となってしまったことを目の当たりにしたのは、人間では有り得ない餓えに苛まれたその人に噛み付かれた時だった。 人ならぬ再生能力が身についた今でも、その二つの傷だけは残っている。ただ、その時痛かったのは、噛み付かれた左肩でなく、胸の奥の方だった。
「それだったら」
 考えるよりも前に言葉が滑り出た。
「それだったら、前みたいにすればいい。俺は、それでいいよ。まぁ、その、死なない程度にしてくれれば、だけど」
 自分が人間ではないことを、感謝したのは今ぐらいなものかもしれない。多少血を抜かれても、別に差し支えがあるわけではない。それに、人でなくなることに何の禁忌感もない。なんたって、元々人間ですらないのだから、これ以上変わりようがない。
 その人は、俺が差し出した手首を餓えた目で見詰め、白い冷たい手でそっと触れ、唇を近づけた。かつて暖かかった掌は、もうどこにもない。身体に震えが走りそうになるのを抑え付けて、血液が失われる冷たさが腕を駆け上る不快感をこらえる。人外の肉体が死に抗って、活動を開始するのが感じられた。
 耳には何の音も入って来ず、凍りついたような空気と時間が通り過ぎていく。ふと、上はどうなっているのか気になった時、初めて外が静かになっていることに気がついた。
(……時間切れ)
 掴まれた腕をそっと引くと、その人は自らを恥じるように顔を背けた。手首につけられた新しい二つの傷は、あっと言う間に塞がったが、傷跡だけははっきりと残っている。
 上の階の足音が早足で過ぎる。
(全く、あいつらときたら)
「早く」
 今もなお、"境界線"の向こうにいるその人を、薄暗い戸口へ押しやる。まだ、この人を連中に引き渡すわけにはいかない。この人が、"境界線"の向こうから引き返してくるまでは。
 自分自身の意志で、"境界線"の向こうから引き返してくるまでは。
「あいつらの事は、よく知ってる。俺が、あの立場なら、やる事は判ってる。だから、早く」
 彼女は無言で頷いて、素早く薄闇の中へと姿を消した。今は多分、何故俺が、彼女を逃がしたのか、その理由は解ってもらえないだろう。あの人にも、あいつらにも、……もしかしたら、自分自身にさえも。
(ま、いつでもそういう役回りなんだからしょうがない)
 やがて、背後で慌しい足音がして、声が聞こえた。
 すっかり冷え切って、強張ってしまった左腕に、熱を送り込むように左手を握ったり開いたりしながら、振り返る。

 今度は……、俺が――俺の意思で――"境界線"を踏み越える番だ。









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