第一部
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ボクの住んでいるアパートの隣には、もう誰も住んでいないボロボロのお屋敷がある。
ボクらはみんな、そのお屋敷のことを『幽霊屋敷』と呼んでいる。
今年の夏は、クラスの友達と五人で探検に行ったけど、びっくりするほど積もったホコリとノラネコが一匹いるだけで、幽霊は出てこなかった。もしかしたら、ボクが持ってた十字架のおかげかもしれない。
この十字架は、ボクがイトコのお姉ちゃんからもらったものだ。
銀色で、赤い小さな宝石がついている。とてもキレイだったけど、今じゃ、少しだけ銀色のところが剥げ落ちて、宝石にも傷がついてしまって、なんだかみっともない。
この十字架が効いたのかどうかはよくわからないけど、とにかく、今年の夏、幽霊は出てこなかった。
ところが、今年の秋、そのお屋敷で騒ぎがあった。
学校からの帰りに見たら、人だかりがあって、オマワリさんが何人かいた。
あとで聞いたら、そこで自殺した人がいたらしい。首を吊ったんだそうだ。
それ以来、本当にそこは『幽霊屋敷』になってしまった。
首を吊った女の人が、夜中にうろうろしているとか(首を吊っているのに、どうやって歩き回るんだろう?)、窓辺で本を読む老人(きっと前に住んでいた人なんだろう)が見えるとか。
クラスの友達も、さすがにもう行く気はなくなったみたいだった。
ボクも、さすがに行く気はもうなかった。
ところがある日、クラスの友達が変な噂を持ってきた。
「おい、ユースケ。幽霊屋敷に、誰かいるぜ」
ボクはびっくりした。
「ウソだ。ボク、そんなの見てないよ」
「ほんとか? お前んち、隣だろ。見てないはずないじゃん」
ケータ(そいつの名前だ)は、なんとなく嬉しそうにそう言った。ケータはボクの友達で、夏に『幽霊屋敷』を探検した仲間だ。
ケータが嬉しそうなワケはすぐにわかった。ボクが知らない話を知っているからだ。だからボクは少しふてくされた。
「でも、ほんとに見てないよ。ほんとにいるの?」
ケータはうなずいた。
「サトミが見たんだって」
サトミも『幽霊屋敷』を探検した仲間の一人だ。
ボクはサトミの席を振りかえった。サトミは席にいなかった。そう言えば、サトミはおとといから、風邪で休んでいる。
「ふぅん……」
ボクは首をひねった。ボクは幽霊屋敷にいる誰かなんか、見たことはない。
「サトミの話だと、髪の毛の長ーい、黒ずくめの男なんだって。屋敷見てたかと思ったら、そのまんま中に入ってっちゃったんだって。むちゃくちゃ怪しいよな」
ケータはしかめっつらをした。きっとケータは、その『怪しい男』を思い浮かべているんだろう。
「たまたま通りかかっただけかもしんないじゃん。サトミはおおげさだもん」
見ていないボクとしては、そう言うしかなかった。いるんだとしたら、ボクが見ていないっていうのは、おかしい。
でも、ケータは首を振った。
「違うよ。別の日にヒロシがさ、サトミと一緒に行ったんだ。やっぱりいたってよ」
ヒロシも『幽霊屋敷』探検の仲間で、昨日からやっぱり風邪で休んでいる。
「ふたりとも、風邪かぁ」
ボクは少し残念だった。直接話を聞いたら、少しは面白かっただろうに。
「そうだよ、ふたりとも風邪なんだ。余計ヘンじゃん」
それから、ケータはわざとらしく小声になった。
「……かも」
ケータがなんて言ったのか、小声のせいで、ちっとも聞こえない。ボクは文句を言った。
「聞こえないよ」
「だからぁ」
ケータはむきになったように、ボクの耳元に顔を近づけて言った。
「……きっと呪いとか掛けられたんだよ、その男にさ」
呪い?
「なんで」
ボクは目をぱちくりさせて、ケータの顔を見た。
ケータはもっともらしくうなずいて、言った。
「そりゃ、見ちゃったからだよ。きっと、その男、何かあそこでやってるんだ。もしかしたら、この前首吊りが出たのだって、ソイツのせいかもしれないじゃん」
「まさか。そんなのあるわけないよ」
ボクは笑いながら、それでも、そんな呪いにはあの十字架が効くんだろうか、とぼんやり考えていた。
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