第五部
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足音はどんどん近づいてきた。そして、ボクが飛び込んだドアの前で、ぴたりと立ち止まった。
「おい、ボウズ」
ボクはびくりとした。
「そこに隠れてるのは、判ってるんだ。もう暗くなるから、早く帰ったほうがいいよ」
言葉だけなら、親切そうだった。ボクは音を立てないように注意しながら立ちあがった。
「ボウズ、出ておいで。こんな所にいて、ケガでもしたらつまらないだろ?」
ボクは、男のいる方じゃなく、廊下へ出る方のドアに近づいた。
「怒らないから、早く出てくるんだ」
男の声に、かすかにいらだちが混じったのが判った。やっぱり、怒っている。
ボクはゆっくり、ゆっくり、音を立てないように、廊下に出るドアのノブを回した。
逃げなくちゃ。きっとボクも殺されちゃう。
「ボウズ、いいかげんにしないと……」
男のいる方のドアノブががちゃりと耳障りな音を立てた。
が、開かなかった。
「ボウズ、カギを開けなって。悪いこと言わないから」
カギなんか、掛けた覚えはなかった。神様が、掛けてくれたのだろうか?
男はやさしげな口調とは裏腹に、ドアノブをがちゃがちゃ言わせてドアを揺さぶった。
ボクはこっそり廊下のドアを開けて逃げ出した。
少し遅れて、男の罵声とドアの蹴破られる音がした。
「こンの、クソガキ!」
ボクは振りかえらなかった。
廊下に飛び出し、右へ曲がってから、下へ下りる階段が左にあったことを思い出した。
でも、引き返すヒマはない。
ボクはわき目もふらずに走った。
「ガキ! そっちはアカンで!」
男が言葉遣いをがらりと変えて怒鳴った。
本性が出た。
ボクは無視して走った。こっちがダメでも、戻れば捕まる。手近のドアを開けて中に飛び
込み、積み上げてあったゴミを蹴り倒して、反対側のドアから飛び出す。
「うぷ」
男は巻き上げられたホコリにむせたようだった。
「ま、待たんかい!」
もちろん、待つつもりなんかなかった。ボクは力いっぱいドアを閉めると、そのまま走りつ
づけた。
がたがたと、ゴミを蹴散らす音が聞こえる。ボクはちょっとだけ立ち止まって、あたりを見
回した。もう暗くなり始めている。ドアが二枚ある。どっちに行けばいいんだろう?
それとは別の、今来た方向のドアが、勢いよく開いた。
「……ボウズ、悪いこと言わんから、こっちに来い」
振りかえると、昨日見た、長い髪の黒いコートを来た男が立っていた。薄暗いので、や
けに白い顔しかはっきりと見えない。
まるで、死神みたいだ。
ボクは思わずあとずさった。
「言うことを聞け。そっちに行くんじゃない」
黒いコートの男は、そう言いながらゆっくりと一歩前へ出た。
怖かった。
ボクは震えながら、首にかけた十字架を掴んで、もう一歩あとずさった。
男は、ボクの十字架に気付いたようだった。男は突然ふざけたような口調で言った。
「ボウズ、そんなの必要ないって。何もしないから。わいは幽霊やないし」
男は愛想笑いを浮かべた。
ボクもつられたように、笑った。ひきつっているのが、自分でもよく分かった。
「判ったんなら、こっち来い」
男は、見るからにほっとしたようにそう言って、手招きをした。
ボクはその隙に、手近のドアに飛び込んだ。
「やめぃ! そっちは……!」
男の慌てたような声を、ドアでさえぎり、ボクは目の前にあるものを見て、びっくりした。
ボクの目の前に、天井からぶら下がるもの。
それは、首にロープを巻きつけた、女の人だった。
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