第六部
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 女の人の首吊り死体だ。
 青白い顔をして目を閉じ、うなだれている。真っ白なブラウスを着ていて、茶色い長いス カートをはいていた。顔と同じに真っ白い二本の足が、床から30センチぐらい浮いている。
 ボクは目をこすった。
 でも、それはそこにあった。
 あの黒いコートの男が、隠していたのは、これなんだ。あの男は、この幽霊屋敷でこん なことをしていたんだ。
「う、わ……あああぁぁぁっっ!!」
 ボクは叫んであとずさり、ドアにぶつかった。そのドアの向こうから、あの黒いコートを着 た男が近づいてきていることなんか、ボクはすっかり忘れていた。
 ボクは慌てて後ろのドアを手探りすると、ノブをひねった。
 振りかえってドアを開き、廊下に飛び出そうとして、誰かにぶつかった。ぶつかったひょう しにボクはしりもちをついた。鼻も痛い。
 涙が出そうな目で見上げると、それは黒いコートの男だった。
 男は、険しい顔でボクの顔をちらりと見た。ボクはすくみ上がった。絶体絶命だ。
 そんな時、後ろから声が聞こえた。
「どうして、逃げるの……?」
 女の人の声だった。
 首吊りの女の人が、喋った?
 ボクは震えながら、振りかえった。
 ありえないことだと分かっているのに、ボクは首吊り死体の顔を見た。
 だけど、ボクの予想は完全に裏切られた。女の人の目が開いて、ボクを見ていた。
「せっかく、来てくれたのに……」
 女の人は、ボクの目の前で口を動かしてそう言って、にいっと笑った。
 ボクはしりもちをついたまま、起きあがれずに、黒い男とも首吊りの女の人とも離れた部 屋の隅の方に、じたばたと逃げ込んだ。両手で十字架を握り締めて、一生懸命お祈りを する。
 男は、そんなボクの様子を目の端で見ていた。そして、女の人に向かって言った。
「せっかく来てくれた? 冷たい女やなぁ、わいなんか毎晩来とるんやで。それが、ちっと も会うてくれへんやないか」
「あんたは嫌い。あんたは、私を追い返そうとしてる。私はここにいたいのに」
「しゃあないやろ。あんたはここにいるべきやない。自分で帰るんなら、わいはなんもせえ へん。痛い思いもせんで済む」
「いや」
 一体、この人たち(いや、片方は人間じゃないけど)は、なんの話をしてるんだろう?
 ボクは、その二人が話をしている間に、そろそろと立ちあがった。壁に張りつくようにし て、二人の気を引かないように、そうっとドアへ向かう。
「私は、寂しいの。あんたは一緒にいてくれないんでしょ」
「そうやな。あんたと一緒におったら、メシ食う暇もあらへんで、腹が減る」
 二人の会話は続いている。そうしながら、男はじりじりと首吊りの女の人に近づいていた。
 男の人は、まだボクが逃げようとしていることに気付いていない。
 チャンスだ。
 ボクは一気に走り出した。
 だけど、ドアに飛びつこうとしたボクは、その瞬間に何かにつまづいて、スッ転んだ。
「どこいくの……」
 首を吊った女の人の声が、やさしく尋ねた。ボクはドアにかじりつこうとして、ドアが遠ざ かることに気がついた。いや、違った。ボクの足が何かに引っ張られているんだ。
「ガキに手ェ出すんやない!」
 黒いコートの男の人が、怒鳴った。
 ボクはしがみ付くもののない床の上で、かすかなでっぱりにしがみ付こうとしながら、足 を見た。
 一本のロープが、ボクの右足に絡まっていた。
 そのロープを目で辿っていくと、首吊りの女の人に行きついた。女の人の首に巻きつい たロープの端っこが伸びて、ボクの足を捕まえているんだ。



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