第七部
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ボクの足に絡みついたロープは、ボクがどんなに引っ張り返してもほどけなかった。それ
どころか、ボクをどんどん首吊りの女の人の所へ引っ張っていく。
「うわぁ、助けてぇ」
ボクは思わず、そこにいた黒いコートの男に叫んでしまった。
幽霊屋敷の怪しい男。呪いの主。
でも、もしかしたら、違うのかも。誰でもいいや、助けて!
ボクの様子を見た、首を吊った女の人は、にっと笑って口を動かした。
「逃げないで……」
「ガキに手ェ出すんやない、ちゅーとるやろが!」
黒いコートの男は、もう一度怒鳴って、ボクと首吊りの女の人の間に割って入った。する
と、ボクの足を引っ張るのが止まった。けれど、まだロープが絡まったままだ。見ると、黒
ずくめの男が、ボクの足を引っ張るロープを途中で踏んづけていた。
首を吊った女の人は、ゆらゆら揺れながら、怒ったようだった。
「だって、あんたは嫌いだもの。その子なら、一緒にいて楽しいと思うわ。邪魔しないで」
「……こンの、ショタコン幽霊! ごたごた言わんと、さっさと去ね!」
黒ずくめの男がそう怒鳴った。とたんに、ごうっと音がして風が吹いた。ボクの足を捕ま
えていたロープが、ばらばらにちぎれ飛んだ。
男が着ていた黒いコートが風にあおられてボクの視界を塞いだ。その向こうで女の人が
金切り声を上げるのが聞こえた。
「何する気!」
「何やっとんのや、ボウズ! はよ、逃げんか!」
男の声が、ボクを叱り飛ばした。ボクは後ろのドアノブに飛びついて、大慌てで部屋の外
に転がり出た。強い風がボクの背中を押し、ボクはつんのめって、膝をすりむいた。
「ゆ、許さないぃィィィッ!!」
女の人の絶叫が聞こえた。けれど、それはボクとおんなじに風に押されたドアがバタン
と勢いよく閉まって、聞こえなくなった。
ボクは思わず振りかえった。
何の変哲もない、その木のドアの向こうで、首吊りの女の人の幽霊と、黒ずくめの男の
人が戦っている。
けど、なんの物音もしない。
でも、開けて確かめる気もしない。
よく、耳を済ませると、がたがたとウルサイ物音がした。
「?」
でも、やっぱりヘンだった。ずいぶん奥の方で聞こえる。このドアの向こうじゃないみたい
だ。
ボクは辺りを見まわして、びっくりした。
ボクは、幽霊屋敷の玄関前にいた。
ボクは、訳がわからなかった。
さっきの部屋は二階の、しかも階段から遠い、奥の部屋だったのに。
ボクはもう一度耳を澄ませた。
ガタガタ言う音は、そう思えば、二階の方から聞こえてくる。
ボクはおそるおそる、玄関のドアに手を伸ばした。ノブを握ったまま、耳を押し当てて、中
の音を聞く。
何の音も聞こえない。
いや、そういう訳じゃない。まだ、二階の方では物音が続いている。
でも、このドアの向こうは、シンと静まり返ったままだ。
ボクはおっかなびっくり、ノブを引っ張って、そのドアを開けた。
中は暗かった。けれど、そこが、この幽霊屋敷の玄関に間違い無いことだけは、かろうじ
て分かった。
ドアを開けると、二階の物音がさっきよりはっきりと聞こえた。
一際大きな、どすん、という音がして、上の方からぱらぱらと砂みたいなものが落ちてき
た。
ボクは思わず立ちすくんだ。
続けて、黒板を爪で引っかいたときみたいな、すごく気持ち悪い、声だか音だかわから
ない音が、細く聞こえた。
その音がぷつりと途切れると、それっきり、幽霊屋敷は静かになった。
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