第八部
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ボクは幽霊屋敷の玄関に立ったまま、どうしようか考えていた。
怖くないわけじゃない。けれど……。
もう音がしない、ということは、もう幽霊はどっかにいってしまったんじゃないだろうか。
それに、死んじゃったミケをあのまま放っておくわけにもいかない。
奥の部屋に行かなければ、大丈夫だ。
ボクは自分にそう言い聞かせて、もう一度幽霊屋敷の中に足を踏み入れた。
ネコのミケは、さっきと同じ部屋で、やっぱり死んでいた。
ボクはミケを抱え上げると、その部屋を出た。
「なんや、ボウズ。まだいたんか」
部屋を出た瞬間、男の声がして、ボクはびっくりして、立ち止まった。右の廊下の奥に、
なんだかとっても疲れたような、さっきの黒いコートを着た男が立っていた。
「はよ、帰れ。もう真っ暗やで」
男の人はそう言って、ボクの方へと歩き始めた。ボクは思わず壁ぎわによって、男の人
から体を遠ざけた。
男の人は、ボクのそばで立ち止まり、ボクが抱えたミケに気付くと、ふと表情を変えた。
「そのネコ……、ボウズのか」
ボクは黙ったままうなずいた。本当は違うけど。
「そうか……。えらい、かわいそうなコトしたなぁ。あン幽霊女、寂しがりでな。ソイツ、連れ
てきおったみたいや。間に合わのうて、堪忍な、ボウズ」
男の人はそう言って、ボクの前で腰をかがめて、ボクの顔を覗きこんだ。
ボクは、思わず訊いた。
「おじさん。おじさんは、あの首吊りの女の人を、退治しにきたの?」
すると、黒ずくめの男の人は、ちょっとヘンな顔つきをした。
「おじさん……。わいはそんなトシやないで。ま、ええか」
男の人は鼻の脇を人差し指で掻いた。
「そうや、幽霊退治にきたんやで」
「そうだったんだ……。ボク、てっきり、あの、その」
「なんや、悪者にでも見えたんか?」
男の人は苦笑いを浮かべた。ボクは恥ずかしくて、下を向いた。
「しゃあないな。こげな真っ黒ずくめ、怪しいんは自分でもよう分かっとるんやけどなぁ。ほ
ら、幽霊退治やさかい、ちっとは雰囲気っちゅーもんが必要なんや」
男の人は、ボクを安心させるように、二度三度頭をなでた。なんだか、ボクは安心した。
「あの……。助けてくれて、ありがとう」
ボクがお礼を言うと、男の人は少し照れたみたいだった。
「礼なんかええねん。それより、はよ帰り。あ、それから」
男の人は、笑って片目をつぶった。
「今日んコトは、秘密やで」
ボクはうなずいた。でもどうしても聞いておきたいことがあった。この人なら、分かるかも
しれない。
「あのさ、おじさん。二階の幽霊の部屋から出たら、玄関だったんだけど、どうして?」
「へ? あ、ああ、まあ、それは……」
突然、その男の人はしどろもどろになった。
「えーとな、そや、手品や、手品」
「手品ぁ?」
「テレビで見るやろ、こっちから入った、思うたら、あっちから出てきた、ゆうのが」
確かに、そういった手品はテレビで見たことがある。けど……。
「ああいうのって、全部しかけがあるって」
ボクがそう言うと、男の人はおおげさなため息をついて、目を天井に向けた。
「……マセたガキやなぁ、もう。人様が言ったコトは素直に聞くもんやで」
「でも、ヘンだし」
ボクは口を尖らせた。
男の人は、突然、ボクの頭をぐりぐりとなでまわしはじめた。
「わ、やめてよ。め、目が回っちゃうよ、おじさん!」
「ええか、ボウズ! そういった細かいことは、全部忘れとけ! あとあと面倒や! ……
ああ、もう! こういうこた、やりとうなかったんやけどなぁ……」
目が回る。頭がふらふらして、目が回って、ボクは……。
昨日、学校から帰ってから、何をやったのか、なんだかよく憶えていない。
どうも夕飯も食べずに、服も着替えずに寝ちゃったらしいんだけど、よくわからない。
ボクの住んでるアパートの前に、いつもいる、ミケという名前のネコが今朝はいなかった。
学校に遅刻しそうになって、家を飛び出すと、どこかで見たような気がする、長い髪の男
の人とぶつかりそうになって、すれ違った。
どこで見たんだろう?
ボクが振りかえると、その男の人も振りかえって、ボクを見ていた。
黒いコートを着た、長い髪の人だった。
ボクは頭を下げて、ぶつかりそうになったことを謝ると、学校に向かって走り出した。
ボクの住んでいるアパートの隣には、もう誰も住んでいないボロボロのお屋敷がある。
ボクらはみんな、そのお屋敷のことを『幽霊屋敷』と呼んでいる。
その幽霊屋敷は、いつもと変わらず、そこにあった。
終
あとがき
この話は、自分らの作ったオリジナルTRPGシステム『ARRS』のサプリメント『MYSTIC PUNK』を
素材に書いています。
昔書いた代物なので、ちょっと自分で気になる所が続出。今後手直しするかもしれません。
『黒いコートの男』の関西弁に、かなりの間違いがある筈です。関西人の皆さん、ごめんなさい。
大阪弁のつもりが、京都やらなんやら混じっているかもしれませんし、用法も違うような?
大阪弁に詳しい……というか、常に使っていらっしゃる方、よろしくご指南の程をお願いいたします。
指南、突っ込み、感想その他お待ちしています。
この『黒コートの男』は、実は私のPCでした。過去系なのは、あまりの強力(強烈)さ加減に、NPCと
することを決定したから。この話ではその強力さ加減はあまり出ていませんがね。
ただ、『ARRS』のシステムでは、この話で彼が行ったように、『詠唱・身振り手振り』を行わずに、奇妙な
術っぽい(或いは超能力っぽい)ことを行うのは非常に難しくなっている、とだけ申し上げておきましょう。
(怒鳴りながらカマイタチ現象を引き起こしたり、子供を玄関先までテレポートさせたり……。無論、祐介の
記憶を消去するのもかなり難しいことなんです)
『ARRS』システムはコピー誌として発売中です……宣伝、宣伝……(笑)
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