第二話
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毛足の長い赤い絨毯と、重厚な造りの木製のデスク、高級感漂うキャビネットに、贅を尽くした内装、本革張の椅子。その部屋の主以外は不安に駆られ、恐縮させられてしまいそうなその空気。
マフィアのオフィスなど、どこも同じようなそんな統一規格で作られている。
その部屋に吊り合うように、その部屋に居る者もまた有名ブランドのスーツに身を堅めねばならない。身の周りには一級品だけを取り揃え、その財と権力を誇示しなければならない。
個人的には、高級ブランド物のスーツよりは、黒のレザーとミラーシェイドに整髪料で逆立てたヘアスタイルで決めるのが好みなのだが、いつまでもそんなストリート時代のファッションをしているようでは、いつ上の方から、組織の一員として相応しくない、と判断されるか判ったものではない。着慣れてみればそう悪いものでもないし、ビジネスの一環と割り切れば少しの不満もありはしなかった。
そうやって誇示された力に、相手は屈服し、へつらい、その力が自分を損なうことがないように、様々な便宜を図り始める。
『それ』が、ナイトイティのストリートのゴミ屑の中で生まれ育ち、今やナイトシティで一、二を争う組織の幹部まで這い上がった男の信条だった。
ちょっとでも隙を見せれば、足元を掬われる。ただでさえ、彼には不利な状況が揃っていた。
まず、彼は有色人種だった。黒い肌に丸みを帯びた風貌。瞳の色は虹彩色素に手を加えているのか、鮮やかな緑色をしていたが、間違いなく彼は黒人だった。人類平等などと謳った時期も昔はあったらしいが、人種差別はしっかりと根付いている。次に、属する組織はアジア圏、しかも同族意識の強いチャイナ系だった。アメリカ人の彼が頭角を現す為には、部外者として誰よりも組織に益をもたらさなければならなかったし、部外者への偏見をも乗り越える必要があった。
勿論、成功ばかりの道ではない。仕事にしくじり、全てを失い、ストリートに放り出された時期もあった。そこから再び同じ高みに這い登る為には、並大抵の努力では足りはしない。
が、彼はそれをやってのけた。ナイトシティ流のアメリカン・ドリームというヤツだ。
このナイトシティで、『マスクラット』という彼の通り名を知らない者はいない。
路地のチンピラに至るまで、関わりを持った者には何かと便宜を図ってやる彼に、恩義を感じている者も多い。
「困っている時はお互い様さ」、と彼は言い、いつも笑う。しかし、その彼を穏健派と嘗めてかかれば、手痛いしっぺ返しを食らうことだろう。同じ組織の別幹部のしくじりを足がかりに、その男が築いた組織を根こそぎ横取りしたことだってある。横取りされた男は、今頃臍を噛んで悔しがっていることだろう。――無論、あの世で。
数少ない成功者の彼を妬み、ストリート出身の上に身体の小柄な彼のことを、ハンドルネームに引っ掛けてドブネズミ呼ばわりする者もいる。そう言うとき、彼は緑色の目を細めて笑い、こう応えるのだ。
「ああ、そうとも。だが、ネズミってのはしぶとい生き物でな。どこにでも居るんだよ。……せいぜい、お前の弱みが嗅ぎ付けられないように、祈っておくんだな」、と。
ナイトシティでは定番となったニッポンの高級ブランドスーツ一式で身を飾り、革の椅子に背を預けながら、今や身に染み付いた余裕を示すゆったりとした仕草で、マスクラットは言った。
「業績不振だな? よもや、その原因が判らないようなクズじゃ、ないだろうな? ……判ったら、さっさと片付けろ」
言葉に含まれたあからさまな脅迫に内心震え上がりながら退室する部下を見送りもせず、彼は微かに不機嫌そうな表情で頬杖をついた。
「業績悪化の原因は、新参者の無許可参入ですわね」
傍らに立っていた冷たい眼差しの女秘書がそう言った。グラマラスな身体つきの金髪の美人だった。マスクラットは思い出したように手を伸ばし、秘書のスーツの下、くびれた腰に手を這わせてゆっくりと撫で回しながら薄い笑みを浮かべた。
「そいつを、あいつが何とかできなきゃ、切るだけさ。這い上がりたい奴ァ、幾らでもいる。そうだろう?」
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