第三話
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 NCPD。
 ナイトシティ市警察署のことだ。
 NCPDは、ナイトシティの治安を守る唯一の公的治安組織であるが、その実態は汚職だらけで警察機構と言っても名前だけ、というのが実情である。この街で権力を握る巨大企業はみな、自前の警備組織を持っているし、自分の身は自分で守るのがこの街の流儀なのだから、この現状に困る者はあまりいないのかもしれない。
 だから、NCPDの存在価値は、サイコ部隊と呼ばれる特殊部隊の存在にあると言っても過言ではない。
 技術の進歩に伴って、人体の一部を人工物に取り替えるサイバネティクス医療技術は、弱った肉体の補助のみならず、元来の身体能力を飛躍的に引き伸ばすためにも用いられるようになっていた。既にあたりまえのものとなったその技術の氾濫は、筋力増強や武器の埋め込みなどのサイバー化による凶悪犯罪の増加を助長し、それに伴う精神障害をも誘発した。
 サイバーサイコシス。
 身体への人工物の過剰な埋め込み、或いは交換によって、精神の均衡を著しく崩し、社会不適合を起こす、この時代に相応しい新しい病である。主に、人間性を欠き、有機体よりも無機物を信頼するようになり、大概の患者は破壊衝動に従って無差別の暴力行動に走る。
 サイバー化により強化された身体を持ち、狂気に侵された心を持つ彼らには、警察バッジなど見せても通じなければ、鎮圧用の火器が効くわけもなく、また生半可な銃撃などで怯みはしない。中には死んだことにすら気付かないで暴れ続ける者もいる、とまで言われている。
 この現代の災厄たるサイコシス共を狩るために組織されたのが、NCPD C-SWAT、通称サイコ部隊である。
 彼らは凶悪なサイバーサイコに対抗し得るだけの強力な武装に身を堅め、それでも足りずに己の身体をサイバー化によって強化する。この点、狩る側と狩られる側には、明瞭な区分はない。C-SWATに所属する者はみな、半分サイコシスに陥っている、というのが噂であり、また真実でもあった。
「ポート・エリア245で、C104発生です」
 通報の連絡を受けた新任オペレーターのホワイトが、NCPD C-SWATを率いる本部長を振り返り、そう報告すると、召集用の無線に向かって抑揚の無い指令を下している男がいた。
 ウェーブの掛かった長い金髪に碧色の瞳。東欧系の彫りの深い顔立ちは、こんな職場でさえなければモデルとしても十分通用しそうなほど整っている。この男が、NCPD C-SWATを統括し、有事の際には自ら凶悪なサイバーサイコシスと立ち向かうだけの力量を兼ね備えた人物であった。
 サイバーサイコを狩り、市民の安全を守ることを、まるで使命のように受け止めている彼は、非常識なほど仕事熱心で、本部の自席にいない時には市内のパトロールをしていると言われている。自宅に帰ったところを見た者はNCPDには誰一人としていない、と噂されているが、事の真偽は定かではない。
 彼は通達したチームからの返事を聞くや、本部長はそのまま席には戻らずC-SWATの隊員控え室へと足を向けた。ホワイトはその姿を見て、半ば呆れながら思わずその背に声を掛けた。ナイトシティのサイコ部隊全てを統括する立場の人間が現場に出なければならない程の事件ではない。
「本部長が、現場指揮を執られるんですか?」
「サイコがいるところが、私の職場だ」
 本部長は感情の無い碧色の目でホワイトを振り返り、同じような抑揚の無い声で応えた。およそ人間味と言うものが欠落している。まるで、人の形をした別の何か。
 過度のサイバー化を施した者は、総じてこういう目をしている。それはサイコ狩り部隊に籍を置く限り、決して避けられない道だ。彼らは、人間的な感情に乏しくなると同時に、そういったものを理解することすらできなくなっていく。
 NCPDに入って間もないホワイトは、巷で囁かれている本部長の通り名の訳を垣間見たような気がして思わず唾を飲んだ。
『ルナティック』、即ち『気違い』、と。



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