第五話
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「……ええ、ありがとう。今届いたわ」
セルラーホンを肩で押さえながら、ドリィは両手でボール紙でできた小さな白い箱を作業台の上に置いた。灰色がかった青い瞳には勝ち誇ったような笑みが潜んでいる。
「ほんとにありがとう、助かったわ。……どうしても欲しいって、お客さんがいてね。ほんとに困っちゃうわよ。……そう、ウチの商品でもないのに、欲しがるんだもの」
彼女は右手でセルラーホンを持ち直し、左手の爪の赤いマニキュアを確かめながら話し続けた。今朝塗ったばかりだと言うのに、親指の先が少し剥げている。ドリィはちょっと不機嫌になった。
「……そうそう。今度ご馳走するわよ、お礼も兼ねて」
ドリィは心にも思っていない台詞で感謝の気持ちを表すと、セルラーホンを切り、そのままベッドの上へ投げ出した。セルラーホンは乱れたシーツの中に埋もれて見えなくなり、彼女はチェシャ猫のような笑いを浮かべて作業台の上の小さな箱を振り返った。
「見つけたわよ」
最近売り出しを始めたドラッグはないか、そしてそれがナイトシティのダウンタウンの近くで売られているかどうか、を確かめるために、当てになりそうなところに片っ端から連絡を入れたドリィは、翌日の夕方にはその現物を手に入れていた。
ドリィは深紅の唇を吊り上げて笑い、白いボール紙の箱の中から、白い指先でその青いアンプルを摘み上げた。真っ青なそのアンプルには、飾り気のない白いラベルが貼り付けられており、緑色のトウガラシの絵がプリントされている。
彼女は思わず鼻で笑った。
「青トウガラシ? ホットにブッ飛べるって意味? センス無いわね」
相変わらず白衣の下に白い素肌の見える煽情的な格好のまま、彼女は工作台の上に横たわっているスクラップの数々を無造作に払いのけた。派手な音を立てて床に散らばる鉄屑には目もくれず、彼女は床の上に倒れていた成分分析機を拾い上げると大事そうに作業台の上に置き、鼻歌混じりにアンプルの中身をセットした。
成分が判れば、そのドラッグをデザインした者のクセが判る。クセが判れば、そいつが知ったヤツかそうでないかが判る。知ったヤツなら、今から爪を研ぐ。知らないヤツなら、そいつが誰かを追求する。
やられたらやり返すのが、この街の流儀だ。しかし、ただ闇雲に殴り返すだけでは、やられるのはこっちの方。やる時は慎重に、入念に、そして徹底的に、がドリィの信条だ。
回りくどいやり方かもしれないが、他人の手を借りれば、自分が『連中』を探していることが何処からか漏れる。そいつらがどんな連中なのか、手がかりもない今は皆目見当もつかないが、こっちの尻尾を掴まれるのはご免だった。
伊達に、この退廃した街で、女一人で暮らしている訳ではない。
ドリィはまるで、ネズミを追い詰める猫のような表情で、成分分析機から吐き出されるデータに目を走らせた。データが吐き出されるに従って、彼女の顔から表情が消え、眉間に皺が刻まれて行く。
一見意味不明な数式と記号の羅列は、今セットした青いアンプルの成分を表している。充分に知識のある者が見れば、その効果を推測するのも容易い。勿論、ドリィとてその一人だった。
そのドラッグのデザインに見覚えはなかったが、その成分は彼女の感情を逆撫でするに充分な内容だった。身も知らぬそのドラッグ・デザイナーに、彼女は激しい怒りを覚えた。
「……いい度胸してるじゃない」
ドリィは不吉な声で呟き、拳を鋼鉄の作業台に叩きつけた。
吐き出されたデータが示していたのは、ライバルの商品が、ドリィのそれと似た快楽を得られる、という全く気に入らない事実だった。
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