第六話
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真四角の錆鉄の塊のようなその店は、荒みきったダウンタウンに似つかわしく、無骨な防弾シャッターやあからさまな警備装置、威圧的な警告文で守られており、弾痕や落書きで装飾されていた。
「まるでハリネズミだな、ええ?」
ハッピートリガーは微かに呟き、面白くもないのに口元を歪めて笑った。その店の主の、何が何でも身を守ろうとするその姿勢は、この街では理解できないものではなかったが、ここまで防壁を張り巡らせるのは彼の好みではなかった。これではちょっと浅まし過ぎる。
もっとも、彼の好みであろうが無かろうが、この店の主に用事があることには変わりはない。彼はパーカーのポケットに両手を突っ込んで、店の入り口らしき扉へ近付いて行った。監視カメラの視線を痛いほど感じながら、ハッピートリガーは左のポケットの中に潜ませた小さなアンプルを握り締めた。
友の命を奪った、危険な薬を。友が薬をよく買いに行っていたらしいのが、この店だと言う。
錆びた金網に囲まれた店までの、まるで空き地のような敷地には、廃車や朽ちたコンテナが無造作に散乱している。その中に、看板と思われる鉄の板が吊り下げてあり、ペンキの書き殴りのような字で『修理引き受けます』と書かれていた。
「……おいおい、なんでぇ、同業者か」
ハッピートリガーは吐き捨てるように呟いた。ノーマッドの集団の中で、彼はガンとバイクの修理屋を務めていたのだ。
傷と錆だらけの鉄の扉の取っ手には、『OPEN』の札が鎖でぶら下がっていた。彼は薄汚れた手袋をはめた右手を伸ばし、取っ手を掴んで力任せに引き開けた。
中はまるでスクラップ置き場のような有様だった。床に散乱した鉄の削り屑や、真新しい銀色のパイプ。鉛のインゴットが積まれている上には、何かの情報誌の束。四隅に立てかけられた鉄屑は、インテリアなのかスクラップなのか判断し難い。
とても店とは思えないその店の真中で、白い影が立ち上がってハッピートリガーに向き直った。
「初めて見る顔ね。何の用?」
ハッピートリガーは声の主に目をやった。そこに立っているのは、金髪をショートカットにした、白衣姿の幾分化粧の濃い女だった。前を開けっ放しの白衣の下には、艶かしい裸体が見え隠れしている。ハッピートリガーはその姿に一瞬目を奪われて、慌てて目を逸らし、やはり両手をポケットに突っ込んだ姿勢に戻るや、むっつりとした口調で言った。
「着替え中なら、店を開けとくんじゃねぇよ」
「着替え中? これがアタシのスタイルなの。……で、何の用? 銃? 車でも壊れた? ヤク? それとも女でも買いにきた? ……そんなワケないわね。そのつもりなら、そこで目を逸らす筈ないもの」
ドリィはそう言って、自分の身体を誇示するように腰に手を当てた。ハッピートリガーはドリィの声に何ら羞恥心のない事を感じて視線を元に戻した。こうやって改めて見てみると、ドリィの肢体は不自然な光沢を纏っている。どうやら、シースルー素材のぴったりしたスーツでも着ているらしい。よく見れば、陰部や胸部などのきわどい部分は白やブルーのペイントで覆い隠されていた。
「なるほどね。綺麗な身体だ、うん」
ハッピートリガーの世辞に、ドリィは薄い氷のような笑みを浮かべて微笑んだ。世辞が世辞だとと充分判っている女の嫌味な微笑み。
「ありがとう」
微笑むドリィに、ハッピートリガーは同じような鋭い笑みを浮かべて右ポケットから拳銃を引き出してドリィへ向けた。
銃口が微かに振れて、作業台の上に出しっぱなしの青いアンプルを指す。
「あんたのその、青い薬に用がある。話を聞かせてもらおうか。OK?」
そう言うハッピートリガーの顔には先ほどまでの笑みはもう無く、下手な真似でもしようものなら、即撃ち殺すとでも言いたげな殺気に満ち溢れていた。
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