第七話
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 余裕がある訳ではないが、怯えても何も生まれはしない。できる限り平静を装った声で、彼女は言った。
「青い薬? これはアタシの商品じゃあないわ。こう言って信じてくれるかしら」
 少し強張ってはいたが、概ね満足のいく口調だった。しかし、ハッピートリガーの敵意は消えなかった。
「あんたの店によく来てた筈の俺のダチが、その青いアンプルを使って、イッちまってな。サイコ野郎と間違われてぶっ殺された」
 歯軋りの奥から唸るように、彼は言った。ドリィはぴくりと片眉を動かした。
「それはご愁傷様。今ここにあるアンプルの中身は、安物のスマッシュと大差ない代物よ。サイコシスと間違われるぐらいにキッついコンバットドラッグなんかじゃないわ。『青い』ってだけで違う薬と間違えてんじゃないの?」
 彼女は平然と取り繕った口調で吐き捨てるように言ったが、その目はトリガーハッピーの突きつけた銃と、彼の気配に注がれていた。
『スマッシュ』とは、ごくありふれたドラッグの一つで、安価で強烈な昂揚感と幸福感をもたらしてくれるものだ。無論、ドリィが調合して捌いていたのも、この『スマッシュ』に似たドラッグである。どんなに気分が昂揚したとしても、銃を乱射するような事はあるかもしれないが、サイコシスに類似した症状までは出る筈がない。そんな症状が出るとすれば、戦意高揚剤などを始めとするコンバットドラッグ以外有り得なかった。
 コンバットドラッグには、反射神経に作用して驚異的な身体能力を得られるものから、痛覚を麻痺させて戦意喪失を 防ぐものまで、様々なものがある。その大半が身体を蝕みボロボロに変えていくが、愛用者は多い。ドリィも、頼まれてオーダーメイドのコンバットドラッグの調合を手掛けたことがある。その経験からして、たった今調べたばかりの青いアンプルの中身が、ハッピートリガーの言うような症状を誘発するとは考え難い。
 しかし、
「いいや、そいつだ」
 ハッピートリガーはドリィが妙な真似をしないように警戒しながら、左のポケットからアンプルを引き出した。彼の左手にあるアンプルは色も形も、ドリィの作業台の上に転がる空のアンプルと酷似していた。緑色のトウガラシが描かれたラベルまでが同じものだ。
「これでもしらばっくれる気か、ええ?」
 ハッピートリガーは苛立ちと嘲りの混じったような口調で吠え、威圧するように一歩前へ足を踏み出した。
「あら、びっくり」
 ドリィは緊迫感の無い声で呟いた。ハッピートリガーの威圧に思わず後ずさりしかけたが、辛うじて踏み止まるだけの意地は残っていたようだった。彼女の声には緊迫感など無かったが、頭の中はフル回転していた。
(どういう事?)
 中身の違うふたつの同じアンプル。たった今自分が調べたデータに間違いがある訳がない。目の前の男が、彼女に難癖を付けるためにアンプルの中身が強烈なコンバットドラッグだと偽っているのだろうか?
 そんな馬鹿なことがある訳が無い。ちょっと調べれば、そんな嘘はすぐにバレる。それに難癖を付けたいのだったら、もっと他に言いようがある筈だ。
 なら、本当にそうなのだろうか?
 とにかく、ドリィの手元にあるアンプルが同じものだと目の前の男は信じていて、信じているからこそ、こうやって怒り狂っている。
(なら、簡単じゃない)
 不意にドリィは不敵な笑いを浮かべてハッピートリガーを見た。
「じゃ、取引しない? その中身、200ドルで調べてあげるわ」



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