第八話
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 ハッピートリガーはドリィの申し出に半ば呆れながら、その豪胆さに半ば感心しながら、強調するように銃を上げた。スペイン訛りの混じったスラングで、彼は威圧感たっぷりに言った。
「自分の置かれてる立場が判ってねぇようだな? え?」
 ドリィは事も無げに肩を竦め、裸身の透けて見える身体を殊更強調するように腰をくねらせながら足を踏み出した。挑むような口調で、ハッピートリガーの持つ銃など見えないかの様に彼の目を真っ直ぐに見据える。
「判ってるわよ。アタシは、ここに転がってるブツとアンタのブツが違うと思ってる。けど、アンタはそう思ってない。アンタのお友達を殺したのが、ここにあるドラッグと同じだと判ったら、アンタは撃つなりなんなりアタシを殺して200ドル取り返せばいいじゃない。それでアンタの気も済むんでしょ。で、もしも中身が違ったら、誤解の迷惑料で200ドル払ったと考えなさいな」
 ドリィはハッピートリガーの突きつけた銃口の前で立ち止まり、右手を差し出した。
「頂戴、それ。調べるわ」
 ハッピートリガーとドリィの目が長々と絡み合った。
 ドリィの灰色がかった青い瞳の奥には、勝利を確信しているような揺ぎ無い光が見え隠れしている。ハッピートリガーは、そのドリィの挑むような眼差しに好感を持つと共に、自分が非常に分の悪い賭けをしている事を確信した。
(こんな感じのする時は、大概大損する前だ。いつかカジノでブラックジャックを決められた時も、そうだった。降りるなら、今のうち、ってヤツか?)
 彼はドリィの目から目を逸らさず、じっとその顔を観察した。気の強そうなその表情。官能的でふくよかな唇。彼の突きつけた銃口に臆してはいないが、決してその恐怖を知らない訳ではない、目の奥に隠された緊張。
(嘘か本当か……。ま、こんな女なら、騙されるのも悪かねぇか)
 彼は微かな溜息混じりの笑いを漏らし、緊張を解いて銃口を上げ、トリガーから指を離した。
「OK。あんたの勝ちだ。……女手ひとつで商売してるだけのことはある。ッたく、肝の太ぇ女だ」
 それは、世辞でも嫌味でもなく、彼の本心からの賛辞の言葉だった。ドリィは鼻で笑いながらも、密かに内心胸を撫で下ろすと、ハッピートリガーの手から青いアンプルを取り上げた。
「この中身が、アンタの言う通りのコンバットドラッグなら……」
 彼女は艶かしい流し目でハッピートリガーの顔を一瞥し、作業台に出しっぱなしの成分分析機の前へ立ち戻った。
「同じアンプルで売られているのに、どんな理由があるのか……、興味はない?」
 全ての事象は何らかの理由があって存在する。このアンプルの場合は、一体どんな理由があるのだろう。何にしても、尋常ではない事には、何らかの臭いが漂う。ドリィの目に、鋭い輝きが戻る。それは正にネズミを追い詰める猫の眼差しだった。
「おう、興味津々だね」
 ハッピートリガーはニヤリと笑ってそう応えた。
 ドリィは彼の台詞を聞いて振り向いた。整った眉を片方跳ね上げ、冷ややかな目でハッピートリガーを見据え、一言だけ彼女は言った。
「200ドル」
 ハッピートリガーは肩を竦めた。
「興味があるのは、あんたもだろう? 俺が払わなくたって、どうせ調べるつもりなんだろ? 俺が払う義理はない」
「……食えない男」
 吐き捨てるようなドリィの言葉に、ハッピートリガーはもう一度肩を竦めた。
「おいおい、それはお互い様、だろう?」



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