第十話
目次へ戻る
NCPD C-SWAT本部長のルナティックは、下らない会議に出席していた。ナイトシティで多発する、ドラッグ中毒による凶悪犯罪への対応云々、というのが本日の議題であるようだったが、そんな事を議論する前にナイトシティからそういったジャンキー共を皆殺しにして一掃した方が手っ取り早いと考えるルナティックにとって、これほど無意味に感じられるものはなかった。
そのルナティックの姿勢は、NCPDはおろかナイトシティで知らない者は無い。普段、彼に発言を求める者などいなかったが、今日の様子はどうも違っていた。過日発生した、凶暴なジャンキーを取り押さえる為にC-SWATに出動が要請されたという一件が、その原因らしかった。確かに、あの一件は通常の警官では手に負えるものではなく、やむなくC-SWATに出動要請が下ったと言うのが実情だった。
(NCPDの上層部が命じたことだからこそ、従ったまで。何故、我々がそんなクズの掃除にまで出張らねばならない?)
彼はどうにも不服だった。
「つまり」
ルナティックはいつも通りの抑揚のない声で前置きし、感情の読めない無機物のような目で、安っぽい会議室を微かに見回した。人間味の欠けたその目に見詰められて、平然としていられる者はNCPDと言えどもあまり居らず、居心地悪そうに身じろぎする者、目を逸らす者、あからさまな嫌悪の表情を浮かべる者、等々、様々な拒絶の反応が返ったが、ルナティックは気にも止めなかった。彼は言った。
「これ以上、警官が死ぬのは困る、と仰りたい訳ですね。だから、代わりに我々C-SWATにゴミ屑共の掃除をしろ、と」
「そんな事は言っていない。この間の様な凶悪犯が出た場合、C-SWATに出動を要請することもある、と言っただけだ」
ルナティックへの反論も、彼にしてみれば空虚な言い訳にしか聞こえなかった。
「成る程、所轄は違えど相互の協力体制を築こうと言う訳ですな。素晴らしい。……では、サイコ共が暴れた時、貴方がたは我々と共に戦っていただけますか。言葉だけの協力など、我々には要りません。連中のぶっ放す銃弾を浴び、足や手をちぎれかけさせかけて戦っているのは、我々だ。同じ場所へ来ることが出来ないのなら、協力などという白々しい言葉を使うのは止めて戴きたい。それに」
彼はまるで、半分眠っているかのように瞼を伏せ、淡々とした口調で続けた。
「我々がジャンキーの始末をしている間、本物のサイコが暴れ出したなら、一体誰がサイコを狩るのです?」
その問いに即座に答えられる者は、この会議室には居なかった。ルナティックの質問が宙に浮いた。
サイバーサイコなどと渡り合えるのは、同じサイバーサイコだけだ。冗談じゃない。
ルナティックを除く全ての出席者の胸の内に、そんな思いが過ぎったのは間違いない。
その一瞬の空白の後、ルナティックは笑った。表情だけが笑っていて、その目も身にまとう雰囲気も笑ってはいない。造り物の笑顔で彼は笑った。『笑う』と言う行為を、心からではなく理屈だけで理解している者の『笑い』。
身体に埋め込んだ強化パーツによって、精神を蝕まれた男の笑いが『それ』だった。
ルナティックは穏やかな口調で言った。
「返事は結構。私は、ただ貴方がたの決定が生ずる可能性のある弊害を述べただけだ。サイバーサイコだろうが、麻薬中毒だろうが、善良なる市民の健全なる生活を脅かす物である事に変わりはない。……喜んで狩らせて戴こう」
そう言い終えると、ルナティックはゆったりとした仕草で椅子から立ち上がった。膨れ上がった上体や異様に太い手足は、全身に埋め込んだ人工筋肉の成せる技だ。首筋には銃火器と視神経を直結するためのリンク・コネクタが見えている。それは正に、サイコ部隊に籍を置く男の姿だった。暴走するサイコシスに追われるように、自らを狂気の瀬戸際まで追い込まざるを得なかった男の姿だった。
彼は同じような緩慢な動きで、会議室の扉へ向かって歩き出した。まだ会議は終わっていないというのに、その彼を止める者は誰一人としていなかった。
「……喜んで狩らせて貰おう。他のサイコ共が暴れ出す前に、綺麗さっぱりとね」
第十一話へ
蔵書室へ戻る
目次へ戻る