第十五話
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 スコープの中で、黒いプロテクターを身に纏った男が、ダンスクラブ『ゴールライン』の扉を礼儀正しく叩いていた。
 ハッピートリガーは咥え煙草で小さく鼻歌を歌いながら、扉の中央あたりに照準を置いて、扉が開くのをじっと待った。抱えているのは手製の対車両用の重ライフルだ。申し訳程度のサイレンサーを取り付けてあるが、それでも派手な銃声が轟くことは間違いない。
 スコープの中では、今扉が開き、中にいた『ゴールライン』の店員とC-SWATの男が問答を始めている。
 ハッピートリガーは咥えていた煙草を床に吐き捨てると、照準を慎重に『ゴールライン』の店員の顔に定め、跳ね返ってくる強烈な反動に備えて身体全体で踏ん張ると、トリガーを引いた。
「ここには、そんなサイコ野郎なんて、居ませんよ。旦那方の手を煩わせるような機械野郎は、こっちから願い下げ……」
 ダンスクラブ『ゴールライン』の店員が卑屈な笑いを浮かべながらそこまで言った時、ルナティックの背後しかも上方でくぐもったような破裂音が轟き、ほぼ同時に卑屈な店員の頭が消し飛んだ。その射線上の床に大穴が穿たれ、爆音のような着弾音が鼓膜を振るわせる。ルナティックの目には、店の奥でその様子を伺っていたブースターギャング『ミラード』のメンバーが、一斉に殺気立ったのがはっきりと見えた。
「狙撃? 罠か?! どうします、隊長?!」
 耳に仕込んだ通信機から隊員の緊迫した声が飛び込んできた。床に大穴の開くような高火力の銃器を持ち出して来た、と言うことは、その対象はおのずと限られてくる。サイバーサイコか、厚いプロテクターによって身を守っている……、そう例えば、C-SWAT隊員。しかし、ルナティックはいつも通りの平静な声で応えた。
「構わん、突入しろ」
 彼は背後の狙撃手に備えて店内に滑り込むと扉を閉め、店の中でめいめいの獲物を引っ張り出して構える『ミラード』の男達に向かって淡々とした口調で言った。
「二度は言わん。三つ数える。武器を捨てて投降しろ」
 その間も彼は肩に掛けていたアサルトライフルを下ろし、セイフティを外している。それを見た『ミラード』の男どもの返事は、ありとあらゆる罵声と鉛弾だった。
 全身を覆ったプロテクターで銃弾を弾き返しつつ、ルナティックはカウントを開始した。
「ひとつ……、ふたつ……」

 ハッピートリガーは、C-SWATの面々が『ゴールライン』に突入するのを見るや、傍らに放り出しておいたザックを掴み、重ライフルをそのまま残して、向かいのビルの一室を飛び出した。どうせあのライフルは、バレルの強度に問題があって、1発撃てれば恩の字な代物なのだ。
 流石は『気違い警官』。思った通りに、作戦を続行してくれた。所詮、あのサイコ警官の歪んだ頭の中では、『ミラード』もゴミ屑のひとつに過ぎない。もののついでのゴミ掃除、と言ったところか。
 彼はにんまりとほくそ笑んで階段を駆け下り、一端立ち止まって息を整えてから『ゴールライン』前の通りへ何食わぬ顔で歩き出した。

「……みっつ」
『ミラード』の男達、総勢十名あまりのぶっ放す銃弾の雨の中、ルナティックは腰を落として身構えると、腰溜めに構えた重アサルトライフルのトリガーを引き絞った。無造作に吐き出される13mmの鉛弾が、無造作に『ミラード』の男達の命に食い込み、刈り取り、薙ぎ倒していく。銃声と悲鳴と呻きと、金臭い血の臭いが『ゴールライン』のダンスフロアを埋める。
 まさに『掃除』と言わんばかりのその『作業』が終わるまで、2分とかからなかった。全身のプロテクターには銃弾がぶつかった跡が刻まれているものの、どれひとつとして貫いたものはない。血みどろの床の上を歩きながら、彼は今無造作に始末したブースターギャングの中に、女の顔が混じっていないことを確認した。無論、中には顔の判別もつかないほどの代物もあるが、身体つきから察するに女が混じっている様子は無い。
 首謀者の『ティア』は、このフロアには居なかったようだ。それを確認した時、耳に仕込んだ無線機から、部下の報告が届いた。
「2階、制圧完了。容疑者及び違法ドラッグは発見できません」
「了解した。後は、あるとすれば奥、か」
 ルナティックはまるで独り言の様に呟き、ダンスフロアの奥に見えるスタッフルームの扉に、目をやった。



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