第十七話
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思わず壁に張り付いたハッピートリガーの目の前に、頭から落ちたC-SWATの隊員が鈍い音を立てて血飛沫を散らす。
どうも、通りを逃げるブースターギャング『ミラード』の連中が、グレネードランチャーでも持ち出したらしい。爆風に巻き込まれでもしたら、プロテクターで身を覆っているC-SWAT隊員は平気かもしれないが、ハッピートリガーは無事では済むまい。
このままでは、怪我をしたティアをみすみす逃がす羽目になりそうだ。
彼が歯噛みをした時、彼の張り付いた壁のすぐ脇に轟音と共に大穴が開いた。薄いとは言えコンクリートの壁をぶち抜き、向かいの建物の壁を深く抉ったその威力からするに、それは先ほどハッピートリガーが狙撃に使用した対物重ライフルと同等の銃器の様だった。
青ざめ凍りついたハッピートリガーの脇に、更に2発分の大穴が開き、最後にその壁を破って姿を現したのは、返り血に塗れた黒いプロテクターに身を固めたルナティックだった。
咄嗟の反応でサブマシンガンの銃口を上げたハッピートリガーと、右手に掴んだ刃渡り40センチほどの血脂で汚れたナイフをハッピートリガーに突きつけたルナティックは、互いの顔を見て同時に半歩下がって警戒を解いた。
「無関係な人間はさっさと帰れ」
ルナティックの台詞にハッピートリガーは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「あのクソアマを仕留める手伝いをしに来たのさ。足を撃って、足止めしてやったんだぜ。感謝して欲しいぐらいだ。あとはあんたが通りを一掃するだけだぜ」
ハッピートリガーが嫌味も込みでそう言って、通りの方へ顎をしゃくると、ルナティックは台詞に含まれた棘になど少しも気付かずに応えた。
「……そうしたいのはやまやまだが、銃が壊れた。少し手間がかかる」
そう言うルナティックの手には重アサルトライフルは無い。黒いプロテクターの腹と右足には貫通した跡があり、フェイスガードは歪んで視界を遮ったのか、開けっ放しになっていた。
「なんだァ? 待ち伏せでもされたのか?」
先ほど店内で轟いたのは、その音であったようだ。しかし、そんな弾を三発も食らって、平然と振舞えるルナティックが化け物なのか、三発も撃ちこむチャンスがありながら仕留め損なった『ミラード』の連中の腕が下手くそなのか。
ハッピートリガーの心の疑問に答えるようにルナティックは言った。
「そういう事だ。全く手間を掛けさせるクズどもだ」
ルナティックはナイフをもう一度握り締め、通りの方へと向き直った。この男は、ナイフ一本で連中に立ち向かうつもりらしい。ハッピートリガーは呆れ顔でその背に声を掛けた。
「待ちな。そこでおっ死んでるお仲間の銃を使ったらどうだ? 意外と頭の回らねぇ男だな」
「C-SWATでは、使用者によるDNAロックを掛けている。当人以外は使えん」
ルナティックは抑揚の無い声でそう返事をした。通りでは、武装した『ミラード』の男達の銃撃がまだ続いている。怪我をしているこの状況で、ナイフ一本で立ち向かうなど、自殺行為だ。
ハッピートリガーはぐしゃぐしゃに頭を潰して死んでいる隊員の傍らからライフルを拾い上げ、じっとその構造を目でで追うと、無造作に壁に叩き付けた。二度、三度とそれを繰り返し、おもむろにライフルを構えて照準を覗き込み調子を見ると、彼はそのライフルをルナティックに向かって放り投げた。
「ほらよ。……但し、射角が2度ばかり右に狂ってるぜ。それから、マガジンの交換は無理だ。歪んじまった」
「それだけ判れば充分だ」
ルナティックはそう言ってアサルトライフルを受け止め、にやりと笑みを浮かべてみせた。
「協力、感謝する。この銃のことも、……最初の狙撃もな」
「気付いてたのか」
ハッピートリガーが半ば戦慄し、半ば呆れてそう言うと、ルナティックは通りのブースターギャング『ミラード』の男どもを指した。
「あんなクズどもに、狙撃などできるものか。それに、我々を狙ったにしては、タイミングがおかしかった。あの狙撃は、我々に突入の口実を与えるためだったと考えるのが妥当だ」
そう言うや、ルナティックは通りへ飛び出して行った。残されたハッピートリガーは、我知らず浮かんでいた額の汗を拭い、通りで始まった阿鼻叫喚の騒動を聞きながらその場にへたり込んだ。
あんな男と関わるのはこれ一回で充分だ。
それがハッピートリガーの偽らざる気持ちだった。
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