最終話
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「……終わったそうだよ、ブルーキャット」
豪奢なレストランのVIPルームで、鴨のローストと共に運ばれてきたメッセージに耳を傾け、マスクラットは向かいに座るドリィに向かってもう一度微笑んだ。
それを聞いたドリィは傾けていた赤ワインのグラスをテーブルに置き、とっておきの笑みを浮かべて立ち上がった。
「そう。じゃあ、失礼するわ」
「待て」
マスクラットは柔らかな笑みを崩さずにそう言ったが、ドリィの返事はネックレスを外す仕草で判りきっていた。
「返すわ、これ。アタシは物で釣れるような女じゃないの。服だけ借りていくわね」
外した金とパールのネックレスをテーブルの上に置き、彼女はマスクラットに背を向けた。
「待て」
マスクラットはもう一度繰り返した。振り返ったドリィの前で、彼は真剣な眼差しでこう言った。
「俺の所に来い。お前みたいに度胸のある女は、好きだ。世渡りも、商売も、お前ならやっていける。俺の所に、空席がひとつある。……どうだ、やってみる気はないか」
彼の申し出を聞いて、ドリィは初めて会った時のように腕を組んで顎を上げ、見下すようなポーズを取った。
「アタシの通り名をご存知?」
「ブルーキャット、か?」
「そう。猫は何者にも縛られないわ。……それに、猫とネズミは相性が悪いんじゃなくて、ミスター・マスクラット?」
それを聞いたマスクラットは弾けるように笑い出した。
「俺を食う気か? そうか、そうだな。お前の言う通りだ」
彼は笑い声を収め、傍らのボディガードを呼び寄せて耳打ちをした。その男が一礼して下がるのを見届けず、彼はドリィに向かって冷たい微笑みを浮かべた。それは、金と力だけを信じて生きる男の自信に溢れた笑みだった。
「2万ドル、用意させた。有益な情報だった。お前の言い値通りだ。受け取っておけ」
家に帰り着いたドリィを出迎えたのは、廃車の上で寝そべっているハッピートリガーだった。彼はドリィの姿を認めると起き上がり、疲れ切ったような表情で言った。事実、彼は本当に疲れ切っていた。
「終わったぜ。あんたの商売敵のディーラーは、間違いなくあの世に行っちまった」
「『アンタの友達の敵』でしょ? わざわざ教えに来てくれるなんて、意外と義理堅いじゃない」
ドリィはせせら笑うように言って、コートのポケットに突っ込んであった札束を彼に向かって放り投げた。勿論、コートの下にはいつも通りのシースルーのスーツを着ている。
「それとも、それが欲しかった?」
ハッピートリガーは札束を掴んでざっと五千ドルあることを見て取ると、礼も言わずにポケットにねじ込みながら、半ば呆れたような顔で廃車の上から飛び降りた。
「マフィアから金までふんだくったのか。呆れた女だな」
「ビジネスよ。ただの」
ドリィは何でもない風にそう言い、近付いてくるハッピートリガーを待たずに背を向けた。
ハッピートリガーはその女の背中が店の中へと消えるのを見送ってから、ポケットから煙草を出して火を点けた。煙を吸い込み大きく吐き出してから、彼は引きずるような足取りでその女の店に背を向けた。
もう、あんな女と関わるのもこりごりだった。
あれは女狐だ。きっと騙されるに違いない。そしてこの言葉を、あの女は賛辞として受け取るに違いない。
(ま、あんな女なら、騙されるのも悪かねぇ)
彼は紫煙を吸い込み、そして微かな笑みを浮かべた。
ナイトシティを騒がせていた、サイコ紛いのジャンキーどもは一掃され、あの気違い警官はまたいつもの狂った暮らしに戻るのだろう。あの女は、首尾よく商売敵を抹殺し、マフィアの男はちょっとしたいざこざを、自分の手を一切使わず汚さずに治めたことになる。 そして自分の友の死は、五千ドル分の薄汚れた紙幣に生まれ変わった。
主は天にいまし、全て世は事もなし。
ナイトシティの平穏な一日が終わろうとしていた。
終
あとがき
無事、18話終えることができました。
読破して下さった方、お付き合いありがとうございました(笑)。
毎度毎度の事ですが、この物語はTRPG『Cyber Punk 2.0.2.0.』などと言う、かなりマイナーなゲームを素材にしております。
(マイナー……。だって、ネットで検索かけても、ほとんどが『シャドウラン』ばっかで、出てこないんだもん)
で、毎度毎度の事ですが、やはりこの登場人物どもも、ATMのキャラクターでありんす。
しかも四人も(笑)。
ブルーキャット・ドリィ、マスクラット、ルナティック、ハッピートリガー、この四名が一応自キャラであります。(ハッピーに
関しちゃ、作っただけで遊んではいないんですが)
物語中で描かれたような人物なのか、と問われれば、多分その通りでしょう(笑)。『気違い警官』に至っては、かなり
おとなしくまともな人物に描いてしまった気もするぐらい(笑)。「市民の安全」と「法秩序」を守るという行為によって、辛うじて人間性を
保っているサイコシス野郎ですから(笑)。
しかし、この物語。修理屋二人が主人公という、何だか奇妙な話になってしまいました(苦笑)。
戦闘のエキスパートである、ソロ(というクラス)が出てこない物語、と知人に話したら、修理屋が主人公であることも重なって、
変な顔をされました(笑)。
しかし、銃撃戦ってのは、描くのが大変です。
攻撃の軌跡が見えず、行動と結果しか見えませんからね。銃撃戦の恐怖を描くには、まだまだ技量不足の感があります。
サイバーパンクは好きなジャンルなので、もう少し書いてみたいと思っています。
ご意見ご感想などありましたら、是非、意見交換ノートにご記入をお願いします。
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