第一話「泡沫の夢」
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  青い鳥が幸せを運ぶ
  そう信じてるバカがいる
  連中の言葉が本物か、その目で見ろ

  青い鳥も、林檎を貪る
  芽生えるはずのささやかな命
  連中はそうやって奪っていく

  お前の見ている青い鳥は
  本当に幸せを運んでるのか?

 仮設ステージの上から見渡すと、すでに興奮した観客たちの目には、暴力への衝動が見て取れた。
(悪くない。今日はいい調子で進んでいる)
(ここらではちょいと有名になり過ぎて、火が点く前に水を差す連中が来るんだが、今日はいい調子だ)
《問題児》(トラブルメーカー)ブルー・ロータスは、薄い唇を歪めて、お決まりの笑みを作った。
 
 ブルー・ロータスは、ここ三年の間に名の知れ始めたロック歌手で、反権威主義を色濃く漂わせた歌を好んで歌うことで、一部の熱狂的ファンに支持されている一方、槍玉に挙げられた大企業や国家機関からは疎まれていた。
 無許可のライヴを強行して営業・交通の妨害をするのはまだおとなしい方で、観衆を煽動してデモを起こさせたり、暴動を煽ったりもする。これでは好かれるワケもない。
 動けば何かトラブルを引き起こす。
 そんな意味を込めて、彼は《問題児》(トラブルメーカー)と呼ばれていた。

  泥沼の中で
  這いずり、転げ回った
  豚のような時代
  そこに輝く恒星があること
  夢みて血の涙を流す
  流れた涙に
  湧く蛆虫は
  血が流れたワケも知りはしない

 ふと、遠くへ目をやると、濃紺の制服に身を固めたケルセン市の警官隊と、黒い制服に身を固めたヘリオン重工の警備員の混成部隊が、ライヴ会場を遠巻きにして警戒しているのが見えた。
(今回のステージは、合法的に掴み取ったものだから、公共施設不法占拠の名目で取り締まることなんざ、できはしない。多分、ヘリオンに対する営業妨害か名誉毀損、そこらの公共物破損、そこらへんの法律を引っ張り出す機会を窺ってんだろう)
(なら、もう少し待ってな。おとなしく聴いてりゃあ、ご褒美をあげるよ、BOY)
 もう一度彼は、裂けたような笑みを浮かべ、目の前の観客に向かってひときわ大きく咆えた。

  この体を切られた痛みは、
  決して忘れることはない
  ヤツらが奪いつづけた、俺たちの体は
  ヤツらの与える鋼じゃ、贖えはしない
  We aren't METALIC DOLL,
  We are HUMAN!!!

 正しい歌詞はこうだったが、彼の喉から迸り出た言葉は違った。

  この体を切られた痛みは、
  決して忘れることはない
  HELLIONが奪いつづけた、この星の力は
  HELLIONの与える鋼じゃ、贖えはしない
  We aren't your machinery worker,
  We are HUMAN!!!

 この『Not METALIC DOLL』という曲には、このフレーズの直後に銃声をサンプリングした演出があるのだが、このライヴでは少しだけ違っていた。
 それが、『本物』であることだ。
 仮設ステージの上でブルー・ロータスは、隠して持ちこんだ『本物』のサブマシンガンを、空へ向けてぶっ放して絶叫した。
「Let's Partyyyyyyy!!!」
 警官隊がこのライヴを中止させるべく動き出したのが見えた。拡声器で何やら叫んでいるが、熱唱を続ける彼と、彼に熱狂している大勢のファンの耳に聞こえるはずもない。
(どうせ、銃器の持ち込みは違法だ、とでも言っているんだろう)
 彼は嘲笑うように声を張り上げ、その警官隊に指を突きつけた。

  You aren't machinery worker,
  ヤツらの与える鋼はもういらないだろ
  今度はお前が取り返す番だ

 スピーカーが奏でる、サンプリングされた銃声に混じって、本物の銃声が響くのを、彼は聞いた。
(やぁっとブチ切れやがった。警官だかファンだか知らねぇが、……ま、どっちでも変わんねぇか)
 一度羽目の外れた群集というものは、際限なく暴走していくものだ。
 あちこちで小競り合いが始まり、観衆と警官隊が揉み合いを始める。

  この体を切られた痛みは、
  決して忘れることはない

 微かな風の音に、ブルー・ロータスは歌い続けたまま、アンプを蹴り倒して大きく飛び上がった。
 足元に転がったそのアンプが、突如雑音を発してショートする。
(来た来た来た来た! 待ってたぜ、ベィビィ!)
 壊れたアンプをステージの下に蹴り落として処分すると、彼は叫んだ。
「いつまで保つか知んねぇぞ! 後は手前ェらで叫べ!」
 立て掛けてあったギターを引っ掴み、客席の中に向かって放り投げると、それは空中で耳障りな音を立てて撥ねとんだ。
 不自然な動きで客席に落下し、不運な観客の一人の頭を直撃したそのギターには、暴徒鎮圧用のスタン弾が食い込んでいた。

  ヤツらが奪いつづけた、俺たちの体は
  ヤツらの与える鋼じゃ、贖えはしない

 彼は歌いながら、ヘリオンの警備員が小銃を構えるのを見ていた。
(多分、あれも非殺傷弾(アンリーサルブレット)。……いや? 『事故』のフリして消しに来たか?)
 構えられた銃口はてんで別の場所に三つ。そのそれぞれが、てんでばらばらのタイミングで火を吹いた。
 ブルー・ロータスは最初の一発を複雑なステップを織り交ぜたダンスの一部に組み込んでかわし、次の一発をステージのアクセサリであったマイクスタンドで受け止めた。安っぽいアルミのフレームが千切れ飛ぶ。
 最後の一発はかわすまでもなく、髪の毛を一本吹き飛ばしただけで通り過ぎていった。
(実弾かよ。……楽しいねぇ、そう来なきゃな!)

  We aren't your machinery worker,
  We are HUMAN!!!

 ブルー・ロータスは叫びながら、ヘッドセットをむしり取って群集の中へ飛び込んだ。
 誰かが撃った一発の弾丸が、頭上の照明を打ち壊し、急場凌ぎで作られたセットがバランスを崩して倒壊する。
 飛び散るガラスの破片がキラキラと美しく輝きながら危険な雨となって降り注ぐ中を、ブルー・ロータスは走った。周囲のファンが裂傷を作って驚きと苦痛の呻き声を上げる中、彼は傷ひとつ負わずに歌い、踊り続けていた。
 彼のライヴで怪我を負ったにも関わらず、ファンはそんな彼を熱に浮かされたように崇拝していた。
 ブルー・ロータスは傷付いた崇拝者に向かって微笑みかけ、そして怒声を上げた。
「俺たちのパーティを台無しにしてくれた野郎どもに、お礼をしてやろうぜ!」
 ステージを中心に、賛同のどよめきが波紋となって広がっていく。
 そして、彼はその熱気に身を委ねた。
(この刹那の為に、俺はここにいる)

 その日の『パーティ』は、ファン、ヘリオン重工の警備員、ケルセン市の警官隊を問わず、複数の死傷者を出してお開きとなった。



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