第二話「追憶」
目次へ戻る
夕焼けのように真っ赤な空は、時間の感覚を狂わせる。
ヴァロール星系第二惑星ケレイドは、2.3Gという過重力の惑星であり、それに伴って分厚くできている大気層は、空を赤く見せる。
彼が生まれ育った惑星は、1.1Gの居住に適した惑星であり、空も青い。強化外骨格の助けがなければ満足に生活することもできないこのケレイドは、彼にとっては異質な星だった。
しかし、その惑星ケレイドの過重力は良質のライフ・リキッド及びライフ・アクチュエーターの開発に大いに貢献したらしい。
強化外骨格にせよ何にせよ、日常生活の上で必要不可欠なあらゆる『移動・運動』に、駆動機器に必須である人工筋肉『ライフ・アクチュエーター』とその血液の役割を務める『ライフ・リキッド』の二つは必要不可欠であったのだ。生活必需品の技術が向上するのは当然のことである。
今では、この惑星ケレイドを保有するダルハン皇国は、このL.L.及び、L.A.の開発技術によって、先進国の仲間入りを果たしていた。
このダルハン皇国の急成長を快く思わなかった国家・勢力は多数あったが、最初にその口火を切ったのが、彼の生まれ育った惑星に首都を置くマルシアルである。
マルシアル政府は、国家と深い繋がりをもつ大企業ヘリオン重工の意向によって、ダルハンへの侵攻に踏み切ったと噂されているが、マルシアルの飼い犬である彼にとって、そんなことはどうでも良かったし、また興味もなかった。
ケレイドの空は赤い。その赤い空に溶け込むようなオレンジ色のDOLLが約40機、彼らの脇を掠めて急速上昇して行った。ダルハン皇国空軍の編隊である。
DOLLの背に取り付けられた強化ブースターが、この2.3Gの重力下においての急上昇・急加速を可能にしている。そして、それこそがこのダルハンの技術水準の高さを表していた。
不要になったブースターを切り離し、ダルハン皇国空軍のDOLLは、マルシアル政府軍の先兵である彼らに襲い掛かった。
[各機、散開。攻撃自由]
管制A.I.であるペルソナが、無味乾燥な声で指揮官の意志を伝えた。
(普通のペルソナが、指揮官の人格をコピーしたものではなく、パイロットの人格をコピーしたものであると知ったのは、もっと後の事だ。この頃はそれが当たり前のものだと思っていた)
マルシアル政府軍の青いDOLLが、その言葉と同時に一気に散開する。その様はまるで、銃声の轟きに驚いた水鳥が一斉に飛び立つようだったが、彼らは決して臆病な水鳥ではなかった。
彼ら、マルシアル政府軍のパイロットにとって、この2.3Gの環境下での実戦は初めてである筈だったが、彼らは恐るべき的確さでダルハン皇国空軍の攻撃をかわし、反撃を開始した。
「ははははは」
彼は叫び声を上げながら、ウサギの群れに戯れに飛び込むライオンの仔のように、ダルハンの編隊の中に飛び込んだ。
かすかに『肩』を沈めてダルハンのDOLLが放った機銃の掃射をかわし、『身体』を斜めに維持して『両足』を強く後ろに蹴り出すと、彼の『身体』は旋回しながら上昇し、ダルハン皇国軍の『ウサギの群れ』の上方へ抜けた。
ダルハンのパイロットの動揺が判った。
「甘く見んじゃねぇ! 俺たちゃあ《ドール・マスター》だっ!」
《ドール・マスター》。
超常知覚反射神経能力保持者。だからこそ、この2.3G環境で機体の制御を行いつつも、戦況を判断し反応できるのである。そうでなければ、ケレイドに強襲をかけるなど、死にに行くようなものだった。
混乱に陥り、被害を増やすダルハン皇国空軍のDOLL部隊を援護する為に、地上からの砲撃が開始されたが、ドール・マスターで構成されたマルシアルの先兵達にとって、めくら撃ちの援護射撃をかわすことなど児戯に等しい。
彼は嘲笑うように『身体』を反転させ、この援護射撃の合間に再び編隊を組もうとするダルハン皇国のDOLLに突っ込んだ。
前方(正確には下方)にダルハンのオレンジ色の機体が七機見え、その機体の隙間を縫うように地上基地からの砲弾が迫るのを、彼の目ははっきりと捉えた。
「La・la・la・la!」
彼は半ば叫ぶように鼻歌を歌いながら、ほんの四、五発分の機銃を掃射し、先頭のミサイルを撃ち落した。爆風を受けたダルハンのDOLLが一機、バランスを崩して隣機に接触し、そのまま二機ともきりもみ状態となって墜落を開始する。
「To・la・la・la・la!」
彼が両手を広げると、機体の主翼が反応し、落下の速度が僅かに和らいだ。その彼のDOLLの足下を、別の一発が通り過ぎて行った。両腕を脇へ下ろすと、空気抵抗を極限まで減らして、機体は再び滑空を始める。その目前に四発の弾頭が迫り、彼はけたたましい笑い声を上げながら、両手と両足をぐんと伸ばした。
機体は主翼を格納し、代わりに歩行用の足を突き出て、恐ろしい勢いで自由落下を開始した。
今まで主翼のあった場所を二発のミサイルが通り抜けた。腕を大きく振り下ろすと、反動で機体は前方向へとのめり、下がった『頭』のすぐ上を三発目のミサイルが過ぎて行った。その風圧を感じながら、彼は『身体』を一回転させてもう一度腕を大きく広げて主翼を展開し、急減速をかけた。最後の一発が畳んだ足の下を掠め、彼はその衝撃を軽い熱さとして知覚した。
「La・la・la・lu・lu!」
空戦中に飛行形態を解除して回避行動に代えるなど、アクロバット・ショーも真っ青な芸当である。ダルハン皇国のDOLL乗りたちは、信じられないものでも見るような思いをしたことだろう。
彼は獲物を追い詰めた狂犬のような笑いを浮かべて、足元に散らばるオレンジ色のダルハンの『獲物』に照準を合わせた。
その時、
「《ゼロ》! 避けなッ!」
通信と共に、背後で銃撃音がした。彼は咄嗟にその場から『飛び退り』、背後で友軍機がぶっ放した銃弾を紙一重でかわした。
ダルハンの『獲物』は、友軍の放ったその攻撃に次々と主翼をもがれて体勢を崩し、2.3Gのケレイドの重力に引きずり込まれていく。
「ヒトの獲物をッ!」
彼は罵声を放ちながら『両足』で『身体』を蹴り出すと、機銃を乱射しつつ、墜落途中のダルハン皇国空軍のDOLLに突っ込んでいった。火線が、ダルハン製のDOLL特有の大型ブースターを撫で、次々と無残な花を咲かせてゆく。ジェネレーターの爆風を翼で受けて再び舞い上がりながら、彼は自分が仕留めた『獲物』の数を数え、その数に不満を感じて別の標的を探したが、ダルハン皇国空軍の生き残りは既に撤退していた。
「くそっ」
彼は舌打ちして、この怒りの矛先を向けるべく、地上へと機首を向けた。そこには、援護射撃を続ける対空車両と、その指揮車が見えた。
(それは、あまりにも無力で、惨めな蟻の群れ)
だが、彼が八つ当たりのようにその《蟻の群れ》を踏み潰そうとした時、
[帰還命令だ]
ペルソナの声がそれを遮った。
「《23》のせいで記録更新が出なかった。あと二機だぜッ?」
「ゲームは終わりだ。帰還しろ、《ゼロ》]
彼の不満など無視して、ペルソナの無味乾燥な声と共にDOLLの制御が奪われた。機首が自動的に上がり、マルシアルの青いDOLL達は戦域を離れ、ケレイドの赤い空へと吸い込まれて行った。
next page
蔵書室へ戻る
目次へ戻る