第五話「1%の夢」(page1)
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 部屋に帰ると、真っ暗だった。
 もう暫くすれば、陽の昇る午前4時。点けた蛍光灯の白い光が何となく空虚に見える。相棒は寝ているかと思いきや、留守だった。
 テーブルの上に出しっぱなしのボイスレコーダーに赤いランプが明滅していて、メッセージが残っていることを主張していた。彼はレコーダーのスイッチを押した。
「仕事で出掛ける。上手くすれば次の仕事が決まる。……それじゃ」
 紛れも無く、相棒ケイン・マッケインの声だった。記録時刻は午前一時十七分。三時間ほど前になる。
 必ずトラブルを引き起こすロック歌手《問題児》(トラブルメーカー)ブルー・ロータスのマネージメントを一手に引き受けているケイン・マッケインは、紛れも無く有能なマネージャーである。ブルー・ロータスのライヴでは、下手をすれば暴動が起こり、地元警官隊との衝突などざらであるのに、その《問題児》(トラブルメーカー)のステージを嫌がる連中の声を巧妙に潜り抜けてセッティングを終える。 発生した損害の責任は、大部分を公安や企業に押し付けて済ませているし、かと言って引くべき時を知らない訳ではなく、折れるべき所はちゃんと心得ている。
 企業家にでもなれば、数年でビジネス誌のトップを飾ることができるに違いない、とブルー・ロータスは考えていた。もちろん、ケインがそんな事を言い出さないことは充分判っていたし、勧めるつもりもないのだが。
(ったく、嘘の下手な男だぜ)
 帰宅したばかりのブルー・ロータス……カレンズ・レイングランドは、ケインの残したメッセージを聞きながら心の中で悪態を吐いた。
 こんな夜中にまとまる商談なんぞ、ありはしない。いかがわしい連中と手を組めば、自分達の音楽活動そのものが危うくなることはケインだって重々承知のはずだ。今までだって、ライヴのコーディネイトにはやましいボロが出ないように心がけてきた。
(無論、ライヴの結果は大騒動(トラブル)で終わるように仕向けているが、それとこれとは話が別だ)
 彼はボイスレコーダーを掴み上げ、相棒に宛てたメッセージを吹き込んだ。
「……ひとつ、占ってやろう。仕事は失敗。まだまだ苦難の道が続きます。……だとさ」
 乱暴にスイッチを切り、彼はレコーダーをテーブルの上に放り出した。そのまま寝室の扉を蹴り開けながら、脱いだ上着を床に落とし、彼はベッドのシーツの中に潜り込んだ。
(本当に、嘘の下手な男だ)
(まだ《シリウスの狼》を追ってる。もう、《狼》は居ないというのに。自らの全てを賭けて憎んだ相手が、自分の手の届かない所であっけなく死んでしまったことを、まだ認められないでいる)
(もしかしたら、復讐の機会と、自分が生きた証を奪ったヤツを憎んでいるのか?)
(エルクァーロ・ウィンスタッドの傭兵)
(そいつを憎んだところで、どうにもなりはしない。そいつを敵に回したって、何にもならない。そしてもしも叶うとしても開けてはならない扉。開けてしまえば、大事な何かがひとつ消える。消えると判ってる。本当はその夢に追いついてはいけないんだと、あいつも判ってる。それでもあいつは追い続けるんだろう。馬鹿なヤツ)
 彼は深い溜息をついて、眠りについた。
(でも、それを俺は止められない――)
(馬鹿な俺達――)

 部屋に帰ると、もう陽が昇って数時間経つというのに、リビングの明かりは点けっ放しだった。開けっ放しの寝室のドアの向こうには、頭までシーツを被ってだらしなく眠っている相棒カレンズ・レイングランドの姿(と言うよりも白銀の髪)が見えた。
 頭までシーツを被っているのは、ただ単に窓から差し込む陽の光が眩しいからで、ブラインドを閉める手間を面倒がっている証拠だ。カールは他人に起こされるのを酷く嫌う性質なので、彼はその相棒を放っておくことに決めた。
「相変わらず、だらしがねぇ」
 ケイン・マッケインはそうぼやいて寝室の扉を閉め、テーブルの上のレコーダーを手に取った。メッセージを相棒が聞いたかどうかを確かめると、新しいメッセージが吹き込まれているのが判ったので、彼は意外な面持ちで相棒のメッセージを再生した。
「……ひとつ、占ってやろう。仕事は失敗。まだまだ苦難の道が続きます。……だとさ」
 マフラーをほどきながら耳を傾けていたケインに向かって、皮肉たっぷりな声でレコーダーは告げた。
「やれやれ」
 ケインは呟いて肩を竦めた。当然、誰も見ていなかったし、聞いていなかった。
「良く判ってんな、相棒」
(ありがとよ、相棒)
 当然、カレンズ・レイングランドには見えなかったし、聞こえなかった。
 ケインはコートを脱いで椅子の背に掛け、どさりと座り込んだ。テーブルの端で今にも落ちそうになっているノートパソコンを引き寄せ、ポケットから取り出したデータディスクを差し込むと、彼は真剣な顔つきでディスプレイを覗き込む。
《EMETH-corpolation:[EMS-F-448A]8,900、[EMS-F-405]10,000、[EMS-F-543]25,000》
《KOKONOE:[GEMB]10,000、[BYACCO]12,000、[SUZAKU]20,000》
 文字の羅列は、全てDOLLのパーツとその価格を意味している。ただ、市場価格よりもべらぼうに高い。
(足元を見やがる)
 ケインは忌々しげに呟くと、スイッチを切り、パソコンを閉じた。
 闇ブローカーの販売カタログをどうにか入手したが、DOLLを組み上げるほどの財力は彼にはない。そもそも、正規の流通価格でも、中古の価格でも、手は届かない。その上、こういった高額商品に用いられるクレジットという単位は、銀河という広い範囲での流通を簡便にするために生まれた貨幣単位であり、絶対不変の価値を意味するが、その地方地方での交換レートは様々である。辺境ラドゥーリアでの通貨が今は弱いことも重なって、カタログに載っている値は、まるで雲の上のような値段だった。
(人形を手に入れて、俺はどうする)
 ケインは何も無い空間を睨みながら自問した。
(カールだって、言っていた。“何の意味もない”と)
 だが、頭の別の隅では、既に別の計算が始まっていた。
(さて、真っ当に人形が入らなければ、やらなきゃならないのは、ただひとつ)
(だから、人形で何をするんだ? 《狼》はもう居ない)
(資金を手に入れるか、不当に人形を手に入れるか。どっかに抜け道が――)
(金はない。結果もない。意味もない。もう止めておけ。今まで通り――)
(抜け道を探せ。人形さえ手に入れば――)
(入れば、何だと言うんだ)
(俺は《ドール・マスター》だ。撃墜数八七機のエース。マルシアルの《青い不死鳥》(ブルー・フェニックス)の一人――)
「それは、もう終わったんだ!」
(そう、《狼》はもう居ない)
 ケインはささやき声に出して己を叱咤した。
「俺は、今は、《問題児》(トラブルメーカー)ブルー・ロータスのマネージャーだ。……仕事、をしないと。次の、ライヴを」
 彼はまるで自分に言い聞かせるように呟いて立ち上がり、再びコートとマフラーを手に取った。
 心の奥で、ちくりと何かが痛んだ。
 妄執に駆られて調べ上げ、手に入れたジャンクパーツ。そのレコーダーに映っていた《狼》の姿と、その《狼》を狩った人形の姿。
(《狼》はもう居ない。しかし、俺から、その《狼》を奪ったヤツが、居る。人形さえあれば――)
 丘の上に立つ、エルクァーロ・ウィンスタッド社のマークを入れた、その人形の姿。
(ありがとよ、相棒)
ひとつ、占ってやろう(ひとつ、当ててみせようか)仕事は失敗(仕事なんかしてねぇだろ?)まだまだ苦難の道が続きます(ま、気の済むまで続けるこった)
(ありがとよ、相棒)

 目が覚めたのは、どうやら空腹のせいらしかった。
 外は茜色に染まり、既に夕方であると言っている。
 カレンズ・レイングランドは、縺れた白銀の髪を指で適当に梳きながらベッドから抜け出すと、夕べ閉めた憶えのない寝室のドアを見て、ケインが帰って来たことを知った。
 どうせまた出掛けているんだろう、との予測は見事に当たり、開けたドアの向こうにケインはいなかった。
 テーブルの中央に引っ張り出されていたノートパソコンをいぶかしんでスイッチを入れると、ディスプレイには無味乾燥な文字と数字が並んでいて、寝起きの頭にはズキズキと痛かった。
「新しいオモチャを買って、てか?」
 彼は鼻を鳴らしてパソコンのスイッチを切り、その隣にあったボイスレコーダーを手に取った。予想通り、新しいメッセージが入っていた。
「お前の占いは悪いことばかり当たる。商売にしない方がいいぞ」
 機嫌の悪そうなケインの声がぼそぼそと言い、再生は終了した。
「判ってる」
 彼は唇を歪めて笑い、レコーダーをテーブルの上に戻し、夕べから床に落としっ放しの上着を引っ掴んだ。
 この家に食べる物など置いていない。腹が減ったらどこかへ食いに出掛けるしかない。
 彼は上着の袖を通しながら、鏡を覗き込んで乱れた髪を少しだけ撫で付け、鏡に映ったレコーダーに微笑みかけた。
(判ってるよ、相棒)
お前の占いは悪いことばかり当たる(何でもお見通し、ってヤツか?)商売にしない方がいいぞ(お前が別の遊びを見付ける前に、少しだけ時間をくれ)
(判ってるよ、相棒)



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