番外編「青い不死鳥」
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 宇宙暦二七三年六月。ソアサン星系、惑星グリーンランド。
「緑の大地」などと言う名称とは裏腹に、この星は焼けつく太陽に照らされた砂と岩に覆われた不毛の星だった。広い銀河の中では辺境も辺境、この星系よりも外側に文明など存在しないとまで言われる、最外端の星である。
 ソアサン星を巡る惑星は全部で五つ。このグリーンランドは第二惑星である。グリーンランドには、全くと言っていい程水源が無く、通常こんな辺境に人は住まないものだが、その地下に隠されたレアメタルの鉱石と、良質のL.L.鉱石を採掘する為の作業員が数多く居住していた。
 もちろん、こんな作業を進んでやろうとするお人好しはほとんどおらず、グリーンランドで働く者の九〇%は何らかの罪を犯した受刑者だった。残りの十%は収容所の所員と、ほんの僅かな真症の物好きであることは言うまでもない。
 最低最悪の星、と言うのがここに住む者の共通意識であった。そのお陰かどうかは判らないが、受刑者と収容所所員とその他の人々の間には奇妙な連帯感が生じており、暴動はおろか、険悪な雰囲気が漂う事もあまり無かった。
 一番新しい暴動らしき暴動は、新入りの荒っぽい受刑者が、来た早々に作業用のDOLLを使って一般居住区に乱入し、一般市民を盾に脱走を図った、と言う三年前の騒動で、しかもそれは、人質にしようとしていた一般市民の手痛い反撃によってあっという間に鎮圧されてしまっていた。
 その人質にされた一般市民と言うのは、元軍人だという噂のある四〇歳近くの男で、迫り来る三メートルのDOLLに臆することなく至近距離から拳銃を撃ち、見事にメインカメラとサブカメラを破壊してのけたと言う。
 その男は今ではちょっとした英雄で、このグリーンランドで知らない者はいなかった。白髪混じりのブラウンの短髪に、いつでも飾らないTシャツとジーンズ姿という目立たない風貌ながらも、彼が受刑者でも所員でもなく、両手で数えられるほどの物好きな一般市民であることが、その知名度の助けとなっていた。
 こんな僻地に好んで住む理由を彼はあまり語らなかったが、一度だけ冗談混じりに語った『税金を払うゆとりが無いからさ』という理由が、一応の通説になっていた。このグリーンランドはいわば流刑地で、税などと言うシステムは存在していないからだ。
 勿論、中には、彼がどこか別の星で罪を犯して逃げてきた犯罪者なのだと囁く声もあったが、別段彼は気にしている風もなく、時折やはり冗談混じりの声で『かもしれないね』と頷くだけだった。
 彼は夕方になると、いつも決まって公営の居酒屋に現れ、カウンターの一番端に座り、ストレートのウォッカを三杯以上引っ掛けて帰る。今日も彼はそのお決まりの席に着いていた。

 噂に聞く《グリーンランドの英雄》は、公営の安っぽい酒場のカウンターに陣取っていた。その目の前には既に空のグラスがふたつと、半ばまで透明なアルコールの入った同じグラスがひとつ置かれていた。
 白髪の混じった焦げ茶色の髪は、まるで子供が自分で切ったかのように乱れた揃え方をしている。着ているものも、この星で手に入る普通の衣類で、強烈な陽射しに焼かれて色褪せていた。ただ、鉱夫らしからぬ痩身だけが、彼がこの星で珍しい一般市民であることを物語っている。身なりには全く気を使っていないようだったが、それは決して野暮ったいワケではなく、それが彼のスタイルであるかのように見えた。
 その彼の背後にプラチナブロンドの髪を無造作に襟元で束ねた目付きの鋭い若い男が立つのと、座っていた《英雄》が声を発するのはほぼ同時だった。
「何の用だ、新入り」
 機先を制されたプラチナブロンドの青年は、僅かに怯んだが、すぐに態度と表情を取り繕うと、挑むような口調で言葉を押し出した。
「あんたが、《グリーンランドのドール・マスター》? 生身でDOLLに勝ったって聞いたぜ」
《英雄》は、ウンザリしたような表情を薄い青色の瞳に浮かべて肩越しに振り返り、若者の左上腕部に焼き付けられた真新しいバーコードを見て、微かに鼻を鳴らした。左上腕部のバーコードは、受刑者を管理する為のもので、若者もまたグリーンランドに送られてきた受刑者であることを表していた。
「誰に聞いたか知らんが、間違いが三つある。……ったく、どいつもこいつも間違いやがる」
 彼はグラスを取り上げて残りを飲み干すと、ぱっとしない顔つきのバーテンダーに向かって空のグラスをちらつかせた。
「間違いのひとつ。俺は《人形使い》(ドールマスター)じゃない。三年前のあのDOLLの件を言ってるんなら、あの作業用DOLLに銃器なんざ装備されてなかった、と言っておこう。ったく、飛び交いもしない銃弾が見えるんなら、それは《ドール・マスター》じゃなくて、ただの妄想家だ」
 バーテンダーが運んできた新しいグラスを受け取り、そっと唇を湿らせると彼は続けた。
「ふたつめ。あのDOLLに勝ったのは、俺じゃあない。確かに、俺はあのDOLLに向かって銃をぶっ放したが、それに気を取られたあの阿呆が、収容所の武装DOLLの攻撃に気付かなかっただけだ。俺はあいつに隙を作らせただけ。それだけで倒したってコトになるんなら、ま、そうなんだろうよ」
 背を向けたまま肩越しに喋り続ける男に気圧され気味の若者は、彼の台詞に瑕を見つけて辛うじて口を挟んだ。このまま彼に喋らせておけば、完全にペースに飲まれてしまうからだ。
「だが、DOLLのメインカメラを撃ち抜いたんだろ?」
「偶然だ」
 男の返事はあまりに素早く、あまりに素っ気無かった。それ以上の追求は許さんとばかりに、彼は言葉を続けた。どうやら、その男は青年よりも一枚上手のようだった。
「最後のひとつ。俺は《グリーンランドのドール・マスター》なんて名前じゃない。チャールズ・レインフィールド、って言うれっきとした名前がある。わざわざ他人に名付けてもらうにゃ及ばないよ」
 そう言って、《グリーンランドのドール・マスター》チャールズ・レインフィールドは初めて微笑み、今までの仏頂面が冗談であったことを白状した。そして彼は少々芝居がかった仕草でグラスを掲げ、ゆっくりと片目をつぶって見せた。
「ようこそ、《最低最悪の街》へ。Mr.ケイン」
 だが、その台詞に紛れも無い嘲りのニュアンスが含まれていることは、間違いなかった。当然、その言い方は青年の癇に障った。名乗ってもいない自分の名前を何故知っているのか、と言う疑問は、自分の上腕部に刻まれている認識用バーコードの上に並んだアルファベットが自分の姓名を綴っている事を思い出して解消したが、嘲りを受けて黙っていられるほど、青年は大人ではなかった。
 しかし、その嘲りが向けられているのが自分ではなく、この星やこの星に住む者やそこに住んでいるチャールズ・レインフィールド自身にさえ及んでいるのに気付いた彼は、惜しくも反論のタイミングを逸してしまった。
「ケインじゃねぇよ。……火星訛りか? 俺はカインだ。カイン・シザース」
 新入り受刑者のカインはそう言って微かに表情を緩めた。本当は、ならず者の受刑者に混じって暮らしている一般人のチャールズが気に入らなくて、顔を拝みに来ただけなのだが、完全に彼のペースに飲まれてしまったようだ。《英雄》などと呼ばれて、いい気になっているのかと思っていたが、実際はそうでもない。喋る言葉の端々にこのソアサン星系では余り耳にしない訛りが混じっているのも、逆に親しみを覚えた。
「そいつは失礼。Mr.カイン」
 チャールズはそう言い直して自分の隣の空いている席を指した。カインは、促されるままにその席に腰を下ろした。チャールズは無言のまま自分のグラスを掲げてバーテンダーを呼び、やはり無言でカインを顎で指した。バーテンダーはそれだけで意思が通じたようで、同じグラスに同じ透明のアルコールを注いだものをカインの目の前に置いて立ち去った。
「奢りだ」
 チャールズはそう言い、皮肉っぽい冷笑を口元に微かに浮かべたまま、射抜くような目付きでカインの顔に目をやった。
「この星に住む先輩として、ひとつだけ忠告しておく。労働者としての忠告は、俺は鉱夫じゃないし、他に沢山いるだろうから、そっちに聞いてくれ。俺ができるのは、この星に住む者としての忠告だけだ」
 カインは続きを待った。チャールズは口を開いた。
「小さい頃見た御伽噺みたいに、根拠もない夢を追うな。あまりの辛さに、ありもしない夢に埋没した連中もいたが、大概がくたばっちまった。夢は夢、本物になんかならない。苦痛から逃げ込んだ先なんて、新しい別の地獄さ」
 チャールズはそう言って、グラスの中身を呷った。カインはそれにつられて同じようにグラスを傾けたが、アルコールの思わぬ強さに堪らず噎せて咳き込んだ。
「無理すんな」
 チャールズは顔色ひとつ変えずにそう言った。カインは咳の発作が一通り治まると、涙ぐんだ目元を拭い、チャールズが一杯奢ってくれたのは、この為の意地悪だったのかといぶかしみながら、少し痛む喉から言葉を紡ぎ出した。
「……あんた、ロックとか、聴くのか?」
「何でだ?」
 チャールズは手の中のグラスを揺らして弄びながら、訊き返した。カインはもう一度、今度は充分に用心してグラスの中身に口をつけた。
「あんたの今の台詞、昔聞いたコトのある曲の歌詞に似てたんでな」
「へえ?」
 チャールズは気のなさそうな声を上げた。カインは首を傾けて記憶の中から情報を引きずり出した。
「『BLUE BIRD』って歌に、あった。『小さい頃見た御伽噺、幸せ求める儚い夢、夢は夢、本物じゃない』」
 カインの台詞に、チャールズは眉を寄せて不服そうな顔付きをした。
「古い歌だな。もう十年以上前の歌だ」
 チャールズがその歌を知っていた事に、カインは少し驚いた。あまり有名な歌ではなかったし、その歌い手もまたそんなに有名ではなかったからだ。
「知ってんのか? 《問題児》(トラブルメーカー)ブルー・ロータス」
「俺はあいつが大ッ嫌いでね。……お前がこんな辺境に送られたワケが判った。あんな歌を聴いてるようじゃ、まともな人間になれるワケがねぇ」
 チャールズは吐き捨てるように言い、グラスに残ったアルコールを飲み干し、もう一度バーテンダーを無言で呼んだ。
「じゃ、何で引用なんかするんだ?」
「偶然だ」
 カインの追及に、やはりチャールズは素早く素っ気無い返事をした。しかし、カインは引き下がらなかった。
「『重荷から逃げ込む先が、自由なんかじゃない。これから立ち向かう先に、それはある』……。《問題児》(トラブルメーカー)の最後の歌にそうあったぜ。まるでさっきのあんたの台詞だ。あんた、今は嫌いでも、当時は好きだっただろ? 最後の歌『NOBODY KNOW』は発売されなかった代物だぜ? 彼が行方不明になった後、音声データだけがネットに無差別に流れたって噂なんだ。それも僅かな間だけな。相当のマニアじゃなけりゃ、知らない代物だ」
「それを知ってるってコトは、お前も相当のマニアってこった。あまり誇れたもんじゃねぇな」
 チャールズはそう言って、不機嫌そうな顔付きのまま立ち上がり、バーテンダーの運んできたグラスを一息に飲み干してから、カインが何を言うのも聞かずに店を出て行った。
 カインは自分の一体何が《グリーンランドのドール・マスター》の機嫌を損ねたのか、理解できなかった。



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